第2話 な、なによ。私と間接キスをするのが嫌って言うの!?

「さぁ食べるわよ弁当を。私の愛情だけで味付けした特性愛妻弁当をね」

「あの」

「冗談よ! 愛情だけで味付けができるわけないじゃない! さぁほら! 開けて! 開けなさい! 弁当箱の中から、愛が溢れてしまう前に!」

「……うん」


 もはや何かを言うことすら許されない。怒涛の口撃こうげき


 それでも、あのなんでもできる委員長、鳥山蘭華さんの作る弁当に、俺は興味津々だった。


 ちなみに場所は屋上だ。教室で普通に食べようとした鳥山さんを、俺が無理やり連れだした形になる。さすがにクラスメイトの視線が痛いからな……。


「じゃあ、開けるよ」

「どうぞ」


 まるでおせちのようになっている弁当箱。蓋を開けると、まず一段目には……。


 ――海苔で、ダイスキ!と書かれた白飯が登場。


 トップバッターとしては、十分すぎる破壊力を誇っている。


「んふふ。どう? 嬉しい? ものすっごく愛を込めたの」

「愛、か……」


☆ ☆ ☆


【今朝の鳥山蘭華】


「まずは一段目。そうね……。インパクトのあるものを用意したほうがいいかしら」


「これをこうして……。案外難しいわね」


「よし。完成したわ。でも、なにか足りないような……」


「そうよ。愛情が足りないわ」


「この、ダイスキを構成する、一つ一つの海苔に、キスを……」


「そしたら、私と魚谷くんで、間接キッス……ふふ」


「……ちゅっ。大好きよ。魚谷くん。世界で一番好き。ううん違う。世界そのものが魚谷くんだわ」


☆ ☆ ☆


「ふふふふ」


 なぜか鳥山さんが、ニヤニヤしていた。


「じゃあ、次は二段目にいきなさい」

「うん」


 指示通り、二段目へ。


 二段目はシンプルで、唐揚げやハンバーグなどの、男が好きそうなおかずが、ところせましと敷き詰められていた。


「すごいね……。でも、こんなに食べられるかな」

「心配いらないわ。私、今日は自分の分を持ってこなかったの。だから多めに作ったのよ」

「え、それは申し訳ないね」

「いいえ。ただ、食べきれない分は、魚谷くんが少しだけ齧ってから、私に分け与えてほしいわね」

「……え」

「ん?」


 どうしたの?なんて、キョトンとしている鳥山さん。


 今の発言、かなりヤバイと思うんだけど、どうやら本人は全く気にしていない様子。


「な、なによ。私と間接キスをするのが嫌って言うの!?」

「いやその……」


 間接キスとか、そういうレベルじゃないような。


 けど、あまり大きい声を出してほしくないので、大人しく引き下がることにした。


「同時に食べて進めていかないと、多分昼休み中に食べきれないからさ。ね?」

「大丈夫よ。五時間目の担当教師には、魚谷くんとイチャイチャするので、きっと遅れますって伝えておいたから」

「……先生、なんて?」

「熱でもあるのか? って」

「だろうね」

「無理やり押し通したわ。この学校の理事長と、私の親は仲が良いの。逆らう教師の首なんて、スッパスッパ切ってあげるわ」

「さすがにそれは……」

「冗談よ。うふふ」


 ……冗談には聞こえなかったなぁ。


「最後は三段目ね。開けてみなさい」

「うん……」


 二段目をあげると、そこには……。


 何も入っていなかった。

 

「えっと……」


 困惑していると、鳥山さんが制服の袖を引っ張ってきた。


 そして、自分の顔を指差している。


「私よ。私。私が三段目のおかず」

「……」

「なによ! その冷めた目は! 私なんて美味しくないって言いたいの!?」

「そんなことはないよ?」


 むしろ、美味しい部類に入るだろう。


「いや、鳥山さんさ……。これ考えた時、イケると思ったの?」

「思ったわよ! 私みたいな可愛い女の子が、自らの可愛い口から、『おかず』だなんてワードを発射するんですもの! イケると思うじゃない!どうして失敗したの!? あなたのせいよ!」

「食べようか」


 弁当に手をつけようとしたところ、箸が無いことに気が付いた。


「あれ。鳥山さん。箸は?」

「無いわよ?」

「え……。じゃあ、どうやって」


 鳥山さんが、おもむろに唐揚げを一つ摘まんで、俺の口元へ近づけてきた。


「えっ。いやいや。なんで?」

「なんで? じゃあないのよ。逆になんで?怒るわよ?」

「すぐクレームつける……」

「あなたの態度が悪いからじゃない!」

「そうなのかな……」

「そういうそっけないところも好きだけど! その人の心が無いかのような冷たい目! あぁ好き! 私をこんなに虜にして楽しい?」


 ……怒ってるのか、褒められているのか、はっきりしない。


 でも、悪い気はしなかった。そして、問題はそこではなく、唐揚げであって。


「大丈夫よ。肌が荒れるくらい手を洗ったから」

「洗いすぎだよ」

「私の皮膚が良いふりかけになるかも……。へへっ」

「美少女が台無しだ」


 ついこないだまで、成績優秀スポーツ万能巨乳委員長という印象だったのに……。なんでこうなった?


「あの、さ」

「はい?」


 諦めた俺は、鳥山さんに、あ~んしてもらいながら、会話を進めていく。


「鳥山さんは、いつから俺のことを好きになってくれたのかな」

「とてもここでは語り切れないわね。空の境界劇場版全話くらいの尺になるわ」

「長い長い。ダイジェストでお届けしてよ」

「だって……。シンプルにかっこいいんだもん」


 ……恥ずかしい。


 なんでしっかり俺の目を見つめながら、こんな恥ずかしいセリフを言えるんだよ。この人。


「な、なによ。ダメなの!?」

「ダメじゃないって。大きい声出さないで」

「出してないわよ! あなたのことが好きで、ずっとドキドキしてるから、自然と体に力が入ってしまっているだけ! つまりあなたのせいね!」


 好意が伝わりすぎて、胃もたれを起こしそうだ。きっと、弁当の量が多いっていうこともあるだろうけど。


「苦言を呈すわけじゃないけどさ……。鳥山さんのスペックなら、普通に好意を伝えてくれていたら、俺はきっと余裕で攻略されていたと思うよ」

「それは早めに言いなさいよ!」

「だって……。まさか、鳥山さんが、俺のことを好きだなんて、思わないじゃないか……」

「見通しが甘すぎるのよ! そんなんで私の夫が無事務まるの!? きっと務まるわね! どうせあなたは立派なお父さんになって、私を世界一幸せなお母さんにしてくれるのよ! あぁ~嫌だ! 嫌だわぁ!」


 嫌だわぁ! なんて言いながらも、鳥山さんは笑顔だった。

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