子鬼退治

ミソネタ・ドザえもん

子鬼退治

 サカノミの育った村は、外部の村との接触が一切ない山の奥の僻地にあった。この村は雄雌が20ずつ存在し、時には助け合い、時には喧嘩しあい、その他大勢の村々と変わりない、平和で穏やかな日常を送っていた。


 サカノミは、村でも特に屈強な男であった。

 十にもなろう頃には、父を含む村の男達全員にも引けをとらない力自慢に成長し、十五の頃には自他共に認める村一番の怪力の持ち主になっていた。


 サカノミはそのことがとりわけ自慢であったが、同時に村民にとってもサカノミはいざという時に頼れる男であった。


 事件が起きたのは、もうまもなくサカノミが十八になる夏の頃。この年の夏はとりわけ農作物の育ちが悪く、村民達の育てた畑も同様に実りが悪かった。このままではその年の冬すら越せるのかわからぬ状態に、村民達も、サカノミも気が気でなかった。


 そんな明日の飯にありつけるかもわからぬ状況で、なんとか農作物を工面しなければ、とサカノミも考えていた頃だった。


 村で一番の地主であるイバラキの家から、大量の作物が盗まれたという悲報がサカノミに耳に届いたのだ。


 一大事だと思ったサカノミは、イバラキの元へ訪れ、事の次第を聞いた。曰く、ここから三里北の村に住む子鬼達が、飢餓を憂いてイバラキの家に夜襲をかけて、作物を根こそぎ奪っていったのだと言う。イバラキの右肩には、深い傷が負わされていた。


 情が深く、仲間思いなサカノミは、この一件に激怒した。


 子鬼の存在は、随分昔に母に聞いていた。子鬼は大抵、物語に登場する敵役。頼りない体躯に貧弱な腕力しか持たぬくせに、その残虐でずる賢い頭脳でサカノミ達の同胞を苦しめる存在。そして、同胞の財産を根こそぎ略奪していく悪魔。


 正義感の強いサカノミが、子鬼達への報復を決意するのは至極当然だった。


「俺が、子鬼達を殺して回ろう」


 報復の意思を村民に伝えると、サカノミが思うよりもトントン拍子に作戦は決まっていった。


 作戦はこうだった。

 夜。昼型である子鬼達が寝静まった頃を狙って、サカノミがねぐらに夜襲。持ち前の腕力とおどろおどろしい棍棒で、子鬼達の頭蓋を割って殺して回る。あまり頭の良くないサカノミでもすぐに理解できる程、作戦はシンプルなものだった。


 翌日の深夜、作戦は決行された。


「本当に、こんなところに村があったんだな」


 他の村との交流を知らなかったサカノミにとって、眼前の光景は新鮮であった。せめて、子鬼達の住処でなければ、もっと親しみを持てたのに、と思った。


 村は、子鬼一人いない静かさを秘めていた。子鬼は昼に活発に活動すると聞いた。今の時刻には、寝静まっているのだろう。

 

 手ごろな家屋に、サカノミは静かに近寄った。耳を澄ますと、家屋の中から男のいびきが漏れていた。


「確かに寝ているらしい」


 サカノミは、子鬼達を起こさぬようにゆっくりと戸を開けた。抜き足で近寄って、子鬼達の寝顔を覗いた。

 

「これが子鬼か」


 なんと頼りないことだろう。外敵を根城にみすみす進入させた挙句、棍棒を振り上げていることにすら気付く様子もない。


「この作戦、簡単に終わりそうだ」


 同情はなかった。

 奴らはサカノミの同胞から略奪を行った。残虐な行いだ。

 報いを受けて、当然なのだ。


 血飛沫が舞った。




 サカノミは、村民達の作戦通りに子鬼達を殺して回った。途中、物音に気付いた子鬼達に叫ばれることもあったが、気付けば子鬼の住む村も血で染まっていた。貧弱な力しか持たぬ子鬼達は、サカノミの敵ではなかった。もはや、生き残っている子鬼もいないことだろう。


「きさまああああ」


 そう油断したサカノミの左わき腹に、痛みが走った。

 木陰に身を潜めていた子鬼の奇襲だった。鋭く研がれた刃に、わき腹を裂かれた。

 しかし、致命傷にはならなかった。


「地獄に落ちろ、この子鬼めっ!」


 吐き捨て、棍棒を振るうと、まもなく子鬼は動かなくなった。

 痛むわき腹を抑えて、サカノミは耳を澄ませた。

 近くに、もはや吐息の音は聞こえない。


「……いや」


 随分遠くに、まだたくさんの息を感じた。


「まだあんなにいるのか」


 サカノミは辟易とした気分だった。手負いの自分に、これだけの子鬼を倒すことが出来るだろうか。不安もあった。

 

