IF③

第1話

「お、俺は──」


 その一言を前に私は緊張した。今まで誰かからの告白でこんなに緊張することなんてなかった。

 私はいつだって選ぶ側そう思っていた。どんな告白にも私は不誠実だった。


 告白することがこんなに怖いことだなんて。選ばれないことがこんなに怖いことだなんて。この時初めて知った。

 たとえ、私の想いが彼に伝わらなかったとしても。それでも私は──。


「水原茜さん、好きです。付き合ってください!」


 ◆



 あの日。

 私は柚月と晴れて恋人になった。

 初めは聞き間違えかと思った。


 自分で言うのもなんだけれど、だって私は彼に迷惑はかけども、何か好きになってもらえるようなことをした覚えはない。

 積極的に仕掛けたけど、それかなぁ。


 なんてことを考えながら放課後。

 柚月を待っていた。

 教室で。周りにはまだ他にも生徒がいくらかいる。いつもの仲のいいグループの子には今日は予定があると言って先に帰ってもらった。


 彼氏? とニヤニヤされながら聞かれて、恥ずかしさのあまり、少しだけ顔を赤くして否定してしまった。


 実際当たっているのだが、初めて本気で好きになった彼氏のことでいじられるのがとてつもなくむず痒かったのだ。


 そんな柚月はというと、委員会の仕事だかなんだかで先生に呼び出されていた。

 付き合ってからも色々忙しく、恋人らしいことはしていなかった。デートだってまだだ。

 今まで誰かを本気で好きになったことなんてなかったから、いざ付き合うとなると自分からどういう風に誘えば良いかわからなかったのだ。


 以前、雨に濡れた時、シャワーを借りて積極的に、なんてことやほっぺにキスなんてことをしたが、正式に付き合ってからは恥ずかしくてそんなことができない。


 だけど、今日は一緒に帰ろうと約束した。

 だから彼を待っているのだけど……。


「さむぅ……」


 文化祭も終わり、本格的冬が到来した。

 教室の暖房はついていると言っても寒いものは寒い。

 冷えたところでお手洗いに行くことにした。


 女子トイレの個室に入って直ぐ。集団で女子が入ってきたのがわかった。

 何やらガヤガヤと聞いたことのある声だった。


「ねぇ、最近、茜調子乗ってない?」

「え? あー確かに」

「そうそう。荻野くんに媚びってたら思ったら今度は、時東でしょ? いくらイケメンになったからって乗り換えとか。ないわー」

「やっぱあの噂って本当だったんじゃ無い?」

「あー、あれ?」

「そう! 売りやってるってやつ! クラスの人も何人か見たって人いるらしいよ」


 それはいつも仲の良かったグループの子から私に対する、中傷や嫌な噂だった。

 思わず、息を潜めた。息が詰まる


 そしてしばらくして女子たちはそろそろ帰ろーと言って出て行った。

 私は足音が遠くなっていくのを確認してから個室の扉を開ける。


「何あれ」


 そんなことを思ってたの? てか、売り?


「私、そんなことやってない」


 根も葉もない噂。

 一体誰がなんの目的でそんな噂を広めたのか。心当たりがあり過ぎて逆に困ってしまった。


 正直、私はいろんなところに敵を作るような生き方をしてきた。

 全ては踏み台にして、自分が幸せになるため。

 そう思って生きてきた結果が、あの事件だった。


 だけどあの事件があったから柚月を好きになった。自分に向き合うことができた。


 今の自分はあの日までの愚かな自分とは違う……とははっきりと言い切れないものの、もう二度と誰かを傷つけるような真似はしない。


 でも、それまでの自分がやってきたことは?

 それを言われてしまえば、私にはどうすることもできなかった。

 だってそれまでひどく自分勝手に生きてきたから。


 本当にそんな私が、柚月と付き合っててもいいの?

 そんな不安が心の中に濃く深く溜まっていく。



 トイレから出るとトボトボとゆっくり教室へ向かう。

 その間も自分を責める言葉ばかりが頭の中に反芻していた。


「あっ……」


 教室に着くと、私の席に誰か男子が座っている。


「ああ、おかえり、茜」


 柚月は私の気配に気づいて振り返り、そう言った。


「ッ!」


 少しだけ言葉に詰まる。

 さっきまでの罪悪感が溢れ出しそうになりながらも飲み込んだ。


「もう、遅いよ!!」


 私は頭を切り替え、ぷりぷりと怒ったふりをしながら柚月の方へ近づく。


「ごめんごめん。これでやっと帰れるから」

「うん! じゃあ、帰ろっ!!」


 柚月と私は、肩を並べて教室を出る。

 今はなんだか無性に柚月に甘えたい。そう思った。


 帰りの道で私は気になったことを聞いてみた。


「ねぇ、柚月。聞いてもいい?」

「どうしたの?」

「なんで私を選んでくれたの?」


 今更だった。だけど、あの時聞いていなかった理由を改めて聞きたくなったのだ。

 要は柚月が私のことを本当に好きなのかという確信が欲しかった。


「あー、えっと……」


 柚月は顔を逸らして頬をポリポリと掻いている。

 そして恥ずかしそうに口を開いた。


「言わなきゃダメ?」

「ダメ」


 柚月が恥ずかしがっているなんて珍しい。そんな柚月を見れるだけで幸せな気持ちになれる……というのは置いておいて。


 柚月の口からどんな言葉が飛び出すのか、緊張で鼓動が早まった。

 ゴクリと喉の音が鳴る。


 そしてもう一度、恥ずかしそうに彼は言った。


「さ、最初に話しかけてくれたから……」

「へ?」


 私にとって予想外の理由だった。

 最初に話しかけた? 私が?


 そんな疑問を彼は汲み取ったのか、続けて説明し始めた。


「俺がさ。今みたいになる前で入学したての頃だったんだけど。あの時はまだまだ根暗で誰も友達がいなくてクラスでもボッチだったんだ」


 覚えている。

 夏休みに彼が激的仰天変化をしてきたことを。それまでは言葉は悪いが、インキャそのものだったように思う。


「だけど、そんな俺に唯一話しかけてくれた子がいたんだ。それが茜」

「わ、私?」


 正直、覚えてない……なんてことが言えるはずもない。

 多分、クラスの誰にでも優しくできる私すごーい的なノリで話したんだと思う。本当に申し訳ないが、その程度の浅い人間だったのだ。私は。


「はは。正直、こんな可愛い子が僕に!? ってめっちゃ焦ったの覚えてる」

「か、かわっ……」


 かわいいと彼氏に言われて喜ばない彼女はいない。話の本質はそこではないのだが、反応せずにはいられなかった。


「まぁ、きっとその頃の茜は、ただの周囲に対する点数稼ぎだったんだと思うんだけど」

「うっ……」


 図星だ。当たってます。


「それでも嬉しかったんだ」

「……え?」

「だからそんな茜を好きになったんだと思う」

「……────っ!!!」


 ストレートに想いを告げられて身が悶える。

 そんなのずるい。


「茜も結構、丸くなったよな」


 彼はそう言って、また笑った。

 なんか、本当にずるい。誰のせいでこうなったんだか。


 私は少しだけ、口を尖らせ、不満をアピールしつつも彼と笑い合いながら家へと帰った。

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【本編完結】すてーたす!〜俺だけが見える努力値で学園カーストを駆け上がれ〜 mty @light1534

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