悪役令嬢?いいやその女はただの巨悪だ!

気力♪

巨悪令嬢シャルロッテ・フリューゲル

 悪役令嬢というジャンルがある。


 それは、前世の記憶などを得た”悪役令嬢として破滅する記憶”をもとに、幸せな暮らしを目指すようなジャンルだ。


 もっとも、それはあくまで創作であり物語の事だ。現実に前世の記憶などがあったとしても、その道を歩むしかない者だっているのだ。私のように。


「首領、ご指示を」

「麻薬の管理は、変わらずロナートに任せるわ」

「……よろしいのですか? あ奴は首領に従順というわけではありませんよ?」

「だからよ。ロナートを据えていればいずれボロを出すわ。その時に粛清した方が効果は高いもの」

「その深謀遠慮、感服いたします」

「世辞は良いわ、邪魔よ」

「……ハッ」


 そうして去っていく初老の男性。麻薬だの物騒なことを言っていたが、一応私の部下だ。


 このように、現在私は悪役令嬢をやっている。それもただの悪役令嬢ではない。王都の闇を一挙に引き受ける”紅の棘くれないのとげ”、その”現”首領が私だ。


 名を、”シャルロッテ・フリューゲル”

 歳は16、長身に赤紫の髪を短く切りそろえた、それなりに美人の少女だ。……と、自分は認識している。


 前世では現代日本で普通に暮らしていたはずの一般男性に、悪役令嬢TS転生とかいい加減にしてほしいものだ。


 


 日本人の感性を持っている私には、この”紅の棘”の私が首領になる以前の状態は少し見苦しかったのだ。


 どうしていちいち殺しだの恐喝だので資金を稼いでいるのかがさっぱりわからない。もっと効率的かつ自主的に利益を差し出させるようにするので十分だろうに。


 それに、犯罪行為をするのならもっと末端を簡単に切り捨てられるシステムにしないと厄介だろう。受け子という言葉しか知らなかったので適当に小分けにする仕組みを作ったくらいでしかないが、それでも情報化していない中世ファンタジーかぶれ社会ではなかなかに有効なのだ。



「しかしトニー、どうして私は首領などという面倒な仕事をしているのだろうな」

「……シャルロッテ様が、そう望んだからでは?」

「……貴様も私を”そう”としか見ないか」

「シャルロッテ様?」

「茶番はよせ、トニーならば今の私の言葉に冗句の一つでも返してくるところだ。変装はそれなりだが、トニー自身の分析を怠ったな」


 そんな言葉を聞いた瞬間に、突如として高まっていく魔力。彼の変装魔法が解かれ、即座に真空の刃の攻撃魔法が無詠唱で放たれる。


 暗殺向きの良い魔法だ。その点だけ見ると悪くないが、この男は根本的に間違っている。


 この私、悪役令嬢シャルロッテの側に護衛が居ないのは。

 この部屋がよその部屋から見られないような構造になっているのは。



 この”紅の棘最強”の実力を、誰にも見せないためだった。


 真空の刃をただ腕を振るだけでかき消し、無造作に放ったただの魔力の圧だけでその男を屈服させる。


 ほんの少し力を見せただけなのに、この暗殺者は戦意を喪失している。体の震えが止まっていない。

 この程度の男に、私の暗殺を任せるなど随分と今回の敵の勢力は小さいようだ。


「さて、依頼者のことを話してくれるのならば私は君を殺してあげよう。そうでないのなら、少しばかり死ぬ方がマシな目にあってもらうが構わないな?」

「な、なに言ってやがる!」


 そうして始める、機械的な拷問。

 指を一本一本削り落としていく古典的なモノだったが、これをするだけでどの暗殺者も雇い主を言うのだから面白いものだ。

 この世界に拷問の文化はあまりないのだとか。人類の歴史とは殺人の歴史なのだからもう少しいろいろあってもいいだろうに。おかげでこの部屋の拷問器具はほとんど自作なのだ。


