1-2.二十年物の色香 - 青薔薇姫のレイピア～花に摘まれた暗殺者たち～（E.C.ユーキ）

　摘（つ）み際（ぎわ）の花（はな）は、いい表情（かお）をする。

　一直線（いっちょくせん）に伸（の）びた剣（けん）のすぐ向（む）こうを眺（なが）めながら、暗殺者（あんさつしゃ）の男（おとこ）はそう思（おも）った。

　《青薔薇姫（あおばらひめ）》。20年（ねん）間（かん）を箱入（はこい）りに育（そだ）てられた高嶺（たかね）の生花（せいか）。これほどの一等花（いっとうか）を剣（けん）一本分（いっぽんぶん）の距離（きょり）から拝（おが）めるなど、まともに生（い）きていてはかなわなかかっただろう。その日（ひ）その日（ひ）を這（は）いつくばって生（い）きる者（もの）たちにとっては、まるで別（べつ）世界（せかい）の青（あお）い景色（けしき）だった。

　剣（けん）越（ご）しの小顔（こがお）は青（あお）ざめていた。青薔薇（あおばら）の乙女（おとめ）たったひとりを、黒衣（こくい）の大男（おおおとこ）10人（にん）が囲（かこ）ったのだ。十方塞（じっぽうふさ）がりの青一輪花（あおいちりんりんか）は、薄紅（うすべに）の唇（くちびる）をぷるぷると震（ふる）わせて、長（なが）いまつ毛（げ）を濡（ぬ）らし、エメラルド色（いろ）の瞳（ひとみ）を潤（うる）ませながら、剣（けん）越（ご）しにこちらを見上（みあ）げていた。

　しかし今（いま）では――カーテンコールの大（だい）歓声（かんせい）に応（こた）えるプリマドンナのような顔（かお）をしている。

　血塗（ちぬ）れた剣先（けんさき）は、こちらの喉仏（のどぼとけ）をくすぐっていた。

　どこまでも一直線（いっちょくせん）な剣（けん）の轍（わだち）道（みち）に、男（おとこ）は胸板（むないた）を馬乗（うまの）られていた。

　絶対（ぜったい）に立（た）ち上（あ）がるのだ。ただちに背中（せなか）の床（ゆか）を振（ふ）りほどき、赤（あか）く巨大（きょだい）に迫（せま）った顎先（あごさき）の剣先（けんさき）を弾（はじ）きのけるのだ。夜（よる）の石床（いしゆか）を焼石（やけいし）に変（か）えんとばかりに、男（おとこ）は自（みずか）らに咆哮（ほうこう）する。

　なのに――身体（からだ）は動（うご）かない。

　鍛（きた）え上（あ）げた腕（うで）が、隆々（りゅうりゅう）の脚（あし）が、男（おとこ）の燃（も）え滾（たぎ）る意志（いし）にまったく応（こた）えないのだ。手（て）の中（なか）からは愛用（あいよう）の剛（ごう）剣（けん）が消（き）え失（う）せ、じんじんとした痺（しび）れが残（のこ）るのみだ。男（おとこ）は剣（けん）を指（さ）し下（お）ろされた先（さき）で、仰向（あおむ）けに転（ころ）がり、巨体（きょたい）をよじり、ただ首（くび）を横（よこ）に振（ふ）るばかりだった。

　大男（おおおとこ）たち10人（にん）は健在（けんざい）だ。しかし誰（だれ）ひとり立（た）っていない。

　舞踏（ぶとう）の広間（ひろま）、白（しろ）大理石（だいりせき）の床（ゆか）一面（いちめん）が月光（げっこう）に眩（まばゆ）い中（なか）に、仲間（なかま）の暗殺者（あんさつしゃ）たちの黒衣（こくい）はあった。歴戦（れきせん）錬磨（れんま）の巨漢（きょかん）たちはことごとく床（ゆか）に沈（しず）み、血（ち）と傷（きず）にまみれて転（ころ）がり、剛（ごう）剣（けん）を放（ほう）り、野太（のぶと）い低声（ひくごえ）でうめきながら、芋虫（いもむし）のようにうごめくばかりだった。

