19話 アリベンジャー・ハル

 キラーアントで酸攻撃(アシッドアタック)への対策をし、ソルジャーアント退治へ向かっている。

 その間もキラーアントが襲ってくるがそれもソルジャーアントへの予習として動き方を考えて倒すようにしている。

 注意すべきは顎からのソニックブームと尻の辺りから出る酸だ。しかし強固な甲殻を持った足での攻撃も気をつけなければいけないだろう。とりあえず油断は禁物だ。あのステータスは伊達じゃない。ランクもBという事からもそれが伺えるはずだ。


 ならばどうにか1対1に持ち込み相手の長所を出させずに勝つしかない。1度勝てば自信が付くだろうし次からは余裕も持てるはず。今は2回も負けている状態だ。苦手意識が出てくる前になんとしてでも倒したい。


「絶対勝つ、絶対負けない。そして絶対引かない……いや、最後のは状況によって変えようかな」


 引き際をミスってあの世に行きたくないので勝てなかったらすぐ引こう、うん、そうしよう。

 あともう少しでソルジャーアントが出てくる場所に着く。


「念のため魔法袋よりアイテムボックスに多めにポーションを入れておくか。取り出す暇がないかもしれないしな」


 もう準備万端、いざアリベンジャーへ! ………………うん、聞かなかったことにして貰おう。

 誰に言ってるのかわからない意味不明な言葉を呟きつつ、いざ決戦の地へ向かっていく。


「そろそろ出るか? …………来るなこの雰囲気……」


 あの強者が放つ独特の気配が漂ってきた。「間違いない、奴だ……」 なんて漫画みたいな事を言ってしまった事に対してちょっと恥ずかしさが沸いてきた。しかしそんな事を考えている場合じゃない。もうすぐ奴が来る。体に緊張を漲らせいきなり身体強化を普段の3倍にする。これでやつよりステータスは上のはずだ。ミスらなければ負けることはない。焦るな……焦るな……。


「よし、いける。俺はいける。大丈夫だ、しっかり相手の攻撃を見極めれば勝てる」


 2回も負けている事によって若干ナーバスになっているのだが、落ち着いて対処すれば勝てると信じ宿敵ソルジャーアントを待つ。

 すると30秒もしないうちに奴が現れた。


「出やがったな……勝負と行こうじゃないか!!」


 言うが早いかソニックブームを飛ばそうとしてくるソルジャーアントに天井の壁スレスレを跳躍して一気に迫り、予(あらかじ)め魔力を通していた魔力剣で思い切り上段から顔面を斬り付ける。

 以前よりも力、スピード、共に威力を上げている為、強い抵抗があったがソルジャーアントの顔を切り裂く事に成功する。そのままだと以前と同じなので返しの2撃目を1本の触覚に狙いを定め振り切る。

 触覚はなんなく斬り飛ばすことが出来た。しかしここで油断してはいけない。こいつは強力な酸がまだ残っている。


「そら来た! 尻を上げるのなんて分かりきってたぞ!!」


 予想通りに酸を飛ばしてこようとするソルジャーアント。その動きを何度もシミュレーションを重ね、キラーアントにしていたように一気にアリの横っ腹まで移動して飛んできた酸を交わす。若干霧状に酸を飛ばしてくるのも確認済みだ。そのソルジャーアントの動きが予想通りな事に心でほくそ笑みながら一気に酸を出す腹を斬り飛ばす。


「これでもうお前の怖い部分はその顎だけになったな!」


 一気に片をつけるため、更に近づき足の1本を斬り飛ばし決着を付けようとソルジャーアントの首に狙いを定める、と……


「――んなろ! いい所で!!」


 足場の地面から1匹のアリが俺を食い殺そうと飛び出してきた。そして顔には一筋の傷が深々と刻まれており、その目にはこちらを見ただけで殺せそうなほどの憎悪が孕んでいた。


