第11話 そんな風に説教するなら、大声で失禁しながら泣くわよ?
「魚谷くん。何を読んでいるのかしら」
「あぁ。虎滅の刃だよ」
「最近流行ってるやつよね……。私、読んだことないのよ」
「へぇ。面白いよ?」
「時間がないのよね。帰ってからは、魚谷くんの小説を書いたり、勉強したり、魚谷くんのことを考えたりするから……。って、あなたのせいじゃない!」
「まさかその流れで怒られるとは思わなかった」
本当に、どこからでもクレームを炸裂させてくるなぁこの人は。
「でも、魚谷くんが興味を持っているものは、私も是非チェックしたいわね……」
「じゃあ、明日持ってこようか?一巻から」
「いいの!? 魚谷くんの手垢が付いた漫画を!?」
「あの……。食べないよね?」
鳥山さんは、俺のノートを食べた前科がある。そういえば、あのノートはついに返ってこなかったな……。ご臨終です。
「食べるわけないじゃない! 私をバカにしてるの!?」
「そうだよね……。さすがに」
「舐めるくらいよ」
「……」
「冗談よ!」
冗談に聞こえないんだよなぁこの人の場合……。
心配だけど、俺から言い出したことだし、今更やっぱりやめようなんて言えないな……。持ってきてあげよう。
~二日後~
「めちゃんこ面白いじゃない!!!」
朝から、興奮した様子で、鳥山さんが話しかけてきた。
「そうでしょ?」
「面白すぎて、続きは自分で電子版を購入してしまったわ。本来、魚谷くんの手垢を最新刊分まで楽しむのが正しい読み方だと思ったけれど……。それを上回っていくくらいの面白さだったわね! あ、でも、電子版を読みながら、魚谷くんに借りた巻の匂いを嗅いではいたけれど」
よくそんな気持ち悪い報告を、堂々と目を見ながらできるよな……。ここでそれについて言及したら、多分また怒られるから、愛想笑いで済ませるんだけども。
「喜んでくれてよかったよ。俺も薦めたかいがあった」
「漫画って面白いのね。私、今まであんまり読んだことがなかったから……」
「他にも結構オススメあるよ。えっとね」
「あ、待ちなさい。それなら私に良い考えがあるに決まってるじゃない!」
「う、うん」
「今日の放課後、本屋に行きましょう?」
「あ……」
……こないだ、朝から一日中部屋に閉じ込められたトラウマが蘇ってきた。
謎のマイナスポイントが溜まるゲームの他にも、色々やらされたんだよな……。
「嫌なの!?」
「あぁわかったわかった。嫌じゃないから」
「はい、決まりね」
こうして、俺の放課後が破壊されることが決まった。
☆ ☆ ☆
「着いたわね! 本屋!」
「ロケじゃないんだから」
「早速入るわよ!」
クレームとか以前に、この人って、めちゃくちゃ声デカいよな……。
「あのさ、鳥山さん。わかってると思うけど、本屋では静かにね?」
「わかってるわよ。これでも私、クラスの委員長なのよ?学校の模範生となるように心がけているの」
こんな怒りっぽい模範生、いないと思う。
「あっ! 今、心の中で、私のことをバカにしたわね!? 眉毛の動きでわかるのよ!」
「えっ……」
「……ゴホンっ」
自分で、口にチャックをするような動作をしてから、本屋に入った。
えっと、おすすめの漫画だよな……。
「鳥山さんは、小説とかは読む?」
「あなたに出会う前はかなり読んでいたわよ。あなたに惚れてしまったせいで」
「あぁはいはい。で、恋愛小説とかは読んでた?」
「そうね……。雑食ではあったから、えぇ。読むこともあったわ」
「じゃあ、恋愛漫画を一つ、おすすめしようかな」
俺が手に取ったのは、漫画好きなら誰もが知る有名作品、クロハライダーだ。
「これはクロハライダーっていう漫画で……。絵柄も綺麗だから、読みやすいと思う」