　腕（うで）も脚（あし）も、首（くび）もいよいよ動（うご）かない。

　細（ほそ）い剣（けん）の赤（あか）い先（さき）で、太（ふと）い喉（のど）がこそばゆい。

　尻餅（しりもち）をついて、のけ反（ぞ）って、両手（りょうて）の中（なか）には何（なに）もない。

　男（おとこ）は剣（けん）の轍（わだち）の向（む）こう、死屍（しし）累々（るいるい）の中央（ちゅうおう）にそびえる柔（やわ）らかな巨山（きょざん）を――

　――青薔薇姫（あおばらひめ）を見上（みあ）げた。

　ボールガウン・ドレスの大（だい）半球（はんきゅう）が、すぐそこに高（たか）らかにそびえ立（た）つ。まるで舞台（ぶたい）幕（まく）をそのまま巻（ま）きつけたかのような床（ゆか）丈（たけ）のスカートは、一点（いってん）の曇（くも）りもなく青天（せいてん）に煌（きら）めき、その真（ま）ん丸（まる）な頂（いただき）へと向（む）かっては、銀（ぎん）剣（けん）の轍（わだち）が一直線（いっちょくせん）に伸（の）びる。銀（ぎん）細工（ざいく）の湾曲（わんきょく）柄（え）へと収束（しゅうそく）していく細（さい）剣（けん）の大路（おおじ）、それを細腕一本（ほそうでいっぽん）で収（おさ）める白（しろ）長手（ながて）袋（ぶくろ）の手（て）は、しなやかで小（ちい）さい。青（あお）爛漫（らんまん）と生花（せいか）で着飾（きかざ）った湾曲（わんきょく）柄（え）の奥（おく）には、この細（さい）剣（けん）の――血塗（ちぬ）れたレイピアの持（も）ち主（ぬし）の顔（かお）があった。

　可憐（かれん）淑（しと）やかな小顔（こがお）は、はつらつでいっぱいだ。

　まるで一世一代（いっせいちだい）の大（おお）舞台（ぶたい）を踊（おど）り遂（と）げた直後（ちょくご）のような輝（かがや）きを、ふわふわな頬（ほお）に満々（まんまん）と、微塵（みじん）も包（つつ）み隠（かく）さずにおっぴろげている。薄紅（うすべに）の唇（くちびる）をぷるぷるとつややがせながら、はぁはぁと、息（いき）はこころもち速（はや）い。雪白（ゆきしろ）い肌（はだ）はほんのりと火照（ほて）って、薄（う）っすらと汗（あせ）がにじんだ替（か）わりに、涙（なみだ）はすっかり乾（かわ）いていた。

　そんな小顔（こがお）が、べったりと、こちらから離（はな）れない。

　そびえ立（た）つボールガウンのさらに高（たか）くから、架（か）け渡（わた）した銀（ぎん）剣（けん）の坂（さか）越（ご）しにこちらを見（み）ている。何（なに）も持（も）たない方（ほう）の白（しろ）長手（ながて）袋（ぶくろ）、二（に）の腕（うで）から指先（ゆびさき）までをぴちりと包（つつ）んだオペラグローブをあそばせて、白銀（はくぎん）の長（なが）御髪（みぐし）を撫（な）で上（あ）げ、揺（ゆ）れおどる銀糸（ぎんし）の一本一本（いっぽんいっぽん）が再（ふたた）び一房（ひとふさ）へと戻（もど）りきる間（あいだ）までも、花盛（はなざか）りの小顔（こがお）はずっとこちらを向（む）いたままだった。