 しかし、サカノミはその息のする方へ向かった。


 同胞を傷つけられた報いを浴びせる。ただその一心で、子鬼達への報復を決意した。


 息のする方へ。

 

 サカノミは、ゆっくりと向かった。


 そこは、畑だった。


「おお、サカノミ。やったか」


 サカノミは、言葉を失った。




 子鬼達の畑で息をしていたのは、サカノミの住む村の住民だった。


 村民達は、立派に育った農作物を根こそぎ刈り取っていた。


「何をしている。それは子鬼達の育てた農作物だろう。それよりも早く、イバラキの盗まれたという農作物を取り返すべきだ」


 努めて冷静に、サカノミは言った。自分の知る全ての情報を紡ぎ合わせた故の結論だった。

 

 しかし村民達は、そんなサカノミの異論を一笑した。


「何を言うか。イバラキは何も盗られてなどいない」


「何?」


 サカノミは混乱する頭を抑えながら続けた。


「だが、肩に怪我を負っていただろう」


「あれはお前を騙すための嘘だ。傷などない。ただ包帯を巻いただけなのに、お前が怪我だと思い込んだだけだ」


「何?」


 動転するサカノミは、もう訳がわからなくなっていた。


「とにかくそんなことは止めろ。人の物を略奪するだなんて、それではまるで子鬼ではないかっ!」


 村民達は一瞬の静寂の後、


「ガハハハハッ!」


 邪悪に、笑い転げた。


「何がおかしい?」


「まだ気付かないのか」


「何?」


 村民の一人が、サカノミに近寄った。とりわけ、邪悪な笑顔だった。


「お前が殺したのは子鬼などではない。ニンゲンだ」


「……ニンゲン?」


「そう。そして、鬼とは……



 俺たちのことだ」


 サカノミは言葉を失った。


「人の持ち物を略奪し、人を虐殺する。それが鬼だ。まさしく今、俺たちがしていることだろう」


「俺たちが、鬼?」


「そうだ。俺たちはこの村の農作物を盗むために一芝居打ったんだ。そしてお前はそれにまんまと騙され、ニンゲン達を虐殺した」


「そ、そんな……」


「お前は俺たちを咎めたが……わかるか? この村のニンゲンを殺したお前も、間違いなく鬼なんだよ」


 目の前が真っ暗になるようだった。

 母に騙られ忌み嫌ってきた子鬼がニンゲンで、あれだけ忌み嫌った鬼が、自分だったと。

 

 もう、わけがわからなかった。


「俺が、鬼?」


 今までの人生が、全て否定されているようだった。


 自分の生きている意味も。何もかもサカノミはわからなくなっていた。


「ふざけるなっ!」


 気付くと、サカノミの周りには同胞達の遺体が転がっていた。どうやら、自分がやったらしい。


 自分の犯したことの重大さに逡巡するサカノミだったが、次の時には決意は固まっていた。


 サカノミが村に帰ると、手厚く向かえられた。無事に帰還したことを喜ばれた。


「無事で何よりだ、サカノミ」


「ああ、脇を子鬼達にやられたのね。かわいそうに」


 とりわけ両親は、サカノミの帰還を喜んだ。


「ああ、無事に帰ってこれてよかったよ」


 サカノミの足元に、両親の頭が転がっていた。


「な、何をするんだ、サカノミッ!」


 叫ぶ同胞を、サカノミは持ち前の怪力で殺して回った。


「貴様らのような鬼は、滅ぶべきなんだ」


 そうサカノミが囁く頃には、同胞の大量の遺体が転がっていた。


 サカノミはこの事件を通して、決意していた。


 同胞を騙し、人を虐殺する鬼は、この世にいるべきではない、と。

 その鬼を、片っ端から屠る決意を固めていた。


 そうして、サカノミの鬼退治の冒険が始まった。

 

 しかし、サカノミはたまに思う。


 人を殺し、正真正銘鬼に堕ちた自分が、鬼を殺しまわった先の話だ。

 鬼が滅んだ後、同胞を殺して回った自分は、はたして何者になるのか、と。

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