第3話 ため息をつくときは、ちゃんと言いなさいよ!吸い損ねたじゃない!

「私は魚谷くんとペアを組みます!!!」


 え?


 クラス中の視線が、いきなり現れた鳥山さんへ向かった。


 現在、四時間目の体育の授業中。一番お腹が空く時間帯だ。だからってわけでもないと思うけど、俺を含めその場にいた全員が、何かを言うでもなく、ポカンとしていた。


 その隙に、鳥山さんが俺の手を捕まえ、集団から引き離した。


「と、鳥山さん?」

「声を上げないものたちは賛成しているのよ」

「どこかで聞いたようなセリフだな……」


 で、どこまで行くんだこれは。運動場のど真ん中に陣取っていたクラスメイト達は、どんどん小さくなっていく。


 ついに、端っこのテニスコートまで連れてこられてしまった。


「質問してもいいかな」

「ダメ。授業中に私語は厳禁よ」

「それを超える違反行為を、今俺たちはしてるけどな」

「うるさいわね! 文句があるなら法廷で! 基本でしょう?」

「こんなことで裁判起こしてたら、裁判長も鼻で笑うよ」


 ていうか、法廷とか言われると、マジのクレーマーっぽいからやめてほしい。

 

「鳥山さん。知っての通り、体育は男女別れて行われるんだよ」

「知ってるわよ。そんなこと。私、委員長なんだから」

「そうだよね委員長さんだよね。こんなとこでサボってたらダメじゃない?」

「サボってないもの。不真面目な生徒を指導してるだけ」


 この場合の不真面目は、間違いなく鳥山さんの方だと思うんだけどな……。


「なによその反抗的な態度は」

「何も言ってないんだけど」

「反抗的な態度を取りなさいよ! 委員長として、クラスのちょっと不真面目な不良を注意するたび、なぜか少しずつ不良のことが気になり初めて、いつしか好意に代わり、ある日一人で帰宅していた委員長が他校の不良に襲われそうになったところへ件の不良がやってきて他校の不良をボコボコにしてそのかっこよさに委員長は完全に惚れてしまう~~!! みたいなシチュエーションやりたいじゃない!!! やらせなさいよ!!!」


 あ、テニスボールが落ちてる。誰かが踏んで転ぶと危ないから、隅に寄せておこう。


「聞いてたの!?」

「聞いてたよ」


 半分くらいは。


 鳥山さんはだいぶご立腹の様子で、こちらに向かってドシドシと足音を立てながらやって来た。


「説教中に逃げるとは、良い度胸してるじゃない」

「説教されてたのかよ俺」

「そもそも何よその服装は!!!!」

「いや体操服ですけど……」

「めちゃくちゃ似合ってるじゃない! あなたのために体操服が作られたと言っても過言ではないわ!」

「過言だよ」


 そういう鳥山さんも、主に体系的な意味で、体操服が抜群に似合っていた。こんな子が男子に混ざって体育をした日には……。それはもう。ね?


「じゃあ、俺はそろそろ戻るから」

「待ちなさいあんぽんたん。まだ何も始まってないじゃない」

「授業が始まってるって」

「授業なんかどうでもいいのよ!」

「お~い委員長?」


 鳥山さんは、聞こえないフリをした。


「ペアを組んでほしくて、私はわざわざ体育館からここまで来たんじゃない」

「なんのペアを」

「準備運動よ」

「あぁ……」

「まず、私が後ろから抱きしめるから」

「は?」


 背後に回ろうとした鳥山さん。俺は慌てて振り返った。


「なにしてるのよ。やる気あるの?」

「ないよ。え? なんで急に後ろから抱き着くなんて展開になった?」

「準備運動」

「これ以上ないほど説明を省くのやめてもらっていい?」

「魚谷くん。準備運動というのは、なんのためにあると思う?」

「それは……。ケガを防ぐためでしょ?」

「そうよ。だから筋肉を伸ばしたり、動かしたりするの。でもね? それってつまり、体を暖めることに意味があるの」

「……うん?」

「なればこそ、私は魚谷くんを抱きしめることで、ドキドキし、体温を高める。これにて準備運動は終了。ね? 簡単な理屈でしょ?」


 確かに簡単な理屈ではあった。何もかも間違っているけど。


「だから、後ろを向きなさいよ」

「いや……」

「何照れてるの?抱き着くほうが恥ずかしいに決まってるじゃない! あなたはただ待つだけ。どうしてあなたの方が顔が赤くなってるの!?」

「怒らないでよ」

「怒ってないわよ! もう頭にきたわ」

 

 怒ってるじゃん……。


 鳥山さんが、ジリジリと距離を詰めてきた。


 まるで、クマと対峙した時のように、俺は鳥山さんから目を逸らさないように、ゆっくりと後ずさりしている。


 が、しかし。


 ――テニスボールが落ちていたことに、気が付かなかった。


「あっ――」


 しっかりしてくれよテニス部。まだ落ちていたのかボールは。


 体が宙に浮く、まもなく俺は、地面に叩きつけられるだろう。


「危ない!!!」


 そんな俺の体を、鳥山さんがキャッチした。


「……ふぅ」

「あ、ありがとう鳥山さん」

「全く。ちゃんと足元を警戒しなさい! あなたのかっこいい顔に傷でもついたら、本当に怒るんだから!」


 偶然ではあるが、俺はお姫様抱っこのような形で、抱きかかえられている。


 鳥山さんの顔が、なんだかいつもより凛々しく見えた。


「なによ。ジロジロ見て。もしかして惚れた? 惚れたの!? こんな風にラブコメチックな助け方されて、あっさり私に堕ちてしまったのね!?」


 ……そんなセリフがなければ、本当に堕ちていたかもしれないのに。


 思わずため息をついてしまった。


「ため息をつくときは、ちゃんと言いなさいよ! 吸い損ねたじゃない!!」

「えぇ……」


 こうして、せっかくのドキドキシチュエーションは、鳥山さん自らの手によって、見事に破壊されたのだった。

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