轟裂の音、土を喰む

1945年 北海道

ソビエト赤軍は、ポツダム宣言を受託し武装解除を進めていた日本へ対して、日ソ中立条約を一方的に破り千島列島・南樺太へ侵攻を開始した。

現地守備隊にとってはまさに青天の霹靂であり、必死の抵抗むなしく9月初めには国後・色丹島までをその手中へおさめた。

島々を占領したことで、一時は満足したかに見えたソビエト連邦は、ついに北海道本島へと手を伸ばした。この間、日本側も本土に残存した戦力を再編し、反撃を開始。北海道へ向かうソ連軍揚陸艦隊へ損害を与え一部を撤退させることに成功していた。

しかし、一部の艦隊の損傷は軽微であり、宗谷岬から小樽にかけて着上陸し、守備隊の水際防御を突破し、橋頭保を築いた。

後に、ソ連軍の上陸点を結んだ「宗谷‐小樽の戦い」と俗に言われる、大東亜戦争最後の激戦である。












轟音を立て、衝撃波とともに巻き上げられた土が頭上から雨のごとく降ってくる。どうやら至近距離に砲弾が着弾したようだった。砲弾が飛んできたと思われる方向へ首を巡らせる。

その先にはまだ砲口から硝煙をたなびかせるソ連の中戦車T-34が見えた。すぐさま司令塔キューポラのハッチから下をのぞき込み声を上げる。


「砲塔旋回2時方向!距離1000メートルT-34!弾種徹甲!急げ!」


砲手が砲塔を指示通りに旋回させ、照準器をのぞき込む。その間装填手が半自動装填装置から薬室へ75粍の徹甲弾を送り込み、半自動装填装置へ次弾を補充し始める。


「照準ヨシ!」


「撃て!」


砲手の声に対してすぐさま返し、間を置かず轟音。司令塔から出していた顔へ発砲時の硝煙臭い衝撃波が襲ってくる。

思わずしかめた顔の向こうでは、砲弾の尻で輝く曳光剤の光が敵戦車の正面装甲へ吸い込まれていくところだった。

こちらの放った弾は装甲を貫徹し、敵の車内で設計通りに信管が作動、その身に充填された爆薬が炸裂して乗員を爆圧と破片とで殺傷したようだった。

正面装甲へ穿たれた被弾孔からは煙とともにチロチロと炎が漏れ出ていた。

砲手へよくやったと一声かけて次の目標を探す。これが本土から無理やり完成させた、五式中戦車チリ車とともに北海道へ送り込まれてからの日常だった。


石狩湾へ上陸した本隊の助攻として、石狩湾の橋頭保から数十キロ北方へ離れた名前も知れない海岸へ上陸したのは規模としては小さな大隊規模の機甲・歩兵混合の部隊だった。

しかし、小規模の敵部隊であっても、本隊への対応で精一杯の日本軍が差し向けることができた戦力は、我々本土からかき集めた増強戦車小隊1個と1個歩兵中隊というお寒いものであった。

その内容もまさに寄せ集めといったところで、五式1輌、四式チト車1輌、三式チヌ車2輌、九七式新砲塔型チハ改2輌というものであった。

それでも機甲戦力がこれだけ揃っているのは大変恵まれており、同じく各地の助攻へ差し向けられた部隊の中には戦車がいても三式がいればまだいいほうで、大半は一式チヘ車や九七式の旧砲塔型などで構成されていた。

ひどいところでは、歩兵のみで構成され、主要な対機甲火力が刺突爆雷やら破甲爆雷などがせいぜいの部隊もあった。


しかし、恵まれてはいても相対する部隊は、上陸地点を偵察した斥候によれば戦車の数はこちらの倍は確認され、中には中戦車よりも巨大な重戦車も少数混じっていたようである。

