七夕

Lugh

七夕

 小高い丘にある海を一望できる街。砂浜の形に沿うようにして家並みがつづいていました。街の外れに一軒家があります。静かにしていると、波の音が聞こえるくらい海に近いところにぽつんと建っています。家には父親と母親と少女。三人で暮らしていました。

 ある日の夕方のことです。空は曇っていて、海は荒れていました。

 薄暗い明りの下、少女は覚えたばかりの文字を懸命に書いていました。何を書いているのかしら、と夕飯の支度をしていた母親が覗き込みます。少女は細長い長方形の黄色い紙に文字を書いていました。

「七夕の願いごとを書いていたのね」

 母親の声に少女は振り向き、満面の笑みで大きく頷きました。

「願いごと、叶えてもらうんだ」

「どんな願いごとを書いたの。お母さんに教えて」

 少女は出来上がった短冊を母親に見せながら言いました。

「お金持ちになりたい」

 それから、お金持ちになったら買うものを、指を折りながら言うのでした。母親は悲しそうな目をして微笑みます。そして、少女を見つめていました。そんな母親の表情に、少女は欲しいものを考えることに夢中で気がつきませんでした。

 欲しいものを言い終えた少女は笑顔を母親に向けました。母親も笑顔で応えます。

「いっぱい欲しいものがあるのね。願いごとが叶うといいね」

「うん」

「七夕に雨が降らないといいんだけど」

「どうして、雨が降らないといいの?」

 少女が首を傾げます。

「雨が降ると、天の川の水が溢れて、彦星と織姫が会えなくなっちゃうから、願いごとも叶わなくなるかも」

「そんなのやだ」

 少女が叫びます。母親は宥めるように語りかけます。

「そうだよね。雨が降らないように祈っておこう」

 少女の頭を撫でました。

「てるてる坊主も作る」

 少女はティッシュを丸めて、てるてる坊主を作りはじめました。母親は夕飯の支度に戻りました。母親が料理をつくっている間も、少女はてるてる坊主を作ることに一生懸命でした。


 七夕当日。てるてる坊主を作った甲斐なく、雨が降ってしましました。

 朝から少女は悲しい気持ちでいっぱいでした。夜にはやむかもしれない、という母親の言葉を信じるほかありませんでした。

 時間は過ぎていきます。いつまでたっても、空は暗いままです。夜になっても雨はやみませんでした。

 少女は悲しそうな顔で窓から外を眺めます。波の音も聞こえず、窓ガラスに打ちつける雨の音だけが聞こえます。

「彦星と織姫、会えなくなっちゃった」

「きっと来年は会えるよ」

 母親が少女の背中をさすります。少女は力なく頷きました。しばらく、母親は少女の側にいましたが、少女は窓から離れようとしません。少女の頭を軽く撫でてから、部屋をあとにしました。

 ふと、少女の目に笹の葉がとまりました。お金持ちになりたい、と書かれた短冊が結ばれています。新しい短冊を取り出して、願いごとを書きました。

「天の川が見たい」

 古い短冊を外し、新しい短冊を笹の葉に結びました。それから、胸の前で手を合わせて心のなかでも、天の川を見せてください、と祈りました。


 雨のせいか、彦星と織姫に少女の願いは届きませんでした。ですが、下界を覗いていた神様には届きました。

 横になっていた神様は体をのっそりと起こします。狙いをよく定めて、指先で雲をひとかき。すると、雲に裂け目ができました。月明りが地上へと差し込みます。


 目をつむって祈っていた少女の耳に、波の音が聞こえてきました。窓の外に目をやると、月明りが海を照らしていました。少女は急いで外に出ました。

 空を見上げます。雲に一筋の裂け目があり、そこから天の川を見ることができました。色とりどりの星。静かな星の輝き。少女は目を奪われました。雲の裂け目が閉じるまで、ずっと眺めていました。


 時がたち、少女は大人になりました。大人になっても、お金持ちになることはできませんでした。

 ですが、毎年、天の川を見ることはできました。

 少女は幸せでした。

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七夕 Lugh @Lughtio

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