第10話 まだ死ねないわ。魚谷くんの子供を授かっていないもの。

 一言で言うと、漫画で見るような、お嬢様の部屋。


 かなりの広さであることはもちろん、あのよくわからないカーテンみたいなのが付いたベッドが、ドカンと置かれている。


「どうしたの? ソワソワして」

「そりゃあ……。落ち着かないよ」


 鳥山さんの家は、やっぱりかなり豪邸だった。離れと表現した、今俺たちがいる建物も、普通の一軒家くらいのサイズがある。


「落ち着きなさい! 待て!」

「犬じゃないんだから……」

「そうね。落ち着きましょう。興奮しているのは私も同じなのよ」

「俺は別に興奮しているわけじゃないからね?」


 一緒にしないでほしい。


 でも、異性の部屋に入るのは初めてだから……。そういう意味では、やっぱり緊張してしまうな。なんか良い匂いするし……。


「いつまでそんなところに突っ立っているのかしら。早く座りなさいよ」

「あ、うん……」

「床に座るのね。いいわ。私も今日は床にする」


 鳥山さんが、すぐ隣に座った。


 ……なんか、距離が近い気がするよ?


「あの、鳥山さん」

「なにかしら」

「そんなに近づかなくても」

「ばうっ!」

「うわっ!」

「びっくりしたわね? マイナス一ポイントよ!」


 ……何が始まったんだ?


「この部屋に入ったからには、家主である私に服従してもらうわ!私の機嫌を損ねるたびに、ポイントがマイナスされていくの。ポイントがたまったら……。ふふふ」


 どうやら最悪のゲームが始まったらしい。なんだこのノリ。何回も言うけど、早朝なんだよな。いまいち頭が追い付かない。


 というか、普段から怒り散らしてる鳥山さんの機嫌を損ねないとか、ほとんど無理ゲーに近いんじゃ……?


「さて。魚谷くん。恋バナしましょう?」

「いきなりだね……」

「いきなりじゃないわよ! はい、マイナス一ポイント」

「えぇ!?」


 なんだこの低すぎる得点基準は!こんなの圧倒間にポイントが溜まっていくぞ……。


「魚谷くん。私って可愛い?」

「……可愛いよ」

「はいマイナス二億ポイント」

「なんで!?」

「めっっっっっっっっっちゃ可愛いって言いなさいよ!!!!!」


 難しすぎるでしょこのゲーム……。あと、得点が小学生みたいな規模なのもどうかと思う。


「じゃあ、二億二ポイント溜まったし、罰ゲームね」

「えぇ……」

「私の目を見なさい」

「……」

「こらっ! 逸らさない! マイナス八億ポイント!」

「さっきから数値がおかしいと思うんだけど?」

「私の目を見ながら、ダイスキスキスキ蘭華ちゃんって、十回言いなさい!良いわね?」

「いやだよ……」

「断ったわね!? この私に逆らうことが、どれだけ怖いことか、まだわかっていないようだから……」


 鳥山さんが、指パッチンをした。


 すると、ドアが開き……。黒服を着た、身長二メートルくらいありそうなおじさんが、二人、ドシドシと足音を立てながら入って来た。


「良い? 私に逆らったら、あの二人にボコボコにしてもらうんだから」


 ……マフィアかな?


 さて。殺されたくないし、頑張らないとな!


「じゃあ、言います……」

「待ちなさい。鼻血が出てもいいように、鼻ぽんをねじ込んでおくから」


 鼻ぽんとは、鼻に詰め込む紙でできた鼻血止めのようなものである。普通、鼻血が出てから使うものなんだけど……。


「どうぞ」


 黒服二人の睨みつける中、俺は指示に従うことにした。


「ダイスキスキスキ蘭華ちゃん」

「一回」

「ダイスキスキスキ蘭華ちゃん」

「二回」

「ダイスキスキスキ蘭華ちゃん」

「三回」

「ダイスキスキスキ蘭華ちゃん」

「……ぶわぁ!」


 とんでもない鼻血を吹き出しながら、鳥山さんが倒れた!


 すぐに黒服二人が駆け寄ってくる。


「……大丈夫よ。下がりなさい。この遊びは少し危険だったみたいだわ」


 鳥山さんの指示で、二人が部屋を出て行った……。


「いや、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫って言ってるでしょぶふ~!!!」

「大きい声出したら死ぬよ!?」

「そうね。まだ死ねないわ。魚谷くんの子供を授かっていないもの」


 勢いよく、鳥山さんが立ちあがった。回復早いな……。本当に人間なのか?


「それにしても! 魚谷くんは本当に……。かっこいいのね!」

「どうしたのいきなり……」

「照れるとか、ないわけ!? いきなりこんな美少女の目を真っすぐ見つめながら……。スキスキダイスキなんて、普通言えないわよ!?」


 ……そりゃあ、黒服に殺されたくなかったからね。本気でやるに決まってるじゃないか。


「もっと初歩的なところから行くべきだったわ……。まず、手を繋ぐところからよね」


 鳥山さんが手を伸ばしてきた。握れということだろう。また黒服を呼ばれても嫌なので、慌てて手を握った。


「……あったかいじゃないの」

「それはどうも……。鳥山さんも、あったかいね」

「なによこれ! ラブラブカップルじゃない! 最高ね!?」

「あんまり叫ぶとまた鼻血でるよ?」

「心配しないで。魚谷くんと手を繋いでると、心が安らぐの……」


 ……そのセリフはズルいよなぁ。


 あれ。よく考えたら俺、こんな美少女と、普通に手を繋いでる……。


 妙に心臓がバクバクしてきた。


「……幸せだわ。大好きな人と、自分の部屋で、手を繋いでる。こんな最高の休日ってある?いや、あるわけがない」

「古文みたいになってるけど」

「う、魚谷くんはどうなのよ。今日の予定は全部パーになっちゃったけど、楽しんでいるの?」

「……そうだね。うん」

「あ~! 今の間は怪しいわね! 本当かしら!?」


 鳥山さんが、急に顔を近づけてきた。距離を取ろうと、急いで体を引いたところ……。バランスを崩し――。


「うわぁ!」


 俺の上に、鳥山さんがのしかかる形になってしまった。


 手を繋いでいたのがいけなかったな……。


「ご、ごめん鳥山さん。ケガは――」

「好き」

「え」


 今俺は、鳥山さんに覆いかぶさられ……。ちょうど、抱きしめられるような形になっている。


 そして、鳥山さんは、大きく息を吸い込み――。


 とんでもない声量で、宣言した。


「好きよ! バカ! 世界で一番好き! 密着してると心臓がふっとんじゃうの! 三度の飯よりあなたが好き! 生きている間はずっとあなたとこうして抱きしめ合っていたい!!!! あ~~言っちゃった! 本音が飛び出しちゃった! 魚谷くんのせいよ!! どう責任取るつもりなのかしら!」


 ……一つ、言えることとしては。


 普段から、本音しか言ってないでしょ。鳥山さん。

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