　エメラルド色（いろ）の瞳（ひとみ）がふたつ、くりくりと眩（まばゆ）く、こちらへとさしてくる。

　長（なが）いまつ毛（げ）の森奥（もりおく）から、こちらをひたと見据（みす）えている。

　じーっと、こちらを凝（こ）らしている。

　――深（ふか）い泉（いずみ）の奥底（おくそこ）を、のぞき耽（ふけ）るかのように。

　途端（とたん）、男（おとこ）の筋肉（きんにく）は復活（ふっかつ）した。

　どこまでも高（たか）くにとまった双星（そうせい）、そのしゃあしゃあとした輝（かがや）きは、刺（さ）し傷（きず）と切（き）り傷（きず）で埋（う）め尽（つ）くされた巨体（きょたい）を一瞬（いっしゅん）にして再（さい）点火（てんか）させた。

　しかし――立（た）てない。

　肘（ひじ）を強引（ごういん）に突（つ）き立（た）てればこてんと崩（くず）れ、足（あし）を無理矢理（むりやり）に踏（ふ）ん張（ば）ればつるんと滑（すべ）る。身体中（からだじゅう）の傷（きず）はどれも浅（あさ）く、深手（ふかで）はひとつもないというのに、錬磨（れんま）の巨体（きょたい）はこの期（ご）におよんでも応（こた）えない。

　――見（み）えない巨岩（きょがん）が胸板（むないた）を圧（お）し潰（つぶ）してくるのだ。

　赤（あか）い剣先（けんさき）が、透明（とうめい）な巨岩（きょがん）が、胸板（むないた）の上（うえ）でふんぞり返（かえ）ったままどかないのだ。それはまるで何千何万（なんぜんなんまん）と年月（ねんげつ）をかけて凝（こ）り固（かた）まった堆積岩（たいせきがん）のように、大（おお）きく、重（おも）く、びくともしない。ただでさえまともに向（む）き合（あ）えるものではないというのに――さらに膨張（ぼうちょう）を続（つづ）けている。銀（ぎん）剣（けん）の向（む）こうの満月（まんげつ）はより青（あお）く、むくむくと膨（ふく）れ上（あ）がっていく一方（いっぽう）だった。

　男（おとこ）は青（あお）い満月（まんげつ）に下（した）敷（じ）かれながら、突破口（とっぱこう）を探（さが）す。

　巨岩（きょがん）の下面（かめん）と白（しろ）大理石（だいりせき）の床上（ゆかうえ）、ぎちぎちに挟（はさ）み込（こ）まれたわずかな隙間（すきま）から、剣（けん）轍（わだち）の左右（さゆう）を目（め）だけで見回（みまわ）し、この青白（あおじろ）い地獄（じごく）で光（ひかり）を探（さが）す。輝（かがや）く満月（まんげつ）、銀昂（ぎんこう）の剣身（けんしん）、煌（きら）めく巨山（きょざん）――どこも光（ひかり）であふれているというのに、男（おとこ）にとっての光（ひかり）はない。舞踏（ぶとう）の広間（ひろま）はやはり密室（みっしつ）、出口（でぐち）の扉（とびら）は固（かた）く閉（と）ざされたままで、高（たか）い天井（てんじょう）にも彫刻（ちょうこく）柱（ばしら）にも罠（わな）や魔法（まほう）の気配（けはい）はない。辺（あた）り床上（ゆかうえ）の暗殺者（あんさつしゃ）たちは、いまだに誰（だれ）ひとりとして立（た）ち上（あ）がれず、どの大男（おおおとこ）も浅傷（あさきず）の蜂（はち）の巣（す）になったまま、立（た）とうとしては崩（くず）れ、結局（けっきょく）は床（ゆか）に転（ころ）がってうめきうごめくばかりだった。

　それでも男（おとこ）は頻（しき）りに見回（みまわ）し――ただひとつの光（ひかり）を見（み）つけた。

　剛（ごう）剣（けん）だ。どんな血生臭（ちなまぐさ）い戦場（せんじょう）でも共（とも）にしてきた愛（あい）剣（けん）は、すぐそこに落（お）ちていたのだ。

　――届（とど）かない。

　たったの拳（こぶし）ひとつ分（ぶん）が途方（とほう）もなく遠（とお）い。あと少（すこ）し、身（み）を乗（の）り出（だ）すだけで届（とど）くというのに、赤（あか）い剣先（けんさき）が、満月（まんげつ）の巨岩（きょがん）が邪魔（じゃま）で仕方（しかた）ない。大蛇（だいじゃ）のように太（ふと）い腕（うで）をぶん投（な）げて、大熊（おおくま）のようにごつい手（て）を押（お）しやるも、いまだに何（なに）もつかめていない。

