第4話

「どどど、どうしましょう!!」


 あの日、食堂で約束してから数日。

 親に適当な言い訳をして、緑と出かけてもらうことに成功した私は、緊張し過ぎて、家の中を何度も行ったり来たりしていました。


 もうすぐ、彼氏である柚月さんが家に来ます。

 そして誰もいない家で柚月さんは狼さんへと変身するのです。

 ああ、やばいです。吐きそうです。

 嫌で、というわけではありません。もちろん大歓迎なのですが、そういった状況なんてまるで慣れていないのでまったくどうすればいいのか分からないのです。


 それに単純に恥ずかしさしかありません。

 私の全てを見せる? そんなことできるんでしょうか?

 あ、ちなみにお部屋なら先ほど掃除しておきました。


「念のため、歯磨きをしておきましょう」


 歯磨きなら先ほどしましたが、念には念を。

 いつ彼とマウストゥマウスをするかわかりません。その時に彼を失望させたくないのです。


「ついでにマウスウォッシュもしておきましょう」


 お口の中で薬液をクチュクチュと何度も反転させてから、ペッと吐き出しました。


「よし。ここまでやれば大丈夫でしょう。さぁ、柚月さんいつでも掛かってきてください」


 それから私は柚月さんが来るまでの間、玄関で正座して待つのでした。



 柚月さんが家のチャイムを鳴らしたのは、それから三〇分後。約束の時間通りでした。

 少し待ち疲れて、ウトウトしていたところにピンポーンと鳴ったものですから、私は飛び起きてしまいました。


 そしてすぐに目の前の玄関の扉を開きます。


「よよよよく、いらっしゃいました。柚月さん!!!」

「うん、お邪魔します」


 柚月さんは私の緊張とは裏腹に全くもって冷静でした。

 こ、これはまさか慣れている!?

 そ、そんなことってあるのですか?


「ゆ、柚月さん。つかぬことをお聞きします」

「えっと、何?」

「これまで女子の家に上がったことはありますか?」


 ………………………………。


「ノーコメントで」

「な、な、なんですか、その間は!? あるんですね、あるんですね!?」


 まさか柚月さんがそんな……。

 私が柚月さんの初めてをもらえると思っていたのに……。一体、どこの誰が?


「ぅぅ……」

「え!? なんで、紫泣いてるの?」

「泣いてなんかいませんっ!! 血の涙を流しているんですっ!!」



 後ろから、「それって泣いているんじゃ……?」というツッコミが入りましたが気にしません。

 私は少しだけ暗い気持ちをひきづって、まずはリビングへと通しました。


「その辺に適当に座ってください」


 私は彼にそう促し、すぐにお茶を入れる準備をします。

 先ほどは焦ってしまいましたが、落ち着くのです、紫。彼の初めてをもらえないことは残念ですが、この際仕方ありません。


 ですが、今は柚月さんは私の彼なのです。

 だから柚月さんを私がどうしようと私の自由なのです。あの筋肉質なお胸に是非すりすりとほっぺたを擦り付けさせていただきましょう。


 でもすぐに、というわけにはいきません。ここは私の作戦、「焦らし」を行い、彼を動向を見守りましょう。

 そして、彼に持っていくお茶には秘密兵器が入っています。


 その名も媚薬!! この間、インターネットで買わせていただきました。お父さんに危うく、見られそうになりましたが、セーフでした。


 きっとこれを飲めば、彼のことですからすぐにムラムラとしてすぐに私を襲うことでしょう。完璧です。


 ……あれ? そもそも彼がここにきたのは私を襲うためでは?

 まぁ、でも彼のやる気が上がれば結果オーライなのです!!


 彼は、私の持って行ったお茶を手に取りました。

 緊張の一瞬です。

 私はそれがゆっくりと口に運ばれていくのを……の、飲みました!! 飲みましたよ!!


 しかし、その特別性のお茶を飲んだ柚月は、顔を顰めました。


「なんか、変な味がする」

「そ、そうですかねー。あ、きっとちょっとお高いからですかね! 普通とは違う味がするんだと思うんです」

「……そういうもんかなぁ」


 彼はそう言って、お茶を最後まで飲み切りました。

 そしてすぐに立ち上がりました。

 ま、まさかもうっ!?


「じゃあ、早速キッチン借りるね」

「キッチン?」


 なぜ? という疑問が湧き起こります。


「この前、連絡入れた時にも言ったと思うけど。借りるねって」


 ああ、そういえばそんなこと言っていましたね。

 一体、何に使う気でしょうか……っっ!!!