「こいつは……あの時のソルジャーアントか!?」


 そう、数時間前に顔を切り裂くものの逆にこちらの顔を酸で焼かれたあの憎(に)っくきソルジャーアントだった。

 それを見た瞬間一気に頭に血が昇り全身が熱くなる。それはもう血が沸騰でもしてるのかというほどに。

 顔を焼かれた所が疼くほどに痛みが蘇る気がして一瞬で冷静さを失い、奴の顔を見た瞬間、身体強化のレベルを一気に上げてしまう。それによって体が悲鳴をあげ骨がギシギシとなりだした。

 それでも構わずにその場から一気に飛び退(すさ)り足元から俺を食らおうとする憎(に)っくきソルジャーアントの噛み付きを交わしつつ今しがた倒そうとしていたソルジャーアントに対し絶命の一閃を振るう。

 それは正確に首を跳ね飛ばしソルジャーアントの命を奪っていった。


「さぁ……残るはお前だけだぞ」


 運よく1対2になる前に1匹を葬る事が出来たことに対し少しだけ安堵する。しかし咄嗟に身体強化のレベルを上げてしまった事により全身に痛みが襲ってくる。これはあまり時間を掛けられないな。きっと身体強化が切れた瞬間に激痛で動けなくなるだろう。そうしたら俺の命はこいつによって奪われてしまう。


「リミットは数分って事か……いや、1分で終わらせる!」


 ソルジャーアントがソニックブームを放つのと同時に地面を蹴り瞬時にソルジャーアントへ肉薄する。そして放たれたソニックブームを魔力剣で切り裂きつつ強化された体でもって強烈な蹴りを右前足に放つ。

 それだけで足があらぬ方向へ曲がり使い物にならなくなる。だが1本失った所で動きに些少はあまりなく憎悪が灯った眼でまだ戦意が一切衰えてない事を伝えてくる。

 鋭い顎で噛み砕こうとする所をそのまま顎を魔力剣で持って切り裂く。まだ残る足で踏み潰そうとするがそれを避けつつ足を斬り飛ばす。ソルジャーアントが堪(たま)らず無理やり酸を放とうとするが散漫になった動きでは酸を食らう事はない。そしてそのまま強力な酸で支えていた自分の足を溶かしてしまう始末だ。


「だんだんと眼に力がなくなってきたな? 俺はまだまだお前をぶっ倒したくて仕方ないんだ」


 勢いの増す俺の闘志に対し若干怯えの見えたソルジャーアント、だが自分の足を溶かすのも構わず霧状の酸をここら一帯に振りまいてくる。さすがに酸を吸ってしまえば身体強化した体でもダメージを追うだろう。そして肺がやられてしまう。それは俺に死を与えるに違いない。なぜなら……


「肺がやられたらあの激不味(げきまず)ポーションを飲まなければいけないじゃないか!!」


 あのポーションを飲んだら俺はあまりの不味さに絶対に気絶する、そうなるとこいつの酸でゆっくり溶かされるだろうし、肺がやられると息ができなくなるのでそのうち死んでしまうだろう。ならば絶対にこの酸を食らうわけには行かない。自己治癒をしてもいいのだが戦闘中に集中して治す事がまだ難しく肺がやられ息が出来ない状況で治せるかもわからない。なのでポーションに頼らざる負えない。だが飲んだら気絶する。なのであの酸を吸い込んだ時点で俺の死が確定してしまうだろう。ならば意地でもこれを避けなければ……


「(このまま一気に倒したいが酸が届かない所まで逃げるしかないか……ちくしょー! 1分で倒せなかったーー!!)」


 息を止め目も塞ぎながら記憶を頼りにこの場から一旦退避する事にする。特に1分で倒す必要はないのだがなんとか身体強化が切れる前に倒さなければいけない。とりあえず今は自身をも犠牲にしたソルジャーアントの酸攻撃(アシッドアタック)から逃れ安全な場所まで移動してから考えよう。