　それでも男（おとこ）は揺（ゆ）るがない。手（て）のすぐ先（さき）に見（み）える剛（ごう）剣（けん）の刃（やいば）も、一点（いってん）の曇（くも）りもない閃々（せんせん）の輝（かがや）きを、研（と）ぎ澄（す）ませてきた戦々（せんせん）の栄光（えいこう）を放（はな）ち続（つづ）けている。届（とど）くか届（とど）かないかなど関係（かんけい）ない。届（とど）かなくても、届（とど）かせなくてはならないのだ。

　全身全霊（ぜんしんぜんれい）、男（おとこ）はありったけの力（ちから）を込（こ）めて、手（て）を伸（の）ばす。

　古傷（ふるきず）と黒（くろ）ずみばかりの質実（しつじつ）な柄（え）に、手（て）を伸（の）ばす。

　息（いき）を際限（さいげん）なく加速（かそく）させて、手（て）を伸（の）ばす。

　震（ふる）える手（て）を、伸（の）ばし続（つづ）ける。

　――ますます跳（は）ね輝（かがや）く双星（そうせい）の下（もと）で。

　それでも男（おとこ）は手（て）を伸（の）ばす。なのに剛（ごう）剣（けん）は遠（とお）のいていく。赤（あか）い剣先（けんさき）は、満月（まんげつ）の巨岩（きょがん）はこれ見（み）よがしとばかりに膨（ふく）れ上（あ）がって、胴（どう）をわずかひねる隙間（すきま）さえもぎゅうぎゅうに埋（う）め潰（つぶ）してくる。栄光（えいこう）の柄（え）までたった掌（てのひら）ひとつだというのに、もはや夕暮（ゆうぐ）れの太陽（たいよう）よりも遠（とお）くなっていた。

　それでも男（おとこ）は、手（て）を伸（の）ばす。

　絶対（ぜったい）にどけるのだ。絶対（ぜったい）に立（た）つのだ。絶対（ぜったい）に殺（ころ）すのだ。男（おとこ）は青（あお）薔薇（ばら）のレイピアと死闘（しとう）する。銀（ぎん）貴（たか）らかに輝（かがや）くか細（ぼそ）い儀礼剣（ぎれいけん）、赤々（あかあか）と10人（にん）の戦士（せんし）の血（ち）で染（そ）めた図太（ずぶと）い剣先（けんさき）、純白（じゅんぱく）のオペラグローブで柄（え）を指揮棒（しきぼう）のようにつまみ持（も）った柔（やわ）らかな指々（ゆびゆび）、青（あお）絢爛（けんらん）と湾曲（わんきょく）柄（え）を着飾（きかざ）った生花（せいか）の芳醇（ほうじゅん）――それらすべてをねじ伏（ふ）せにかかる。呼吸（こきゅう）を飛（と）ばし、筋肉（きんにく）を燃（も）やし、血管（けっかん）を浮（う）き出（だ）し、歯（は）を食（く）いしばり、血（ち）だらけの身体（からだ）と顔（かお）をさらなる深紅（しんく）へと爆発（ばくはつ）させながら、胸板（むないた）の上（うえ）の巨岩（きょがん）を、もはや絶壁（ぜっぺき）と化（か）した巨大（きょだい）な満月（まんげつ）を、汗血（かんけつ）奮迅（ふんじん）、断固（だんこ）拒絶（きょぜつ）する。雄渾（ゆうこん）無双（むそう）の巨体（きょたい）の上（うえ）で、馬乗（うまの）り、くすぐり、ふんぞり返（かえ）り、ぷくぷくに膨（ふく）れ上（あ）がった雌花（めばな）へと目（め）がけて、20年（ねん）の暗殺（あんさつ）稼業（かぎょう）のすべてを、男（おとこ）のすべてをぶちかます。何度（なんど）でも。何度（なんど）でも。そうして男（おとこ）は――

