第1話

さて、追想は程々にして現実に__目の前の自称を整理しよう。


私を抱く母親と思しき女性は頭から犬のような耳を生やし、臀部からはふさふさとしたしっぽが生えている。

「どうしたのぉウィル」

犬なのに人の言葉を使うんだな、と不思議に思ったが、聞きなれない単語に首輪や傾げる。

ウィル____?ああ、私の名前か。

私の名前を呼び、揺りかごのように腕をゆらす女性はとても優しそうで、綺麗な顔をしていた。

さすが異世界と言ったところか。顔面偏差値が東大級だ。

「ミルク持ってきたよ」

また別の声が聞こえる。

声の方へと目線を向けると、可愛らしい顔をした少年が私の方を向いていた。

「あらイオ、ありがとう」

イオと呼ばれた少年は私を抱える女性のことを「かあさん」と呼ぶ。恐らく兄に該当する人物なのだろう。

イオは私の口に無理やり哺乳瓶を突っ込んでグイグイと押し付けた。

口の中にはミルクとは言い難い、極限まで薄めた牛乳のような味がした。

粉ミルクの元のはもう少し甘くて美味しかった気がする____そう思いながらも私はルクが入れてくれたミルクを吐き出すのは気が引けて、無心で飲み込んだ。



*


ウィル・ウィクリフと言う人物に生まれ変わってから、8回ほど冬を超えた。

その間に妹や弟が沢山出来て、毎日大騒ぎである。

やはり動物の血が混じっていることから、1人における子供の数が多いのだろうか?

ウィクリフ家は15人兄弟だった。私__否僕か俺に一人称を改めろと改めろと兄に言われたばかりだ。一人称なんかに固執する意味もないので素直に改めることにする。

さて、改めて。俺はそのうちの3男。上の2人は年が離れていて、もう街に稼ぎに行っている。

だから、残った13人のうち1番年上の俺が兄弟たちの世話をする。

人数が多く、生きていくだけで精一杯で余裕はない。

家はスラム街のボロ屋。生活環境はお世話にもいいとは言えない。しかし。

「ウィル兄!お花の冠作って!」

「いやウィル兄はおれらと鬼ごっこすんの!」

ぴょんぴょんと子供たち(と言っても俺とさほど見た目は変わらないが)は俺の飛び回る。

「わーかったわかった、これ洗濯したらなぁ」

ここでの生活は幸せだった。

居心地の悪い学校も行かなくていい。あの家にも帰らなくていい。

そして何より、生前一人っ子で、親の愛情を受けたていたとはとても言えない俺が、沢山の兄弟と、優しい父と、美しい母に囲まれて過ごす時間は、何よりも幸せだ。


きっと、この世界に生まれ落ちたことは、

生前、苦しいながらも生きていたご褒美なのだろう。

自然と顔が綻び笑顔がこぼれる。

兄弟達の「なんでわらってるのー?」と不思議そうに首を傾げた兄弟たちに「なんでもない」とだけ返し俺はは洗濯物が山積みになったカゴを持ち上げ、近くの水路へと向かった。


近くの水路につき、俺は水面に映る自分の姿を見てため息をこぼす。

いつまで経っても見慣れない姿だ。

頭からは可愛らしい耳が映え、耳と同色の赤色のくせっ毛の髪、顔は幼くも整った顔立ちをしている。母親譲りの顔立ちだ。

あと4年もすれば可憐な美少年、10年もすれば麗しい美青年に成長するだろう。

と考えながら水面を見ていると「ばあ!」と水中から顔が飛び出してきた。

「うわあ!?!」

「毎回いい反応するねぇ、ウィルは」

「お、驚かすなよ!ルク!!!」

月のような黄金の瞳がニコリと笑う。

ルク__月光のような輝く銀髪と、キラキラと光を反射する頬の鱗と、魚のような下半身が特徴的な僕の友人。

2年前にこの水路で「助けてよォ!」と蔦に絡まっていた所を偶然見つけたのが初対面。

「人魚!?!?」と驚いていたら「人魚知らねえの!?!?」と逆に驚かれた。どうやらこの世界では普遍的な存在らしい。


ルクは驚いて尻もちをついた俺を見るとケラケラと笑った。

「……で、今日はなんの用?」

僕は顔を顰めてそう聞くとルクは「用がないと遊びに来ちゃダメなのぉ?」といたずらっぽく笑った。

「いやダメじゃないけどさ」

「けど?」

「兄弟に遊んでくれって頼まれてんの」

「えぇ、俺とも遊んでよ」

ぶう、と頬を膨らましたルクに俺は「洗濯物洗うの手伝ってくれたら検討する」と不敵に笑って見せた。ルクは嫌そうに顔を顰めたが、渋々水中から籠に手を伸ばし、洗濯物を洗い始めた。

「ウィルはさぁ、魔法って知ってる?」

突如ルクはこんなことを聞いてきた。

ルクは物知りで、この世界のことを沢山教えてくれた。ルクが言うには、「俺はそんなに詳しくないよ、ウィルが世間知らずすぎるだけ」らしいけれど。

「マホウ?」

「うん、魔法。」

聞けばこの世界に存在する生き物は、個体差があれど必ず魔力を所有しているらしく、適性があれば、自由に自然現象を操れる「魔法士」になれるという。そしてその魔法士は重要な戦力として帝国軍に高値で雇われるというのだ。さすがファンタジーの世界。


なんてルクの話を聞いていると、遠くから「ウィルにいー!!」

と妹が呼ぶ声が聞こえた。

「あ、ごめんルク。迎え来ちゃった」

「ええ!!?」

ルクは不満そうに「俺手伝わされ損したぁ!!!!」と、尾びれをばたつかせ水しぶきをあげた。

「つめたっ!」

「ウィルのばーーーか!!!!」

「明日遊んでやるから………」

そう宥めたが、ルクは完全に拗ねて、水中に潜ってしまった。ううん、こうなるとめんどくさい。

「ウィル兄まだあー?」

「わかった今行く!」

まあ仕方ないなと俺は洗濯物を持って妹たちの元へ戻る。

背中から聞こえる「薄情者〜!」というルクの声は無視をしておいた。

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今流行りの異世界転生をしたら被差別種族になってしまったのだが? @Charlltear_1218

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