第6話 毎晩眠る二時間前からは、あなたのことしか考えないのよ。
「あ、こんなところにいたわね。見つけたわよ」
「げ」
放課後、逃げるようにして図書室を訪れた俺。しかし、あっさりと鳥山さんに見つかってしまった。
鳥山さんは、権力をチラつかせて(理事長と繋がっている)図書委員の女の子と、他の生徒を追い払い……。鍵をかけた。
「魚谷くん。私たち、二人きりね」
「随分人工的に作り上げた二人きりだけどね」
「嫌なの!?」
「すぐ怒らないでよ……」
どこの世界線に、図書室で叫ぶ委員長がいるんだ……。この人、俺と出会ってから、委員長としての顔を全く見せてこないけど、大丈夫なのだろうか。
「今日はね。あなたにおすすめの本を持ってきたのよ」
「別に教室でも良くない?」
「それが良くないのよね。ちょっと恥ずかしい内容だから」
「……あのさ。頼むから、普通の本にしてね?」
「心配しなくてもいいわ。だって、普通の基準は人それぞれだから」
心配だなぁ!
とはいえ、逃げ道があるわけでもない。大人しく受け入れよう。
「……これよ」
鳥山さんは頬を赤く染めながら、一冊のノートを俺に手渡した。
表紙には、こう書いてある。
『大好き好き好き魚谷くんの冒険』
……まさかの、自作小説だった。
「……えぇ」
「なによ! 文句があるって言うの?」
「文句はないけど、心配にはなりますね」
「大丈夫よ。内容は自信があるから」
「そうなの……?」
とりあえず、読んでみますか……。
『僕は魚谷愛也! どこにでもいる普通の高校二年生! ある日、同級生の鳥山さんが許嫁だと判明! とりあえず毎日キスをしてガチの』
「おいこら委員長」
「最後まで読みなさいよ!」
「無理無理。二行目にして性的なコンテンツということが判明したもん」
ガチの――。
その後の文章は、とてもじゃないけど読めません。
「これ、どんなテンションで書いたの?」
「魚谷くんタイムの締めに、コツコツ書いてきたのよ」
「魚谷くんタイム?」
「知らない? 毎晩眠る二時間前からは、あなたのことしか考えないのよ。でも、それだといつまで経っても眠れないから、区切りとして、このノートに全部吐き出すの」
「そんなもん人に読ませないでよ」
「あなたねぇ!!!! 最後まで読まずに文句を垂れるのは、とっても失礼なことだと思わない!?」
「……せめて、他の人に読ませたらどうなのさ」
「あなた、私を恥で殺したいの?」
一応、恥ずかしいことをしているっていう自覚はあるんだな……。やめたらいいのに。
どうして美少女と二人きりで、放課後の図書室にいるっていうシチュエーションで、こんな酷いイベントが発生するんだ。ラブコメの神様がいたら、文句を言ってやりたい。
「ふぅ……。全く。なんでいつもうまくいかないのよ」
「どうなる予定だったのさ」
「このノートを読んだ魚谷くんが興奮して……。あぁもう!そこからは言えないわ!」
……だから鍵を閉めたのか。
「じゃあ、用事は済んだね? 俺は帰るから」
「待ちなさいよ! まだ私とあなたが対面してから、たった三分しか経ってないわ!短すぎると思わない!? あなたウルトラマンなの!?」
「落ち着いて。はい。深呼吸」
「すぅ~……。はぁ~スキぃ~~~~~」
「はい。落ち着きましたか?」
「優しいわね……。好きよ」
「ダメみたいですね」
「そもそも、そのノートは序章なのよ」
鳥山さんが、カバンを机の上に置くと、とんでもない音がした。
そして、次々とノートを取り出していく。
……合計、三十冊は軽く超えていそうだ。
「家にまだあるのよ」
「……」
「あ~またそうやって黙る! 私との会話をもっと楽しみなさいよ!」
「普通の話題を出してくれれば、きっと楽しめると思うんだけどな」
「普通の話題? そうね……。朝食はいつもどんなものをチョイスしてるの?とか?」
「そうそうそういうの。ちなみに俺はコーンフレークだよ」
「なるほど! じゃあ明日から私もコーンフレークを食べて、結婚した時も一緒に同じものを食べられる準備をしておくわ!」
な~んでそうなっちゃうのかな……。
「毎朝思うわよ。隣に魚谷くんがいてくれたらって」
「いきなり何」
「朝起きて……。歯を磨いて……。リビングに向かう。そこで魚谷くんが、先にご飯を食べてるの。今まではトーストで妄想していたけど、今日からはちゃんとコーンフレークに変えるわね。これで文句ないでしょう!?ね!?」
テンションの振れ幅どうなってんだよ。
「それとも何!? 朝、ベッドで目覚めた瞬間から、私の隣にいてくれるの!? おはよう鳥山さん……。いえ、一緒にベッドで眠る関係だから、きっと下の名前で呼び合っているわね。おはよう蘭華さん……。おはよう愛也くん……。あぁ~!!! たまらん! たまらないじゃない魚谷くん!こんなのもう!もう!どうしましょう!いいかげんにしなさいバカ!」
べしべしと、俺の肩を叩いてくる。痛いからやめてほしいんですけどね。
さて、なんとなく会話も一区切りしたし、そろそろ帰りたいところなんですけども。
「待ちなさい。どうしても帰るというのなら、ノートを一冊、持って帰るのよ」
「なんで……」
「だって、私の吐き出した思いを記したモノが……。魚谷くんの家にあるっていう事実だけで、最高だから」
「……」
「何よ不満そうね! 殴るわよ!?」
「殴るのはやめよう?」
さすがに暴力は嫌なので、俺は指示に従うことにした。
……これが未曽有の大事件を引き起こすことになろうとは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます