第3話
「一ノ瀬、進路希望調査票はまだなのか?」
私は、今、職員室呼び出され、担任の先生に厳しく叱責されていました。
理由は進路希望調査票を期日になっても出せていなかったからです。
私は頭が良くありません。だから、この先どうするか迷っていたのです。
大学に行けるほどの頭もありませんし、行ったところで何をするのか、漠然と定まらない将来のことを考えるよりも今を楽しみたいと思っていたのでした。
「もうすぐ、三年生になるんだ。早く進路のことは決めておいたほうがいい。就職するのか、それとも進学するのか。わからないのならとりあえず、進学で偏差値の近い大学を書いておきなさい」
だけど、これが逃げであることはわかっていました。
だからこそ、そんな曖昧な状態で適当に書くことなんてしたくありませんでした。
だけど、現実は非情です。
私は先生に怒られ、とりあえず、待ってくださいと告げてその場を後にしました。
◆
「柚月さん、お昼行きましょう!!」
休み明けの昼休み。私は柚月さんの教室へと赴き、お昼ご飯を誘いました。
こういう時は、柚月さんに甘える。そして慰めてもらうんだ。そんなことを考えていました。これも逃げであることには変わりはないのですが。
「うわ、お姉ちゃん。キスしなかったんだ」
以前のデートから帰って直ぐに妹の緑にそう言われました。
私は、あのメッセージを送ったことに関して、彼は何も言ってきませんでしたし、デートでは失敗ばかりだったし、不安になっていました。
そんなこともあり、進路のことを忘れる意味合いも込めて、今日からもっと積極的になる、そんな目標を持って柚月さんに接しようと思っていました。
「お、お熱いね〜」
「ヒューヒュー」
「白斗、桃太、うるさい。ごめんね、紫お待たせ。じゃあ、行こうか」
柚月さんはお友達の二人にからかわれて少し恥ずかしそうでした。
ふふ、そんな柚月さんをもっと見てみたい。そう思い、私は立ち上がった、彼の腕にしがみつきました。
「えい!」
「あ、ちょ!? 紫!?」
「どうしましたか?」
「あ〜いや……」
柚月さんは周りを見渡して気まずそうにしています。周りの生徒からの熱視線。みんながみんな私と柚月さんを見ています。
流石に私も恥ずかしくなってきました。顔が熱いです……。
ぷしゅ〜と軽く湯気が立ちそうなくらいになってきました。
自分でやっておいて……恥ずかしいです……。
「い、行こうか、紫」
「はいぃ……」
さしもの柚月さんも少しだけ恥ずかしかったみたいですね。私も恥ずかしかったですが思い切った甲斐がありました。
結果オーライです。
「ふふふ」
ですが、私は軽く自分の世界に浸っていたようです。
なんとか教室から出たものの、いまだに私は柚月さんの腕にコアラのようにしがみついています。
廊下に出ても視線の嵐が止むことはありません。
段々、柚月さんもその視線に慣れてきたのか、硬くしていた表情は柔らかくなっていました。
むぅ。これでは私だけ恥ずかしいみたいじゃないですか。
それではいけません。今日は柚月さんのことをメロメロのデレデレにしてみせると決めたんですから。
むにゅり。
「ゆ、紫!?」
ふっふっふ。焦ってますね、焦ってますね!!
私は先ほどから腕に抱きついていた体の一部をもっと強く当てることにしました。私が持っている特殊武器を使わない手はありません。
男子の視線を集めたり、肩が凝ってしまって、こんなもの!! とは思っていましたが初めて役に立ってくれたようです。
大好きな人になら、私は触れられても全く嫌な気持ちになんてなったりしませんからね。むしろ、これで柚月さんのむっつりスケベ顔を引き出せるなら安いものです。
今だってほら。
「どうしましたか、柚月さん?」
むにゅり。
調べはついていますよ、おっぱい星人である柚月さん。
この魅力を前にあなたは争うことができないはずです!! 観念してください!!!
むにゅむにゅ。
「っ!!」
そうして再び、顔を硬直させることに成功した私は柚月さんと共に食堂へと足を運ぶのでした。
あ、あれ? そう言えば、私が恥ずかしいことをしていることには変わらないような……?
