後記

 現存する人類最古の記録と言えば、ショーヴェ洞窟の壁画を思い浮かべる人が多いだろう。一説には紀元前三万年頃に描かれたともされる獣の絵は、風雨に曝されない洞窟という環境、容易には風化しない「壁」という記録媒体その他の雑多な要素によって、現代までその姿を保つことができた。これらは芸術的というより、歴史的価値によって、現代までその意義を保っている。

 三万数千年前と比べて、人類の文化レベルはそれなり程度には進歩した。これは事実だ。それでも、これから三万数千年後まで残る文学が、果たしてどれだけあるだろうか。


 デジタルデータは劣化無しで複製することが可能だが、そのためにはデータを読み書きするための装置が遺される必要がある。我が家の物置部屋にも祖父母世代のホームビデオが眠っているが、当時の再生機器が現存しないため、私にはその背に貼られたラベルで内容を想像することしかできない。それらは撮影されてから三万年どころか、百年も経っていないのにだ。

 一方で千年、二千年前の文学である「御伽噺」や「聖書」、そして「短歌」は、今でも媒体を変えて人々に伝わり、残り続けている。しかし後世における追記や改変、二次創作や贋作との融合、価値観の変遷による解釈の歪みは無数に在る。

 文化が「伝わる」「残る」とは、そもそもがそういう事なのだ。古典の翻案、外国語文学の新訳。原著に固着することは、文学の死骸を後生大事に抱えることに他ならない。


 私が生まれる前に発表された、この『人は右、車は左』という連作短歌に、歌評という形で新たな命を吹き込み、僅かなりと今の時代に伝える機会を得たこと。現代に生きる一人として、それは大きな喜びであった。

 本稿を書く切掛けとなった方々。公開する場を整えてくれた方々。そして、人付き合いが苦手な私に代わって、担当者と原稿の遣り取りや、報酬の交渉までしてくれた妹。誰か一人欠けても、本稿がこうして読者の目に触れることは無かっただろう。

 故に、関わった全ての人に、心より感謝する。


◆評者5

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