思考に沈んでいた頭を覚ますように、視界に閃光が走り爆発音が耳を刺す。音源を見れば、今しがた撃破した敵の中戦車が、搭載弾薬の装薬へ引火したのか、轟轟と火柱をハッチから吹き上げていた。

その奥からは新たに敵のT-34が数輌、歩兵を引き連れながらこちらへ向かってきていた。それを見て砲手へ指示を出すが、その前に側方から発砲音が響き、僚車の四式中戦車がT-34を1輌撃破する。

我も続けと三式中戦車2輌も発砲するが、一発は外れ敵車輛のすぐ横の地面を捲り上げ、もう一発はT-34の丸みを帯びた鋳造砲塔へ浅い角度で命中し、あらぬ方向へはじけ飛ぶ。

自車も射撃し、今度は砲塔の正面へ命中する。しかし、命中したにもかかわらず敵車輛は動きを止めずこちらへ向かって前進を続けている。どうやら砲塔に命中した砲弾は、車体にいる操縦手までうまく加害出来なかったようだ。


「同一目標!続けて撃て!」


半自動装填装置により、75粍砲弾は37粍戦車砲並みの速さで再装填が完了し、砲手が発砲。今度は車体正面装甲へ吸い込まれるように砲弾は飛翔し、命中。撃破した。

次の目標を指示するが、自車が発砲する前に残りの車輌は僚車が撃破した。

機甲戦力を失った敵歩兵がうろたえ後退を始めるが、そうやすやすと逃がすつもりはない。


「次弾榴弾!信管短延期に設定。砲手!歩兵の手前で跳ねさせろ!」


「無茶をいう!」


「撃て!」


砲手の言葉を無視して射撃の号令をかける。一拍間を置いて発砲。砲弾は敵歩兵の集団のやや手前に着弾するが、短延期された信管は作動せず跳弾し、数メートル跳ね上がりそこで信管が作動した。

炸裂した砲弾はまるで曳火射撃のように歩兵の頭上から高速の弾片をばらまき、立っている、伏せている関係なしに効果的に歩兵を殺傷した。伏せている歩兵に直接砲弾を撃ち込んでも、伏せている限り至近距離でなければ、弾片は水平よりも上方向に飛んでしまうため効果は大きくない。

しかし、今回のように頭上で炸裂させれば話は別である。問題は、意図してこのような射撃をするのは、直接撃ち込むよりも砲手の技量が必要な事だ。

北海道に来てから補充された、この付き合いの短い砲手は腕が立つようであった。











数日後、再度ソ連軍が機甲戦力を先頭に歩兵を引き連れて進軍してきた。今回はこちらの陣地へ丹念に準備砲撃を行う本格的なものであった。歩兵は塹壕に潜み、戦車も戦車壕に身を隠していたため被害は最小限に抑えられていた。

降り注ぐ砲弾の弾片が、装甲をしきりに叩く音を聞きながら、司令塔の覗視孔ペリスコープから敵の攻勢正面を監視していると、陣地前面へ発煙弾が次々と着弾し始め、白煙の幕を下ろし始める。

それに反比例して通常の砲弾の着弾が減っていく。いよいよ攻撃が始まるのだ。砲撃がやみ、一瞬の静寂が周囲を包む。しかし、白煙の向こうからはかすかに、されどだんだんと大きく、重く、エンジン音が響き始める。