それを思い出してまた顔が熱くなりました。
食堂では特に何かを頼む、ということはしません。
なぜならここのところ毎日柚月さんには私がお弁当を作ってきているからです!!
これぞ彼女になったものの責務であり、特権なのです。
大好きな人に自分の料理を食べてもらえる、こんな幸せなことがあっていいんでしょうか?
でも相手はあの柚月さん。油断はできないのです。いくら私が料理部だとは言え、それ以上に柚月さんの手料理は美味しいのです。もう、プロを目指せるんじゃないかってくらいに。この前、ご馳走になった時なんて目玉が飛び出るかと思いました。
「おお!」
柚月さんは私が渡したお弁当箱を開け、感嘆の声をあげました。
中にはオムライス。
前に柚月さんと訪れたカフェで思い出した、お祖父ちゃんが昔作ってくれたものを思い出して、作ってみたのです。
「それじゃ、いただきます」
柚月さんは手を合わせ、スプーンを手に取り、黄色い卵ごと中のチキンライスを掬うとそのまま口へと運びました。
柚月さんにはいつも正直な感想を言っていただくように言っています。
柚月さんは優しい人なので、きっとどんなものが出てもおいしいと言ってくれるからです。
ゴクリと喉が緊張のせいでなります。
「おいしい」
自分でもわかるくらいにパァっ顔が明るく、笑顔になりました。
「うん、おいしいよ! 紫の作ってくれたオムライス。これって前に言ってたお祖父ちゃんが作ってくれたって言ってたレシピ?」
柚月さんは前に話したことを覚えていてくれたようです。
ですが、私は首を横に振ります。
「お祖父ちゃんのレシピはもうないんです……。再現をさせようと思うんですが、なかなかできなくって……」
「じゃあ、これも?」
「はい。実はまだ再現できてないんです。でもいいんです! 柚月さんにおいしいって言ってもらえたので!!」
私がそういうと柚月さんは笑顔になり、もう一度オムライスを口へ運びました。
「うん、やっぱりおいしい」
「ふふ、嬉しいです」
だけど、もう一度だけ。やっぱりお祖父ちゃんが作ったオムライス食べたかったなぁ。
「紫、今度さ」
そしてその後もおいしいと言いながらオムライスを柚月さんは平らげてくれました。
そして食べ終わった後、柚月さんが私に話しかけます。
「紫の家行ってもいいかな?」
「へ?」
エエエエエエエッ!?
ままま、待ってください!! それって……え? まさか、まさかですよ?
え?
こ、これはまさか……。そういうことですか? 私、もしかして大人の階段を登っちゃうんですかっ!?
まだ、キスだってしてないのに。すごい勢いで駆け上がるんですね。一段飛ばしどころではありません!!
まさか、柚月さんがそんなに積極的だなんて知りませんでした。しかもこんなお昼間の食堂で。
というか、むしろさっきまで胸押し付けてたからですかね? あ、あれ? もしかして火をつけちゃったのは私のせいですか?
……ええ。いいですよ。私だって覚悟くらいできています。
大好きな人とは私だってそういうことくらいしたいんです。悪いですか!?
ああ、柚月さんの裸……。
あの鍛え抜かれた綺麗な体をまた見ることができるんですね。ぐへへ、ダメです。よだれが出てきそうです。
「ゆ、紫?」
「ぐへへ」
「よだれ出てるよ?」
「──ハッ!?」
私は慌ててよだれを拭います。
しまったああああああ。また変なこと思われたかもしれません……。
「それで行ってもいいのかな?」
「是非!!! いつにしますか?」
「よかった。いつかは、紫の都合に合わせるよ」
私はスマホを取り出し、カレンダーを眺めます。
彼が来るなら、親のいない時がいいでしょう。もちろん、緑もいないタイミングがベストです。
なんたって、私と柚月さんの……初……。
ぐふ。
「ま、またよだれ出てるよ」
「じゅるっ!! し、失礼しました。では家族の予定を確認しますのでまたご連絡しますね!!」
「わかった」
そのタイミングでちょうど予鈴が鳴り、私と柚月さんは食堂を後にしました。
ぐふふふ、楽しみです。
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