「あのままあいつが酸で溶けて死んでるってことはないか? ……ないだろうなぁ。ならどうやってあいつを倒すか」


 あのまま酸を延々と出し続ければあいつ自身も溶けて死ぬだろう。だが細かい霧状なので時間がかなりかかるだろう。そうなるとこちらの身体強化が切れてしまい俺が動けなくなる。ならどうするか……また神庭(かんば)に逃げ帰るのか? いや、それは俺自身が許せない。3度も負けたら男が廃(すた)る。ならばどうにかして今のうちに奴を倒したい。


「どうするか……どうする? ……何かいいアイデアはないか?」


 体の軋みむような痛みに耐えながら、あまり冷静になれない頭で考える。あの酸は魔力で飛ばしてたか? いや、多分だが体の構造によってあのように飛ばしていたのだろう。ならばあの酸を操っていたわけではなく唾を吐くように体の外に飛ばしていただけか? だとしたらあの酸をこちらで操れないだろうか?


「酸は液体だよな? ……なら俺が水魔法であの酸を操る事ができるかもしれないな」


 物は試しとすぐさま行動を起こす。身体強化が切れるのも時間の問題だ。そうなる前にケリをつけよう。


「俺の魔力をそのまま周囲に垂れ流してあらゆる気体をすべて操ってみるか」


 あまり魔法に長けていない為、どのようにあの酸を操れるかわからない。なら俺が出来るであろうやり方でやってみるしかない。

 そう思い魔力で触れた気体を俺の2メートル離れた胸の高さの所で集め球体にしていく。するとみるみる気体が液体になっていき、眼で見れるBB弾サイズからビー玉サイズになっていく。実験は大成功だ。そしてハンドボールほどの大きさになった頃にソルジャーアントが目で見れる所まで来ていた。


「よし、このやり方であいつの酸を操りダメージを追う事無くここまで来れたな」


 また現れた俺の姿を見た瞬間に甲殻のあちこちが溶けているソルジャーアントがまた霧状の酸を噴出した。俺はそれを少し後ろに下がりながら魔力をこの空間一帯に放ち操作する。すると先ほどと同じように気体が集まり、先ほどハンドボール大の大きさになっていた液体に吸収されていく。その大きさはサッカーボールほどの大きさになっていく。


「よし! 思った通り酸はもう怖くないな。後は慎重にこいつにトドメを刺すだけだな」


 だがまだまだソルジャーアント諦めていないのか、はたまたそれしか出来ないのか次から次に酸を放っていく。だが俺の魔力もまだまだある。噴出された酸を出された瞬間から操り目の前の液体の球体に合体させていく。それでもまだまだ酸を噴出そうとするので酸を集めた球体をソルジャーアントの酸が出てくるお尻の近くにある穴を目指し動かしていく。すると、


 ギュゥゥゥウウウ!! ギチギチギチギチ ……と、自分の尻が溶かされ、もう酸を出すことができなくなり苦しい音を出す。これでもうこいつは何もできなくなった。ならばさっさと逝かせてやる事にするか。それに俺自身ももう身体強化が切れそうだ。


「お前らソルジャーアントは強かったよ。2度も負けたがそのおかげで成長できた。それに感謝して苦しまないようにさっさと送ってやるよ」


 怯えを見せながらも未だにこちらを殺そうとしている力の宿った眼を見ながら魔力剣に魔力を注ぎ、一振りでアリの命を奪っていく。

 ようやく顔を溶かされた宿敵とも呼べるソルジャーアントを倒した事により体が脱力していく。そしてそれに伴い体の痛みがどんどんと激痛に変わる。


「――ぐっ! やべぇ……身体強化が切れそうだ……さっさと神庭(かんば)に入らねぇと動けなくなるなこりゃ……」


 このままここで倒れてしまったらすぐ駆け付けるであろう新たなアリ共のエサにされてしまう。だから俺はなんとか痛む体にムチを打ち神庭への扉を開いて入った。そしてそのまま布団に倒れ伏してしまう。前にもこんな事あったなと思いながらも今回のこの痛みの原因となった己の未熟さに情けなさを感じてしまう。


