妖精のワルツ

雨世界

1 ねえ。魔法って、信じてる?

 妖精のワルツ


 プロローグ


 ねえ。魔法って、信じてる?


 本編


 1

 

 私に、キスしてください。


 三峰真里亞が紬亜里沙にキスをしたのは、真っ白な雪の降る、クリスマスの夜だった。

「ねえ、キスをしてもいい?」と尋ねたのは真里亞からだった。その真里亞のお遊びの言葉を「うん。いいよ」といって亜里沙は受け入れた。

 そして二人は誰もいない学校の暗い教室の中で、ひっそりと、隠れるようにキスをした。

 月明かりが白いカーテンの隙間から、暗い教室の中に差し込んでいた。

 キスのあとで、真里亞は「亜里沙。キスは初めて?」と亜里沙に聞いた。

 亜里沙は「うん。初めて」と真里亞に言った。

 その言葉は嘘ではなかった。

 今のキスは正真正銘、これまでなんとか十五年の時間を生きてきた、紬亜里沙の人生初めてのキスだった。

「嬉しい。私も初めてなんだ」

 月の光の中で、にっこりと笑って、真里亞が言った。

 真里亞は本当に嬉しそうだった。

 そんな自分の憧れである三峰真里亞の笑顔を見て、紬亜里沙は優しい顔で微笑んだ。


「ねえ、亜里沙。ダンスを踊らない?」

 亜里沙の手をとって、真里亞が言った。

「今、ここ(教室の中)で?」

「うん。ここ(月明かりの中)で」真里亞は言う。

 それから真里亞は亜里沙の返事を聞かないままに、亜里沙の手を引っ張って、教室の中で踊り始めた。

 しょうがないので、亜里沙は真里亞と一緒に月明かりの中でダンスを踊った。


 二人が踊っているダンスは『妖精のワルツ』と言う題名のついたダンスだった。(聖夜祭の課題曲になっている曲のダンスだった)


「亜里沙。踊るの上手だね」

 くるくると教室の中を回りながら真里亞が言う。

「真里亞が教えてくれたからね」

 にっこりと笑って真里亞は言う。

 紬亜里沙は三峰真里亞と出会うまで、踊りかたを知らなかった。人生という舞台の上で、踊るとはどういうことなのかをまったく知らなかったのだ。(むしろ、踊ってはいけないとすら、思っていた)

「亜里沙。踊るの楽しい?」暗い夜の中で、真里亞が言う。

「うん。すっごく楽しい」白い月の光の中で、にっこりと笑って亜里沙が言った。

 それが、紬亜里沙が経験した、三峰真里亞の最後の思い出だった。


 ……その次の日の朝、三峰真里亞はふと、学校の中からいなくなってしまった。


 教室の中にも、寄宿舎の中にも、夜の中にも、どこにも、真里亞の姿はなかった。


 三峰真里亞は消えてしまった。


 だから、紬亜里沙は消えてしまった三峰真里亞のことを忘れることにした。

 でも、どうしても、……亜里沙は真里亞のことを忘れることが、できなかった。大好きな真里亞のことを。


 魔法のキス(あるいは、さよならのキス)


 私たちのキスは、子供のキスだった。

 お遊びのキス。

 でも、私にとってはお遊びのキスでも、あなたにとっては、それはただの好奇心を満たすためだけの、お遊びのキスではなかった。

 もちろん、大人のキスでもない。

 あなたにとって、それは魔法のキスだった。


 私とあなたを永遠に繋いでおくための、……魔法のキス。(それは、今思うと、さよならのキスだった)


 私はそのキスが魔法のキスだと知らなかった。

 ううん。それだけじゃない。

 あなたが『本物の悪い魔法使い』であることさえ、このとき、(あなたのことが本当に、本当に大好きだったのに)私は全然、知らなかったのだ。


 あなたは突然、私の前からいなくなった。

 そして、いなくなったあなたは、『妖精になって』再び、夜の時間に、私のいる学校の寄宿舎の中に、やってきたのだった。

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