第1話 あなたのことが大好きになっちゃったじゃない!

「どうしてくれるのよ!!!!」


 放課後、クラス委員長の鳥山蘭華とりやまらんかさんに呼び出され、屋上で大声で叱られている。

 学校一の美少女である鳥山さんに、まさか告白なんてされるはずがない……とわかってはいたけれど、怒られるとまでは思っていなかった。


「えっと……。ごめん。俺、なにかしたかな」


 鳥山さんは、もう一度、俺の目を真っすぐ見つめ――。


「――どうしてくれるのよ! あなたのことが……。大好きになっちゃったじゃない!」


 バカでかい声で、そう言うのだった。


 ◇


「ほんで、あんたはウチにどうしてほしいの」

「これって告白で良いのか、それとも好意を投げつける習性があるだけなのか、どっちだと思う? それを教えてくれ」

「はぁ……。本当に、付き合っとれんて。にやぁ~? みゃ~こ」


 猫居ねこいが、黒猫を優しく撫でてやると、向こうも幸せそうに、にゃぁ~と鳴いた。


 銀色に染めた髪をかき上げ、猫居はこちらに意味ありげな視線を送ってきた。


「あんたのこと、好きって言っとるんでしょう。ほんなもん付き合ったらいいが」

「それが……。好意だけ伝えてきて、屋上から逃げ去って行ったんだ。俺も困惑したよ」


 そう。鳥山さんは――。あなたのことが大好きになっちゃったじゃない!というセリフだけを、屋上に置いて、帰ってしまったのである。


「だから付き合ってほしいとか、そういう要求がなかったんだ」

「ほんでも、好きって言っとるんだから、付き合うしかないが」

「……でもさ。鳥山さんだぞ? あの、黒髪ロングヘア―の色白テンプレ美少女。成績優秀スポーツ万能。誰にでも優しい鳥山蘭華。しかも巨乳」

「最後のはいらんと思うけど?」


 猫居に睨みつけられた。それは決して、猫居が高校二年生にしては、慎ましかな胸をしているとか、そういう理由じゃないと思う。うん。


「とりあえず、明日また登校して、それからだわ。ウチに訊かれてもわからんて。人間とは恋愛したことないもん」

「人間とは? まるで、他の動物とはしたことがあるような言い方だな」

「この子と恋に落ちたわ。みゃ~こ~。ちゅ~しよう?」

「待て待て待ておい」


 黒猫とキスしようとした猫居を慌てて止めた。猫居は、その苗字が表す通り、かなりの猫好きで、なぜか猫の方からも好かれる。こうして公園でベンチに座っていると、だいたいいつも猫が近寄ってくるのだ。


「冗談だわ。本当にするわけないがね」

「お前ならやりかねないだろうが」

「冗談は通じんし、人の気持ちには気が付かんし、無神経だし……。あんたみたいなのに、鳥山さんが惚れる理由がわからん」


 猫居が大きくため息をついた。もうかれこれ十年近くの付き合いになるが、こうして文句を言いながらも、なんだかんだ仲良くしてくれるから、良いヤツだと思う。


「だから、俺も困ってるんだって。それこそ、冗談なんじゃないかってな。ほら。罰ゲーム告白とかさ、あるじゃん」

「鳥山さんがそういうことをするとは思えんけど」

「うん……」


 結局、公園のベンチにて行われた緊急会議では、なんの収穫もなかった。


☆ ☆ ☆


「あなたのことが好きすぎて、弁当を作っちゃったじゃない。どうしてくれるの?」


 ドン、と、低い音を立てて、俺の机の上に、バカでかい弁当箱が現れた。


 まず、そのデカさに目が奪われる。徐々に視線が上がっていき……。やがて、顔を赤くしている鳥山さんが視界に入って来た。うわぁ可愛い。なにそれ。


「……えっと」


そうだ。お礼を言わないと。


「ありがとう鳥山さん。美味しくいただくことにするよ」

「そうよ。たくさん食べて、元気な赤ちゃんを産める準備をしなさい」

「……うん?」


 あれ?随分おかしなことを言ってるよね。


「鳥山さん。起きてる?」

「起きてるわよ。これを作るために、昨日は夜の八時に寝て、今朝の三時に起きたんですもの」

「それはごめん」

「謝らなくていいから、褒めなさい」

「褒める?」

「察しが悪いわね! 頭を撫でながら、よく頑張ったね。蘭華……。って優しく呟くのよ。そんなこともできないの!?」

「わ、わかったから」


 俺は立ち上がり、鳥山さんの頭を撫でた。柔らかい……。女の子の髪の毛って、こんなにサラサラしてるもんなのか?すごくいい香りがするし。


「よく頑張ったね。蘭華」

「……大好き!! バカ!」


 なんか怒られたんですけど……。


「本当にどこまでもかっこいいのね! あなたは! 嫌になるわ!」


 嫌になるのか。


 ……女心、難しくない?


「お昼は一緒にそれを食べるわよ? いいわね? 断ったら先生に言いつけてやるんだから」

「なにそれ可愛い」

「か、かわっかわっ……。あんぽんたん!」


 ふんっ! と、鼻息を鳴らし、鳥山さんは自分の席に座った。顔が真っ赤だ。


 ……さて。


 周りの視線が、異常なほど集まっていることに、鳥山さんは気が付いているのかな。


 多分、気にしてないんだろうな……。


 今日から大変な学校生活が始まりそうだぞ……。

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