 などとつまらないことを考えていると、いつも通りに暗殺者の顔は苦痛に歪み涙を流して声にならない声で”やめてくれ”と言おうとしているのが見えた。


「ローウェル、だ! 俺を雇ったのは、フレディ・ローウェルだ! だから早く、早く殺してくれ!」

「……話すのが早いですね」

「信じてくれよぉ! 俺は女を殺すだけの簡単な仕事だって話だったんだ! こんな、こんな地獄が待ってるなら、俺は受けなかった!」

「……まぁ、十中八九罠だろうがどうでもいいですか。今、楽にさせてあげます」


 そんなわけで、虚属性魔法という私の固有魔法オリオジナルでこの世からこの男を消し飛ばす。それは文字通りの消滅であり、どこにも痕跡は残らない。これでまた、トニーという”架空の腹心”がこの世から消えることになった。


 実のところ自分は死ぬことが楽になることだとは思えないのだが、それは置いておこう。

 実際、


「それでは、罠ごと潰しに行きましょうか」


 そう呟くとともに鳴らした呼び鈴。その音に引かれるように多くの紅の棘の暗殺者たちが傍らに現れる。虚属性魔法のちょっとした応用だった。


 そんな彼らと共に赴くのはもちろんローウェルの屋敷。私を殺せもしない程度の人間を暗殺者に起用するなど許しては置けない。


 無能が厄介なのは、敵でも味方でも同じなのだから。


 ────────────────────────


 この王都では、タブーとされている言葉がある。

 それは”紅の棘”。


 彼らは日常のどこにでも潜伏している。彼らは裏の世界のすべてを取り仕切っている。彼らは敵対する者に容赦はしない。そして、彼らに恭順するものには幸福が約束される。


 そんな奇妙な噂だ。かつては誰もが知る邪悪の権化であった彼らだが、今ではそれほど否定的には見られていない。この王都の表側は、とても平穏になったからだ。


 それは、シャルロッテの効率を求めたイメージ戦略の結果だが、それを知る者は少ない。せいぜいが代替わりしたことくらいだろう。


 だが、たったそれだけでこの王都はガラリと変わった。光と闇の境界線がより深く、より大きくなった。


 だからこそ、王都の裏で奴隷の密輸で儲けていたローウェルに連なるものが一夜のうちに皆殺しにされ、その利権を”紅の棘”が握ったことを表の人間は誰も気づかない。


 そして、その奴隷の密輸がより密かなものになり、より多くの犠牲者が出るようになったことを表の人間は何も知らない。


 そこにあるのは、自分のことを真の邪悪であると未だに気付いていないシャルロッテの思惑だけだった。


 ────────────────────────


「とはいえ、表の顔はきちんとしなければ裏のことが隠せませんか」


 そう呟くシャルロッテの手元にあるのは、合格通知。

 この王都、いやこの世界随一の学び舎である王立ダリアン学院。そこの試験の合格通知だった。


 正直なところ、シャルロッテは学校で学ぶことなど全て身に着けている。文字に計算に歴史に魔法はもうシャルロッテの血肉と化している。


 実利としては、せいぜいマナーをより洗練したものにできること程度だろう。


「しかし、合格するつもりはなかったのですがね……」


 そんなことをつぶやいてから、手元の呼び鈴を鳴らしてこの家の使用人を呼ぶ。


 彼女らの手によって着飾ることにより、”紅の棘”のシャルロッテは”侯爵令嬢”のシャルロッテ・フリューゲルへと変心へんしんする。


 それだけで彼女から出ていた邪悪のオーラは消え去り、少しきつめの令嬢になったのだ。



 そうして、彼女は外に停められている馬車へと歩き出す。


 王立学園での生活が、この世界の元になったゲームの話だとはシャルロッテは知らない。


 この世界が”紅の棘”への復讐を心に誓うヒロインと、その協力をする攻略対象の話だという事を彼女は知らない。


 だがしかしその程度ならば問題はない。


 


「では、学園生活を楽しみましょうか」


 そうして、"巨悪令嬢"シャルロッテ・フリューゲルは舞台の上へと上がるのであった。

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