戦車という名の鋼鉄の猛獣の唸り声である。その主砲から、敵を撃破する咆哮を上げるのを今か今かとよだれを垂らす猛獣の唸り声である。


やがてその時は訪れる。煙幕のカーテンを破り、横隊を組んだ戦車が後ろへ歩兵を引き連れ進軍してくる。歩戦協同突撃である。

すかさずこちらも戦車、歩兵関係なく敵へ火力を投射する。歩兵陣地からは突撃を破砕するべく重機関銃から歩兵銃に至るまで一斉に射撃を始めた。

わが方の戦車も敵の戦車と砲撃の応酬を繰り返し、輌数で上回るソ連軍を、事前に掘削した戦車壕を利用して、時折陣地転換を行いながら撃破していく。

しかし、ソ連軍もやられてばかりではなく、日本側の塹壕や戦車へ砲撃を加える。


最初に被弾したのは装甲貫徹力が不足しているが、小口径ゆえの手数の多さを利用して赤軍歩兵へ榴弾を投射していた九七式中戦車改だった。

射撃数の多さから悪目立ちしたのか、陣地転換のため露出が大きくなった際に数発被弾し、沈黙してしまった。


「クソ、チハが1輌やられた!仇討ちだ、次の目標11時方向のT-34。照準出来次第撃て!」


砲塔が左へ旋回し、発砲。すぐ横で砲尾が勢いよく後退し、空薬莢を吐き出す。車内に硝煙が吹き戻り、装填手が半自動装填装置から次弾を送り込む。


「目標を外した!」


砲手が声を上げる。覗視孔からはT-34が進行方向を変えたために、砲弾が後方へ飛び去って行くのが見えた。


「目標変わらず!次弾撃て!」


再度発砲。今度は命中し、敵を無力化した。

撃破を確認したのも束の間、大きな衝撃、耳をつんざく甲高い音が車内を襲う。右腕に熱した火箸をつきこまれたような痛みを感じ、見れば二の腕当たりの被服が破け、赤黒い血液がじわりじわりと滲み出していた。

