第9話 おとなしく私の椅子になればいいのよ!
「……」
「……」
学校を訪れた俺が見たのは、死んだ顔をしている鳥山さん。
……いや、もうひょっとしたら、死んでるんじゃないかってくらい、微動だにせず、ただ空を見上げている。
「……雨だね。鳥山さん」
「あらおはよう魚谷くん。雨なんか降ってないのよ?」
消えそうな声でそう答える鳥山さんの目には、涙が浮かんでいた。
そう。鳥山さんの指示通り、五時に校門に集合したまではよかったが……。今日は生憎の雨模様。
「泣かないでよ……。そういうこともあるでしょ?」
「魚谷くんも知っての通り、現代には、天気予報というシステムがあるのよ。わかる?」
「わかるけどさ」
「降水確率は十パーセントだったのよ!? 十パーセント!十回に一回!」
「俺に怒らないでよ……」
ちなみに今俺たちは、雨宿りのために、学校の前のバス停の椅子に座っている。
……いや、座ってるのは俺だけだ。鳥山さんは、祈りを込めるようにして、まだ空を睨みつけている。天○の子かな?
「あ~あ。どうしてなのかしら。私って雨女なのよ」
「そうなんだ」
「えぇ。昔から、大事なイベントの日には必ず雨が降ったわ。初めての北海道旅行。親戚の結婚式。そして今日」
「そんなところに並べないでよ」
「いいえ!!!! 私にとっては、あなたとのデートが一番大事なことよ!」
嬉しいけど……。その熱意で、雨が止むわけではない。鳥山さんの叫びは、大雨の音にかき消された。
「じゃあ、帰ろうか」
「帰る!? あなた正気なの!?」
「だって、雨降ってるしさ……。風邪引いたら困るでしょ?」
「困らないわよ。魚谷くんを見つめれば、風邪なんてすぐ治るんだから」
「そんな特殊能力はないよ」
「あ~もうごちゃごちゃごちゃごちゃ! 怒るわよ!?」
「怒ってるじゃん……」
どうやらかなり不機嫌な様子。そりゃあ、予定に無い雨が降れば、イライラするのはわかるけど、なんだかいつも以上に声がでかいし、圧を感じてしまうのだった。
「一旦落ち着きなよ。ほら、座ったら?」
「そうね」
「……え」
鳥山さんが、当たり前のように、俺の上に座った。
「きっと止むはずなのよ。だって、予報では雨雲一つなかったんだから」
「いやなに普通に会話を始めてるの。横に座ってよ」
「は? 意味わからないことを言わないでほしいわね。どうして魚谷くんの上が空いているのに、わざわざ無機物の上に座らないといけないの?全く理解不能だわ」
でかでかとため息をついた鳥山さんは……。そのまま俺の方へ、背中を預けてきた。
「ちょっとちょっと?」
「そうね。砂のお城も作りたかったし、ペットショップに行って、二人で暮らした時に飼う生き物も決めたかった」
「だから普通に会話を進行しないでよ」
「うるさいわね! こんな美少女に寄りかかられて、なんの不満があるっていうの!?」
自分に自信がありすぎるだろ……。でも、実際そうなんですけどね。さっきから。甘い香りが、もたれかかってくる鳥山さんの背中から、ふわりと匂ってくる。きっと俺は、この状況に感謝するべきだろう。
「こんな見通しの良い場所でさ……。しかも学校の近くだよ?恥ずかしくない?」
「大雨よ?誰にも見つかるわけがないわ」
「そうなんだけどさ……」
「おとなしく私の椅子になればいいのよ!」
「女王様じゃん……。俺を使ってストレス解消するのはやめないか?」
「じゃあ何を使えばいいのよ!お金!?権力!?」
女王様かと思ったら、王女様だった。なんて、くだらない発想は、大雨だけに、水に流すとして……。
「多分、これは一日中雨だよ。解散しよう」
「……そうね。プランを変更するわ」
鳥山さんが立ちあがった。
「魚谷くん、お腹空いてる?」
「空いてないよ」
朝の五時だ。空いてるわけがない。
「そうよね。じゃあ、このプランもカットで……」
持参のノートに、次々と何かを書き込んでいく鳥山さん。どうやら、今日のプランを練り直しているらしい。
「次の質問。ブランド物に興味は?」
「……ないよ」
「つまらない男ね……」
「普通そうだよ」
一体元々は、どんなプランだったんだろう……。
「じゃあ、もうこれは、最後の目的地に向かうしかないわね!」
「最後の?」
「そうよ。ズバリ、そこは……。私の家!マイハウス!」
「……」
「何か言いなさいよ」
「マジで?」
「あのね魚谷くん。結婚を前提としている男女のデートのゴールは、必ずどちらかの家になるのよ」
結婚を前提にした覚えはないけど。
「本来は男性側の家に行く流れなのだけど……。さすがにこの時間にお邪魔するのは、迷惑だものね!」
「鳥山さんの家も同じでしょ?」
「いいえ。私は離れで暮らしているから、家族に迷惑はかからないの」
金持ちだ……。
って、なんか家に行く流れになってるけど、断りたいな。どうしよう。
「ごめん鳥山さん。俺、人の家はちょっと……」
「人の家?違うわ。将来のあなたの家じゃない!ちゃんと自覚を持ってもらわないと困るわね!」
「まぁまぁじゃあ、それでもいいけどさ……。とにかく、急に家に行くなんて、緊張するし、嫌だよ俺は」
「話のわからない童貞ね! 素直に私に体を預けて……。あ、間違えたわ。なんでもないの」
今、チラッと野生の部分が見えた気がするんですけど。あっ、やだなぁこれ。帰らないと傷物にされるヤツでしょ。
「なんかさ、雨のせいで風邪を引いた気もするんだよね。寒気がするっていうか」
「だったら私が抱きしめてあげるわ」
「そういう問題ではなくて……」
「……帰りたいの?どうしても」
「うっ」
美少女が放つ、ちょっぴりしょんぼりした表情……。これに勝てる男子は、きっといない。
「わ、わかったよ。家に行くから」
「ひゃっほーい! 全く、手のかかる男ね! じゃあ、タクシーを呼ぶわよ!」
「タクシー……」
まさか、朝の五時に、タクシーに乗る日が来るとは。
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