第8話 なっ、乳牛……。どうもありがとう。

「破壊、破壊よ。破壊」

「……いい度胸しとるがね。小娘」

「あなたよりも大きいわ。全てにおいてね。負けてるのは器のサイズくらいよ」

「それを自分で言うのか……」

「あんたは黙ってとってくれん?」

「そうよ! 黙って私に見惚れてなさい!」


 ……な~んで、こうなっちゃったんだろうなぁ。


 ☆ ☆ ☆


「明日は土曜日だから、五時に学校集合よ?」

「え」


 昼休み、読書をしていた俺に、なにやらウキウキした様子の鳥山さんが近づいてきて、変なことを言った。


「あの、なんだろう。まず、明日は暇かどうかを訊くべきなんじゃない?」

「まどろっこしいやり取りは苦手なのよ! あなたに私の誘いを断る権限なんて無いわ。オフにしてあるもの」

「スマホの機能みたいに言わないでよ。まぁそれはもう仕方ないとして」

「仕方ないって何よ!」

「わかったわかった……」


 とてもじゃないが、読書を続行するのは無理そうだ。諦めて、文庫本をカバンの中にしまった。


「明日遊ぶことは決まった。で、その集合時間はなに? 五時って、まさか、朝の五時じゃないよね?」

「朝の五時に決まってるじゃない。相手の心情を読み取る力が皆無なのね。魚谷くんって」

「そうだね」

「認めるんじゃないわよ!恥ずかしいと思いなさい!」

「はい……」

「一分一秒でも長く、あなたと一緒の時間を過ごしたいの。わかるでしょう?」


 わかるけど……。せっかくの休日なのに、早起きをしたくないというのが本音だ。


「せめて、九時くらいにしてくれない?」

「無理ね。もう私の中でスケジュールが出来上がっているもの」

「何するのさ。朝の五時に集まって」

「まずは、公園の砂場でお山作りね」

「園児かな?」

「将来二人が暮らすお城を作るの……。素敵でしょう?」


 なんでそんな、うっとりした表情ができるんだ……。高校二年生が、二人で、砂場を占拠しようなんて話をしてるんだぞ。


「休日なんだから、子供たちもたくさん来るでしょ。譲ってあげないと」

「あんぽんたんね。だから朝の五時なのよ。子供たちが外で遊び始めるのは、早くても十時くらいだわ。土曜日はアニメもやってるし」

「妙なリサーチ力を発揮しないでよ……」

「でもあなた、私よりも子供たちのことを優先するなんて、ちょっぴり悔しいけれど、やっぱりかっこいいわね! 優しい! その優しさに惹かれたの私は! あなたの優しさに包まれて、私が溶けてしまったら、ちゃんと型に流し込んで、もう一度形成し直してよ!?」


 どんな比喩表現だよ……。もう小説家とかになったらいいのに。


 ……なってたわ。


「とにかく、明日は朝の五時。学校。遅刻したら、校門の前で、「誰か助けてください!!! 医者を呼んでください!!」って叫ぶから」


 うわぁ絶対遅刻できないじゃん……。世界の中心で愛を叫ばれてたまるか。


「ちょっと待った」


 誰かと思えば、猫居だ。俺の幼馴染であり、隣のクラスに属しているのだが、昼休みに尋ねてくるのは珍しい。あまり知らない人がいる場所は好まないタイプなのだ。


「どうした猫居。珍しいな」

「……」

「……」


 ……なぜか、鳥山さんと猫居が睨み合っている。


「あなたが猫居さんね。魚谷くんの通話履歴、およびLI○Eの受信送信履歴によく名前が残っている女」


 なんで知ってるんですかね。鳥山さん。


 そういえば俺のスマホ……。この人の支配下にあったんだっけ。


 高圧的なクレーマー女子、鳥山さんの圧に負けじと、猫居も反撃に出た。


「よ~知っとるがね。そうだよ。ウチが、こいつと、病保小中高と同じ猫居優茉ねこいゆまだわ。ウチの魚谷が世話になっとるみたいだで、挨拶しにきたった」

「病……?」

「病院だわ。ウチとこいつは同じ病院で、同じような時期に生まれとる。入院時期も被っとる。そっからずっと一緒におるんだわ」


 自慢気に胸を張った猫居。しかし、目の前にいる鳥山さんの胸の圧力には、遠く及ばなかった。


「おい魚谷。あんた今、失礼なこと考えとったでしょう」

「い、いやまさか」

「なに!? 魚谷くん! 失礼なことを考えていたの!?」


 なんで二対一みたいになってるんだ……。


「ね、猫居。用件はなんだよ」

「だから言ったがね。この乳牛に挨拶しにきたんだわ」

「なっ、乳牛……。どうもありがとう」

「感謝……? あんた、馬鹿にされとんだよ?」

「いいえ。だって、魚谷くんの検索履歴は」

「あああああおいおいおおい!!!」


 慌てて鳥山さんの話を遮った。な~んてことをばらそうとしてるんだこの人は! 忘れてるかもしれないけど、ここは教室だぞ! 俺の学校生活を終わらせるつもりか!


「魚谷……」


 猫居が軽蔑したような目を向けてきた。恥ずかしい……。


「さて、猫居さん。私実は、あなたが私と魚谷くんの関係を邪魔してくると予測してね……。こんなものを用意したのよ」


 鳥山さんが、何かを猫居に手渡した。


 それを受け取った猫居の目が、思いっきり開いたのだ。


「こ、ここここ、これは!名古屋駅にオープンした、高級猫カフェの無料券だがね!!!」

「ふふん。すごいでしょう? ちょっとコネがあってね。譲ってもらったの。でも私は猫アレルギーだから、使い道がない。よかったら、あなたに差し上げるわ」

「……いいの?」

「いいわよ?」

「あんた……。良いヤツだがね!」


 ……悲報。猫居、負ける。


 手に入れたチケットを大事そうに抱えて、早足で教室から出て行った。


「……ふふ。チョロいわね!」

「鳥山さん……」

「なによ。文句あるの? 調略は金持ちの特権じゃない」

「逆にそこまで堂々とされると、言い返せないな……」

「あなたは黙って、明日の午前五時、学校集合! いいわね!? 遅れたら、全裸で休日登校してみた! ってう動画を、チャンネルの名前を魚谷愛也にして、動画サイトに投稿してやるんだから!」

「どういう嫌がらせなのそれ……」


 どうツッコんでも、逃れられない運命だ。俺は受け入れることにした。

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