第12話 ただ魚谷くんをめちゃくちゃにしてやりかっただけじゃない。

「よくぞここまで辿り着いたわね」

「なにそのセリフ」


 放課後、鳥山さんに、空き教室に来るように指示された俺。


 嫌な予感しかしないが、断るとまた怒られそうだったので、渋々承諾した。


「今日呼び出したのは他でもないわ。先日、あなたに漫画のことを教えてもらってから、自分でも何作か買ってみたのよ」

「そうなんだ」


 漫画好きとしては嬉しい限りである。


「どんなの読んだ?」

「主に恋愛系が多いわね。小説よりも、直感的なものが多くて、色々妄想に使えそうなネタが見つかったわ」

「……そっか」

「どうしたのよ急に。あなたが漫画が好きだって言うから、正確に詳細を話してあげているのに!」


 確かに漫画の話がしたいとは言ったけど、それはあくまで、漫画の内容について話したいという意味で……。


「そこで! 私はあることを思いついたわ。恋愛漫画で強いとされているテクニック……。これを魚谷くんに試せば、きっと好感度アップ間違いなし!!! ってね!」


 自信満々といった様子。


「鳥山さんごめん。一つ言わせてもらっても良いかな」

「ダメね。またあなた私を論破するもの」

「しないよ。あくまで常識を」

「あ~~~~好き! 大好き!」


 まさか好意で発言をかき消される日が来るとは。これだけ好きと言われて、ドキドキしないのも珍しい。


「……わかったわかった。で、どんなテクニックを覚えたのかな」

「ふふん。なぁに?興味津々じゃない!」

「それでいいよもう」

「びよーん!」


 ……びよーん?


「さぁ、まず一つ目のテクニックは」


 えっ。今の効果音?


 こういうところは可愛いと思う。なんかアホっぽくて。


「ちょっと聞いてるのかしら。腹パンするわよ?」

「めちゃくちゃ怒ってるじゃんなに?」

「だって! 全然私の目を見て話してくれないじゃない!」

「見てるって……」

「おっぱいばかり見てるんでしょう!?」

「酷い偏見だ……」


 実際、動くたびに揺れる二つのそれから、目を逸らすので精一杯というところはあるんですけども。


「全く。気を取り直して……。一つ目のテクニックは――。壁ドンよ!」


 ……今更?


「鳥山さん。それ」

「好き好き好き好き」


 耳に指を入れたり出したりしながら、好き好き言って、俺の発言が聞こえないようにしてる。それ普通、あ~。とかでやるでしょ。


「口答えしないで。私はあなたのことが好きよ」

「それ今関係なくない?」

「関係あるわよ! いい? 私はいつだって、あなたに愛を伝えたいの! それはもう、酸素ボンベを用意して、吸いながら可能な限り出力を上げて、叫びたいくらいにはね! でも酸素ボンベをいきなり用意したら、あなたどうせまた引くでしょう?だからしないわ。学習したの私。褒めなさい!」

「え、偉いね……」

「そうなのよ!偉いのよ私!」


 どうしてこんな美少女との日常会話で、酸素ボンベなんてワードが出てきてしまうんだろう。勘弁してほしい。


「壁ドンの話に戻るわよ。知っていると思うけど一応説明するわ。まず、魚谷くんが壁際に移動する。そして私が、魚谷くんの頭の横に手をついて、どんどん魚谷くんの方に体を寄せて……。最後には魚谷くんを食べる。よし。じゃあ早速やりましょうか。スタンバイお願いしま~す!」

「待った待った待った」

「あなた棋士だったら首になってるわよ!?」

「おかしいでしょ最後が」


 あと、普通壁ドンって、男女逆だと思うんだよな。


「……何よ。壁ドンしたくないの?私と」

「したくないよ今の説明聞いたら」

「大丈夫よ。歯を磨いたから私」

「……えっ。食べるって、本当にそっちの意味だったの?」

「それはお楽しみね」


 あっ。マズいねこれ。逃げ――。


 一歩踏み出した瞬間に、鳥山さんが立ちはだかってきた。なんだそのスピード。ほぼ瞬間移動だったけど。


「魚谷くん。私だって、あなたに傷をつけたくはないわ。清い恋愛をしたいと思ってる」


 本当かよ……。


「でもね。あなたが抵抗するなら、その限りではないわ。だってそうでしょう?責任はあなたにあるの。あなたがかっこいいから、私が暴走する。当然の流れじゃない。ね?」

「狂ってるよ鳥山さん……」

「狂ってる……。か。ひひっ」

「その笑い方は怖いからやめて」

「ふっはっはっは!」

「それも」

「注文が多いわね! 大好きな人と二人きりで過ごしている時くらい、自由に笑わせなさいよ!」


 どうやら鳥山さんに漫画を薦めたのは間違いだったようだ。


 まさか、恋愛テクニック(笑)を学習してくるなんて、思わないじゃないか。いや、鳥山さんだし、しっかり警戒しておくべきだったのか?


「壁ドンが嫌なら、まだあるわよ」

「一応聞こうか」

「バックハグね」


 最悪だ。物理的接触が生まれた。


「バックハグは読んで字の如くよ。後ろから抱きしめるの」


 それも男女逆だった気がするんだよな……。


「私的には、まず壁ドンで相手を追い詰めて、混乱させた隙に、相手を裏返して、壁に押し付けながら抱きしめる……。これが良いと思ってるわ!」

「女子の発想じゃないよ……」

「そうね。確かに私は、魚谷くんの前では、女を通り越して……。鳥山蘭華という、性別を超越した愛の象徴として生まれ変わってしまうのかもしれないわ」

「ごめん。マジで意味がわからない」

「わからなくてもいいのよ! ほら! 後ろ向きなさい!」

「嫌だ!」


 持ち前の瞬間移動を駆使して、鳥山さんが後ろに回り込もうとしてくる。それを予測して、別の方向を向くことで、攻撃を回避。


 いくら相手が超能力使い(?)とはいえ、東西南北。四方向もあるわけで。


 鳥山さんのバックハグ攻撃は、不発に終わった。


「はぁ……。はぁ……。ちょこまかと動きおって……。この人間……」

「化け物になってるじゃん……」

「あなたへの愛が暴走して、爆裂ハグ怪人、ウオタニスキーンになっちゃったじゃない!」

「今ちゃんと脳みそ使って会話してる?」

「うがっ!」

「おっと!」


 隙を見せると、すぐに後ろに回り込んで、ハグしようとしてくる。確かにこれは、爆裂ハグ怪人と言っていいかもしれない。


 ……いや、何をやってるんだ俺たちは。もう高校生だぞ。


「鳥山さん。もう一度漫画を読み返してみてほしい。きっと壁ドンやバックハグは、そんな雑で欲にまみれた行為じゃなかったはずだよ」

「……わかってるわよそんなの。ただ魚谷くんをめちゃくちゃにしてやりかっただけじゃない」

「犯罪者の供述じゃん」


 と、いうわけで、この日はなんとか解散になったのだが。


 ~翌日~


「魚谷くん! 顎クイをやらせて! あなたの顎を両手で持ち上げて、呼吸の自由を奪った後、酸素を求めて必死に口を動かしたところにキスをお見舞いする技よ!!!」


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