仮想戦記/小話集

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本土防空1944



正面やや上方を見れば、まるで蒼いカンバスのような空を切り取るかのように、白尾を曳いて進む機械の鳥達がいた。


その群れの中でもP-51小さいのはその翼の中に機関銃と弾薬をいっぱいに詰め込んで発射釦が押されるのを今か今かと待ちわび、マーリンエンジンの音を高らかに響かせている。


P-51に護衛され悠々とその巨体を浮かべるは超空の要塞、B-29である。4機のエンジンは轟音を発し、何機もが銀翼を寄せ合い密集隊形を取り、その白銀の胎には死を振りまく焼夷弾を子持ち柳葉魚ししゃもがごとく抱えている筈だ。


このまま上昇を続ければ何とか敵編隊の上方に着く事ができる計算だが、P-51の妨害に合えばその限りではない。敵上方に占位できるかは護衛戦闘機の相手役、第一中隊の仕事如何による。私達第二中隊は第一中隊がP-51の相手をしてるうちにB-29に逆落としをかける算段だ。


高高度の低気圧と極寒の気温は時間の感覚をおかしくし、前離れ、エナーシャ回せと叫び飛行場を飛び立ったのが随分と昔のように感じられた。スロットルレバーの頭を見遣り機銃選択が20粍4門、13粍2門の全門になっているのを確認しながら、そう言えば陸軍では13粍級でも機関「砲」と言うのだったかと特に意味もなく考えていると、遠くP-51が落下式増槽を落とし、銀翼を瞬かせてこちらに首を向けているのが見えた。


第一中隊が増速しこちらの前に出つつ、P-51目掛け前進するのを横目に見ながらさらに上昇する。


前を飛ぶ一番機と二番機に置いていかれないよう注意しつつ飛んでいると、中隊長機がバンクを振り突撃隊形を取るよう指示を出しているのが見え、事前のうち決め通りに編隊を組み変えると正面左下方にB-29が見える。高度差は千メートルあるかないかだろうか、いよいよ攻撃開始である。


直上に移動する頃にはB-29の機銃塔が盛んに防御砲火を打ち上げ、曳光弾が向かってくる。そのただ中で一番機がクルリと背面になり目標のB-29目掛け急降下を開始し、それに二番機と共に追従する。ただでさえ巨大だったB-29が照準環の中でぐんぐんと大きくなり、照準器からはみ出すぐらいに近づいてから機銃発射レバーを握りこんだ。


振動と共に吐き出された銃弾は、数発に一発混ざった曳光弾が光芒を曳きながらB-29の左翼付け根に吸い込まれていき一番機、二番機の射撃で脆くなっていた主翼を見事根元から叩き折った。


撃墜確実の光景に喜ぶ間もなく、墜ちる敵機の横をすり抜け降下し操縦桿を引き寄せ再上昇。手近な別のB-29に下から突き上げを喰らわせるが、今度は見越しが甘く後部胴体を穴だらけにするに留まった。


水平飛行に戻る頃にはB-29編隊には引き離され始めていた。悔しい事に高高度では我が方の戦闘機よりもあちらの方が速いのだ。再び編隊を組み直すべく周囲を見回すと後方から近づいてくる機影が見え、僚機かと思ったのも束の間、直感的にラダーペダルを蹴飛ばし機体を横滑りさせる。一瞬前までいた空間を曳光弾の雨が通り過ぎていく。


敵機だ!


後方からぐんぐん迫ってくる敵機の射撃をラダー操作のみで躱し続けていると、何時もはそのまま高速で飛び抜けていく敵機が後ろに着いたままなの気が付いた。さては相手は速度をかなり失っているらしいなと思い、甘い旋回を繰り返し、敵機を誘いにかかる。すると、なんという幸運か敵機もこちらを追従し始め、見事に巴戦の格好となった。こうなれば低速域での旋回性能に勝るこちらの物である。


それまでの甘い旋回をやめ、紫電改の特徴である自動空戦フラップを最大限に活用し本気の旋回を始める。すると、二周り終わる頃には完全に敵機の後ろに占位することが出来た。敵機は単純旋回をやめて、激しくロールを繰り返し何とか逃れようともがくがもはや後の祭りである。恐ろしきは速度を失った戦闘機の悲しい末路と、紫電改の旋回性能であろうか。


先輩搭乗員から教わったとおりに照準器から敵機がはみ出すまで近づき、鼻先のアンチグレア目掛け一連射、二連射と見舞うと、搭乗員に命中したのか敵機はガックリと機首を地上に向け、重力に引かれ黒煙を吐きつつ墜ちていく。その姿を眺めつ、機首の13粍射撃時の硝煙を風防を開けることで逃がした。紫電改と一口に言っても、通常の二一型では無く機首を延長し、13.2粍機銃を2挺増設した三一型では、機首装備の当てやすさと火力向上の引替えに、射撃時に発射煙がコクピットに流れ込む欠点があった。


その時激しい振動と共に、機体すぐ横を曳光弾が通り過ぎて行くのが見えた。


しまった、一機の撃墜に気を取られているうちに他の敵機が近づいていたのだ。不味いことに先程の巴戦で自機もかなり速度を失っていた。敵機は先程のP-51と違い、しっかりと速度を活かして一撃をかけた後離脱しており、充分な距離と高度を取り引き返してくるのが見えた。


幸い身体には被弾していないし、機体の方もまだまだ十全に動く。速度を稼ぐため機首を下げ、回避機動を取りつつ、速度を失い満足に機動できない相手を墜とした自分が、おなじく速度を失い満足に機動出来ぬまま墜とされるとは、これが因果応報というものかなどと思っていた。


しかしどうしたものか、未だ高度は充分にあるとは言え急降下勝負などしよう物ならP-51の方が圧倒的に優位であるし、高速域での旋回性能はP-51も中々のものがある。そうこうしているうちに、数度目の射撃位置に着いた敵機の翼が機銃の発射でチカチカっと光るのが見え、いよいよこれまでかと思ったが、突如としてP-51の胴体が横合いからの曳光弾に包まれた。


P-51は白銀の身体を自身が噴き出す炎によって紅く染めながら飛行し、やがてバランスを崩したかと思うと、独楽のようにくるくるとフラットスピンに陥り墜ちていった。


横合いの射撃で見事敵機を撃墜した紫電改を見れば、その機体は見失っていた二番機であった。二番機を見れば、あちらも此方を見ており、風防の中で拳を振り上げ何かを叩く仕草をした。詰まるところはぐれてしまった私を叱っているのだ。それに対し私は片手をすまぬというふうに挙げ、謝意を示し編隊を組み直す。


それにしても二番機のあの射撃は見事なものだった。射撃のために直進していたとはいえ、高速で飛ぶ敵機に横から射撃し、一連射で仕留めてしまうとは。二番機は開戦以来の古豪であり、その技量には凄まじいものがあった。


二番機に連れられ一番機と合流した頃には、残りのB-29編隊ははるか遠くにまで進出しており、もはや今から追いつくのは不可能であった。B-29の数は当初の半分も減っておらず、より内陸側で迎撃予定の陸軍航空隊に期待を寄せ、我々は基地へ帰投した。


1944年、まだ暑い9月の事だった。









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