第5話 あなたのノートを実際に食べてみたいのだけど
「ふへへへへ」
「な、なにをしてるんだ。鳥山さん」
「見てわからないの?あなたのノートを食べているの」
「お、俺のノートを……?」
「そうよ。ぱくぱくぱく。美味しいわね」
「イカれてる……。バケモンだ」
「次はあなたを食べちゃうぞ~」
「やめろ……。やめろ来るなぁ!!!!!うわぁ~!!!!」
☆ ☆ ☆
「っていう夢を見たのよ」
「疲れてるんじゃない?」
少なくとも、朝一発目の話題にするには、重たすぎる内容だった。
「まず、カバンを机に置いたらどうだろう」
「話したくて仕方なかったのよ」
「うん。……うん」
「なによその反応!いっつもいっつも私を軽くいなして!ドSなの!?泣かせたいの!?あぁいいじゃない泣いてやるわ。覚悟しなさい!」
「やめてください泣かないでください」
クラスメイトの誰も、朝から美少女委員長の涙なんか見たくないだろう。
「夢診断で検索しても、出てこなかったわ。なんなのかしらね」
「お腹が空いてるとかじゃない」
「でも、あなたを食べてしまったら、あなたに会えなくなるわよね?これってすごくあんぽんたんな行為だと思うの」
「そうかもね」
「あるいは……。体の一部だったらいいのかしら。髪の毛とか」
「……うわぁ」
「軽蔑したようなまなざしを向けるのはやめなさい!私のこと嫌いなの!?あ~泣く!泣くわねこれは!」
「お、落ち着いてって」
とりあえず、背中を擦って、泣かないように落ち着かせた。
鳥山さんの口角がどんどん上がっていく。このままだと、アルファベットのVになってしまいそうだ。
「いひひひひひひひひ……。魚谷くんの手、あったかいわね」
ゾッとした俺は、慌てて手を離した。
「あら。もう終わりなの!?サービス悪いわね……」
「どうもすいませんでした」
「消費者庁に電話させてもらうわよ」
たまに出てくるこのガチのクレーマーっぽいセリフはなんなんだ。
「さて、と。話を戻すわよ。あなたのノートを実際に食べてみたいのだけど」
「そんな話はしてなかったよ」
「いいえしていたわ。朝起きた時から、あなたのノートを食べる気だったもの。わかる?これは決定事項なの。あなたに拒否権は無いわ」
「すごい高圧的で驚いてるけどさ。単純な話、ノートを食べられたら、学業に支障が出るんだけど」
「心配いらないわ。私のノートを見せてあげる。魚谷くんの、私の好意をさっぱり理解できない、小さな処理能力しか持たない脳みそが作り上げたノートよりも、東大A判定の私が完璧にまとめ上げたノートの方が、確実に有益な情報が詰まっていると言えるから」
最後に、えっへん。と付け加えて、鳥山さんはドヤ顔をしてみせた。動機は最悪だが、言ってることは正しい。
「どう?悪くない交換条件でしょう?」
「……ノートを食べることの異常性については、何も思わない?」
「思わないわね。好きな人の私物を食べたいと思うのは、至って自然な発想よ。ましてノートなんてものは、あなたの皮膚が触れている時間がすごく長いわ。ね?」
ね?って言われても困るんだけど。
「さぁ。ノートを渡しなさい!渡せ!」
「勘弁してくれよ……。正気?」
「私を正気じゃなくしたのは誰!?あなたでしょう!?メロメロにした責任取りなさいよ!あなたのことを考えてないと、過呼吸になるのよ!?」
「頼むから病院に行ってください」
「産婦人科かしら」
「精神科だよ」
鳥山さんが、俺の机の中に手を伸ばしてくる。それと格闘すること、およそ五分……。ようやく鳥山さんは、諦めてくれた――。かとおもいきや。
「こうなったら、この手を使うしかないわね」
そう宣言した後。
鳥山さんは……。服を脱ぎ始めた。
「おいおいちょっと?鳥山さん?」
あっという間に、上半身がキャミソール姿に。豊満なバストの主張が激しい。男子生徒の視線が釘付けだ。
「昭和のコメディじゃないんだから」
「このままあなたがノートを渡してくれないなら……。鳥山蘭華は、全裸になります!!!」
最悪の展開すぎるでしょ。誰か助けてくれよ。こんな二択あるか?
「ほらほらほら!!いいの!?あなたのせいで、高校二年生の美少女が、クラスメイトの前で全裸になるわよ!?」
「わ、わかったわかった!渡すから!ノート!」
「わかればいいのよ……。ふんっ。手間のかかる生徒ね」
なんだよその仕事した委員長みたいな雰囲気。
クラスメイトの男子のため息が聞こえた。家でアニマルのビデオでも見ててくれ君たちは……。
「さぁ。ノートを渡しなさい」
「……」
俺は、数学のノートを鳥山さんに手渡す。ひったくるようにして、回収されてしまった。
「ふふふ……。ありがとう魚谷くん。家でじっくり頂くわね」
「ほどほどにね」
「でもその前に、ちょっと味見を……」
鳥山さんが……。ノートを開いて、匂いを嗅ぎ始めた。
「……んあぁああ!!!キマるぅ!!」
……完全に、何かをキメたことのある人のセリフだけど、大丈夫か?
「全く!こんなものを今まで隠し持っていたなんて!許せないわね!罪深き男よ!」
「別に隠し持っていたわけではないけどね」
「大好きな人のノートと過ごす一日……。あぁ、最高よ!またあなたのことが好きになったわ!もう、好きのパロメーターがぶち壊れちゃったわよ!たまんない!あなた、反省してるの!?」
「は、反省?」
「そうよ。私をここまであなた狂いにした反省」
「……ちょっと意味が」
「ははん。あなた、やっぱりお馬鹿さんなのね。まぁいいわ。どれだけあんぽんたんでも、私がお嫁さんになって、それはもう酷いくらい甘やかして、ダメ人間にしてあげるんだから!覚悟しなさい!ちょっとトイレに行ってくるわね!」
そう言って、鳥山さんは駆け足で教室を出て行った。
――俺のノートを持って。
……何をしに行くんでしょうね。考えたくないけども。
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