「自分の顔を溶かされた相手を見ただけで一気に頭に血が昇ったもんなぁ……それでこんな激痛に見舞われてるわけだ。もっと場数を踏んでいかないとやばいなぁ」


 頭に血が昇り冷静さを欠き一気に身体強化のレベルを上げてしまった。本来はそんな事する必要なくあいつらを倒せたはずだ。だがそれが出来なかった。まだまだ戦いに慣れていない事は明白だ。これからも旅を続けたいなら自分の身くらい守れるようにならないと、世界中を見る前にそのままフェードアウトしてしまいそうだ。それは避けたいからな。どうにか強くならないとダメかもしれない。


「いってて…… はぁー……今までは気楽になんも考えずにやってたが、そろそろ強くなろうと考えた方がいいのかなぁ?」


 強くなろうと考えた事が今まではほとんどなかった。そしてそれをする必要もあまりなかった。だがこれからはそうはいかないかも知れない。ならばこれはいい転機だろうか? 特別強くなりたいわけではない、だが死にたくもない。なら取るべき選択は1つだけだ。


「俺のやりたい事をやる為には力が必要だよな。ならこれからは強さも求めて行く事にしようか」


 痛む体で蹲(うずくま)りながらこれからの事を考えていると自然と意識が深い闇に沈んでいった。






「んぅ……ん? 寝てたみたいだな。お? 痛みが引いてるわ、よかったぁ~」


 いつの間にか寝る事が出来てたみたいで体を起こしてみると身体強化で痛みが激しかった体が今では嘘のようになくなっていた。以前も身体強化のやりすぎで体が痛んだが寝たらすぐに治っていた。多分だが時間経過で後遺症なく治るのだろう。だからと言って何度も使いたくはない。できればあの痛みはもう勘弁願いたいね。


「とりあえず今後の方針は今まで通り変わらずだな。ただ強くなる為にもう少し頭を使って行くと言う事か」


 今までは剣術にしても魔法にしても興味があったから使っていただけだ。でもこれからはそうはいかない。この迷宮を踏破したいなら力が必要になる。自分自身がやりたい事を成す為には強さが必要になる。ならばこれからそれらを身につけ、自分が思った事を思う存分やりたいだけやる事ができるようにして行きたい。

 せっかくこんな面白い世界に来たんだ。遠慮してちゃ損だよな。今までは型に嵌められて生きてきた。だがこれからは型なんて最初からないんだ。そんな事を気にする必要はない。すべてが自分の思うままに生きられるんだ。


「行くべき道に障害があるなら邪魔な物を排除できるだけの力を身に付ければ、行きたい道を突き進めるよな。なら俺はもっともっと強くなろうじゃないか。強くなってやりたい事もやれないなんて後悔はしないようにしようじゃないか」


 それには危険が伴う事もあるだろう。前の世界にいたらぬくぬくと生きられたかもしれない。だが俺はそれを選ばなかった。もう後戻りなどは一切出来ないのだ。ならばどんどん前に突き進むのみ。己の生きる道は己で決め己の力で進むしかないのだ。


「まずは目の前の目的を果たすか。アリ共め、待っていろよ!!」


 これからうじゃうじゃと出てくるであろうアリ達に対し闘志を燃やす。

 この迷宮をなんとしてでも攻略する。それが今の最大の目的だ。絶対にそれを成し遂げたい。

 きっとソルジャーアントもバンバン出てくるかもしれない。だが1度倒した自信はこれからの支えになるだろう。自信を胸にこれからの迷宮攻略に意欲を燃やしながら煌(きら)めく瞳で神庭を出ていくのであった。

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