　高（たか）みの星（ほし）を、より輝（かがや）かせた。

　ただそれだけだった。

　レイピアの轍（わだち）がにじんでいく。青天（せいてん）のドレスがぼやけていく。周囲（しゅうい）からの野太（のぶと）いうめき声（ごえ）も遠（とお）のき、かつてなく燃（も）え盛（さか）る自分（じぶん）の顔（かお）も溶（と）けてふやけて、ぐつぐつに沸騰（ふっとう）した頭（あたま）の中（なか）も、ぐにゃぐにゃに輪郭（りんかく）が歪（ゆが）んでいく。男（おとこ）の手（て）の向（む）こうに見（み）える黒（くろ）ずんだ柄（え）も、満々（まんまん）の青白（あおじろ）い光（ひかり）の中（なか）へと、のみ込（こ）まれて、消（き）えていく。

　決壊（けっかい）が止（と）まらない。暴走（ぼうそう）する呼吸（こきゅう）を抑（おさ）えられない。全身（ぜんしん）の毛穴（けあな）から熱湯（ねっとう）が噴（ふ）き出（だ）して、漆黒（しっこく）の暗殺（あんさつ）装束（しょうぞく）を内側（うちがわ）からぐちゃぐちゃにずぶ濡（ぬ）らしていく。毛穴（けあな）から毛穴（けあな）へ、蜘蛛（くも）の子（こ）を散（ち）らすように肌（はだ）を伝染（でんせん）して、百戦錬磨（ひゃくせんれんま）の巨体（きょたい）をふにゃふにゃにしていく。胴（どう）が、腕（うで）が、脚（あし）が、決壊（けっかい）の連鎖（れんさ）は止（と）まらない。口（くち）が、鼻（はな）が、目（め）が、熱湯（ねっとう）の突沸（とっぷつ）を止（と）められない。

　そして決壊（けっかい）は――腰（こし）下（した）でも。

　男（おとこ）は塞（せ）き止（と）めた。決死（けっし）で塞（せ）き止（と）めた。尻（しり）の下（した）、腿（もも）へ背中（せなか）へと広（ひろ）がっていく生温（なまぬる）い何（なに）かは、いとも簡単（かんたん）に動（うご）かない身体（からだ）を動（うご）かした。隆々（りゅうりゅう）の四肢（しし）をめいっぱいに広（ひろ）げて、手練（しゅれん）の手足（てあし）をぶんぶんと振（ふ）り回（まわ）して、男（おとこ）は背負（せお）ったものを塞（せ）き止（と）めた。決死（けっし）で塞（せ）き止（と）めた。塞（せ）き止（と）め続（つづ）けた。

　永遠（えいえん）とも思（おも）える数秒（すうびょう）間（かん）だった。

　しかしそれも、ようやく終（お）わる。

　満月（まんげつ）の青（あお）は、すべてをあばいた。

　すぐだった。しんしんと広（ひろ）がっていく生温（なまぬる）いみずたまり、それがとうとう巨体（きょたい）の陰（かげ）から染（し）み出（で）るや否（いな）や、花（はな）細（さい）剣（けん）の向（む）こうの小顔（こがお）はすぐに動（うご）いた。ふっくらとした唇（くちびる）の口（くち）を点（てん）にして、長（なが）いまつ毛（げ）をぱちくりと瞬（またた）かせて、まっさらふわふわな頬（ほお）の肉（にく）は、ぐにゃあとうねって変貌（へんぼう）していく。そのむにむにとした白（しろ）肉（にく）の大波（おおなみ）にのまれるかのように、男（おとこ）の視界（しかい）は、男（おとこ）の意識（いしき）は、男（おとこ）の足場（あしば）は――