 き、気づいてしまいました。

 か、彼はまさか。まさか────女体盛りを作ろうとしているのではないでしょうか!?


 私の服をひん剥いてその上に……。なんて高度な性癖ですかっ!!

 しかし、どんな性癖でもそれを受け止めてあげるのが彼女の務め。それであれば。


「紫は少し待っててくれる?」

「わかりました」


 きっと準備あるのでしょう。私は言葉通り、ソファで待っていました。

 そして数十分後。


 いい匂いと共に、彼がこちらへやってきます。


「お待たせ」


 そう言って、目の前に出されたのはオムライスでした。


「食べてみて」


 私は全くわけがわからず、柚月さんに言われた通りに差し出されたスプーンを持って、オムライスを口へと運びます。


「ッ!! お、おいしいです!! しかもこれって……っ!!」


 そう。柚月さんが作ってくれたオムライスはお祖父ちゃんが作ってくれたものと全く同じ味がしたのです。

 ああ、口に広がるこの感じ……。間違いありません。


「でも、どうしてですか?」


 なんで柚月さんが知っている? 私はその疑問をぶつけます。


「実はさ。緑ちゃん経由でいろいろ聞いてたんだ」


 あ、あの子は〜〜〜〜っ!!! なんで私に黙って!! しかもいつの間に柚月さんの連絡先を交換しているんですかっ!!


「それで紫がいないタイミングを見計らっていろいろお義母さんにも聞いたりして」


 は、初耳です……。まさか、お母さんまでグルとは。だ、だから今日はやけに素直にすぐに出て行ったんですね!? 合点がいきました。


「何回も作り直してようやく再現することができたんだ。幸い、今日まで日にちはあったからね」


 ああ、もう……っ!


 私はまた、一掬いし懐かしのオムライスを口に運びます。

 そしてポタポタと目から何かがこぼれ落ちました。

 そこでようやく私は決心することができました。


「ゆ、紫?」


 私の様子を見て、柚月さんは心配そうに声をかけてくれます。


「柚月さん、私、将来の夢が決まりました」

「……!」


 唐突に私が発言した内容のことで柚月さんは驚きの顔を露わにします。


「私、最近まで迷ってたんですけど。料理人になりたいんです。それもお祖父ちゃんのような」


 誰かの心の中を暖めてくれる。そんな料理を作りたい。

 そのことを最近まで忘れていました。そしてそれを思い出させてくれたのは柚月さんでした。


 柚月さんは驚いていた顔からすぐに笑顔になりました。


「うん。いいと思う」


 私の突然の告白にも柚月さんは優しく頷いてくれました。


「でも一つだけ」

「……?」


 なんでしょうか? もしかして、やっぱり反対されるのでしょうか……。


「俺にもその夢を応援させてほしい」

「……!!」

「料理学校に行くのにも今の成績じゃ厳しいしね?」

「わ、分かっていますよぉ!!」


 うぅ。せっかく勉強のことは忘れていましたのに。


「それと料理の方もよかったら一緒に応援させてもらえたら嬉しいな」

「え?」

「(将来的にもね?)」


 耳元で甘く、そう囁かれました。


 将来的に料理も一緒に?


 ボフンと顔が一気に爆発したかの如く、熱くなりました。

 それって将来は、柚月さんと一緒にお店をするってことでしょうか?

 私の勘違いですか? それって飛躍しすぎですか?


 ……でもカフェなんか経営できたらいいなぁ。そんなことを思うのでした。


「後、そういえば体がすごく暑いんだけど」

「あっ……」


 どうやら今更になって例の薬が効いてきたようです。


「スススストップですっ!! 今回はそういうんじゃなかったんです!!

 だから待ってください!!」

「何が? ごめん、紫我慢できない」

「────ん」


 私の唇に柚月さんの唇に押し当てられます。

 ああ、どうしてこう……早とちりだったのに。


 やっぱり今日も思ったようにはいきませんでした。

 いえ。ある意味思った通りに行ったのかもしれません。


 ……夫婦でカフェを経営する日も近いかもしれませんね。

 ぐふふ。





──────


後書き。


これにてIF紫編終了しました。

割と最後はいい感じにまとめられたんじゃないでしょうか。

紫さんだいぶ変態っぽくなってしまいましたが、割と気に入っています。

もっと本編でもこの変態性を出していけたらなと少し後悔しています笑


さて、次回から次のIFへ移ります。

引き続き、すてーたすの方をよろしくお願いします。

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