「なるほど。じゃあ買うわ」
「そんな即決?」
「今日薦められたものは全部買うつもりよ」
さすがお金持ちだな……。ちょっとうらやましいかも。
「でも、いきなり恋愛漫画を薦めてくるだなんて……。どういうつもりなのかしら?私と二人きりで放課後本屋に来てるっていうシチュエーションに、ときめいちゃってる感じなのかしら?」
セリフが妙におっさんくさい……。せっかく美少女なのに、台無しだ。
「答えなさいよ。ねぇどうなの? ドキドキしてるの? ちなみに私はしてるわ。興奮していると言ってもいいわね。大声を出せないせいで、どんどん何かが溜まっていく感じがするの」
鳥山さんの息が荒い。なんで普通の放課後イベントが、こんな厳しい展開になるんだ……。
「……えっと。これとかどうかな。スポーツ漫画なんだけど」
「いいわね。買うわ」
「まだ詳細を話してないんだけど」
「うるさいわね。どうせ買うんだからいいじゃない」
俺の手から、漫画をひったくるようにして、カゴに入れる鳥山さん。
……なんだろう。漫画好きとしては、こういう自分の好きな作品をPRするのが、醍醐味なんだけど。
「そのくらいにしておこうか」
「……すんすん」
「えっ」
いきなり鳥山さんが、俺の首元に鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。
「……魚谷くん、怒ってる?」
……相変わらず、人間離れしたことをしてくる。
「別に怒ってないよ」
「嘘よ。怒り七割、悲しみ三割、私への好意0割って感じの匂いがするもの……。って、私全然愛されてないじゃない。どうして?」
「そうだな……。もっと、人の気持ちを考えて行動した方が良いよ。今に限った話じゃないけど」
「……そんな風に説教するなら、大声で失禁しながら泣くわよ?」
とんでもない脅し方をされた。これは引き下がるしかない。
「本当に怒ってないって。ただ、もっと漫画の紹介とかもしたいなぁって思っただけ」
「……あっ」
鳥山さんが、気まずそうな顔をした。
「申し訳ないわ。私、すぐにでも魚谷くんのおすすめしてくれた漫画を読んで、あぁ私と同じ、このシーンを読んでいる魚谷くんは、もしかしたらお風呂上がりで、上半身は裸、下半身はパンツ一丁っていう、家でしか見せない姿なんじゃないかっていうことを妄想するのが楽しみで頭がいっぱいだったの」
大きな声を出さなければ、何を言ってもいいわけじゃない。
クレーマー女子。なんて、俺はひっそり鳥山さんを呼んでいるけど……。それ以上に、変態女子と言った方がいいのかもしれない。
「魚谷くんが自分から話そうとしてくれるなんて、まるで夢のようだわ。ね?普段は泣きそうなくらい冷たいもの」
「別に、普通にしてくれれば、俺だってちゃんと接するって」
「普通って何よ。全然わからないわ。今、魚谷くんの首筋の匂いを嗅いだついでに、舐めるのは普通?」
「普通じゃないね」
あと、ついでにってなんだよ。
その後、いくつか本を紹介したが、本当に鳥山さんは、全て購入した。
「ありがとう魚谷くん。最高の夜が過ごせそうだわ」
「それはよかったよ」
「……さて。本屋を出たし、叫んでもいいわね?」
「え?」
「すぅ~~~っ」
鳥山さんが……。大きく息を吸い込んだ。
そして――。
「魚谷くんが!!!! かっこいい!!! このかっこよさは!!! 犯罪に値するわ!!! なんで逮捕されないのよ!!! むしろ私が逮捕しろってことなのかしらあぁああ~~~~!!!!!!」
俺は鳥山さんを置いて、その場から逃げ出した。
多分、人生で一番本気で走ったと思う。
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