被弾した!と思いあたりを見回すと、装填手が頭部から血を流しながらうめいている。


「装填手!おい、しっかりしろ!」


「大丈夫です!弾片かなんかが当たっただけです。まだ戦えます!」


装填手は早くも、傷へ包帯を巻きつけて手当を終える。

天板を見れば一部が車内へぐにゃりとへこみ、その頂点当たりはまるで薄皮がはがれたように10センチ程度が円形に剥離していた。

大方、浅い角度で砲塔天板に当たった敵弾が貫通はしなかったものの、その圧力と衝撃で装甲の内側が剥離、その破片が車内を飛び回ったのだろう。

照準器で索敵を継続していた砲手から声が上がった。


「今まで見たことない形の戦車を発見!砲塔正面方向!」


その声を聞いて覗視孔から覗くと、確かに中戦車よりも大きな戦車が見えた。おそらく斥候の報告にあった重戦車だろう。

確かスターリン重戦車と言ったか。


重戦車へ四式中戦車が砲撃を浴びせかける。見事命中するも車体のきつい傾斜によって、耳障りな残響を残しながら跳弾してしまった。

重戦車は四式を脅威と見たか、砲塔を旋回させ撃ち返してくる。幸い着弾は逸れたものの盛大な土煙を上げるのを見て、かなりの大口径砲であると感じとる。

10糎はあるのではないだろうか。

再び四式が発砲し、今度は砲塔に命中するが、貫通した様子はなく依然としてこちらの陣地へ迫ってくる。


「砲手!目標重戦車。撃て!」


砲手へ射撃号令をかけ、自車も発砲。車体へ命中するも跳弾。


「同一目標!続けて撃て!」


再度の発砲。またも命中する。しかし、主砲防盾付近へ命中するが非貫通。その間も九七式が47粍徹甲弾を、三式が75粍徹甲弾を命中させるがいずれも貫通した様子はない。

敵重戦車からも応射があり、三式中戦車1輌が被弾し、搭載弾薬の誘爆で天高く砲塔を吹き飛ばしながら撃破された。あの様子では生存者はいないだろう。

再度前進を始めた重戦車が、準備砲撃で耕され、凸凹激しい路面を車体を上下させながら進んでくるのを見て思いつく。

敵戦車が地形を超えるため、穴などに侵入した際、車体が前傾した状態ならば見かけ上装甲の傾斜が殺され、垂直の装甲板と同様になるのではないか。

すぐさま考えを砲手へ伝える。


「やってみましょう!どのみちあの様子じゃ、かなり近寄らなければ普通に射撃しても撃破できそうにないでしょうしね。」


「頼んだぞ、射撃のタイミングは任せる。」


「任せてください!」


最大のチャンスは陣地の前方に構築した対戦車壕を敵が超越する瞬間だ。深い溝を超える際に車体は大きく前傾し、加えて動きは鈍るだろう。

敵はなおも進行を続ける。


そして待ちわびた瞬間がやってきた。敵重戦車は対戦車壕へ進入し、車体が大きく前傾する。


「撃ちます!」


声を上げると同時に発砲。放たれた砲弾は狙い通りに敵戦車の前面装甲へ吸い込まれていき、見事貫通した。


「「よし!」」


砲手と自分の口から同時に声が上がった。喜びに顔がほころぶのもつかの間、敵の砲塔がこちらへ旋回を始める。どうやら砲塔内を壊滅させるまでには至らなかったようだ。


「もう一発ぶち込んでやれ!」


「了解!」


放った砲弾は敵戦車の砲塔天板を貫き、砲塔内で炸裂。爆圧でハッチを跳ね上げ、黒煙がもうもうと噴出した。今度こそ撃破だ。


「見事な射撃だった」


「ありがとうございます」


砲手へ賞賛の言葉を投げかけたとき、砲声が響き、四式中戦車が爆炎を上げる。

いったい何がと目を向ければ、撃破された車両のあげる黒煙がくすぶる彼方にもう一輌。スターリン重戦車が砲口から発砲煙の残渣をくゆらせていた。


「もう1輌いやがったか!」


敵も賢いのがいるらしく、この距離ではわが方の砲弾が貫通できないのを悟って、遠距離から砲撃してくる。おそらく安全な距離を保ちながらこちらを遠距離砲撃で撃破してしまおう。という腹積もりなのだろう。

そうなれば撃破するためにはこちらから打って出て、接近戦に持ち込む必要があるが、近距離に近づく前に全車撃破されるだろう。しかし、だからと言って陣地にこもっていても遅かれ早かれ撃破されるのは決まっている。

一か八かで前進命令を出そうとしたとき、戦場に新たな音が響いているのに気が付いた。砲弾の飛翔音とも違う甲高い風切り音。

それはどうやら頭上から響いているようであった。


その音の主は、雲間を裂き逆落としに急降下を仕掛ける数機の九九式襲撃機であった。


襲撃機はその身に携えた100瓩爆弾を敵重戦車へ投下し、再度上昇する。投下された爆弾はやすやすと重戦車を吹き飛ばした。

上昇していた襲撃機はその戦果を確認したか、再度降下をはじめ、今度は歩兵に対して機銃掃射を始めた。


まさに天の救いであった。どこの航空隊か知らないが、生きて戻ったならば、たっぷりと礼をしなければなるまい。

襲撃機は数度掃射をしたのち、早々と帰路についてしまったが、効果は絶大で敵歩兵は潰走し始めている。

今こそ戦果拡張の時である。


「戦車前進!追い打ちをかけるぞ!」


「了解!」


もとは航空機用だったという水冷式の発動機が唸り声をあげ、履帯は土を喰みぐんぐんと戦車は前進を開始する。周囲では同様に生き残った戦車が追従し、横隊を組んで進む。

まさに陸戦の王者の威容を堂々と見せつけているかのようであった。

後方では歩兵銃の銃先つつさきに着剣した歩兵が、突撃喇叭の音高らかに突撃を開始していた。






この戦闘の数日あと、我々の部隊は相対していたソ連軍助攻部隊を橋頭保まで押し返した挙句、撤退時に兵員を乗せ、脱出が遅れた敵揚陸艦へ射撃を加え、1隻を大破させる大戦果を挙げることとなる。

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仮想戦記/小話集 YStr @buby

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