すれ違いの果てに──。
「うっわぁぁぁぁぁぁぁ!」
街灯の少ない田んぼ道。
自転車で颯爽と駆け抜ける。……立ち漕ぎダッシュ!
海乃が背中を押してくれたおかげか、ペダルを漕ぐ脚は今までにないほどに軽かった。
僕はこれから、ひと夏の恋を終わらせる。
しかしその前に──。
想いが先行して、肝心なことを忘れていた。
キキィーッ!
呼吸を整え深呼吸。
「すぅぅぅ。はぁーッ。はぁはぁはぁ」
スマホを取り出し通話ボタンを押すッ‼︎ もちろん心音!
☆☆
『も、もしもし心音? はぁはぁはぁ。今から少しだけ会えないか? はぁはぁ」
『どしたぁ突然? 息荒くて声がこもってるぞぉー!』
『はぁはぁ。心音に聞いてもらいたい話があるんだ。はぁはぁっ──。だから今から行ってもいい?』
『今ってコタ……。何時だと思ってるの?』
『はぁっ、はぁっ、はぁーっ! 今日じゃなきゃっ! ダメっ、なんだっ! 今じゃなきゃ!』
声の様子から断られる雰囲気が漂っていた。
ここまで来て、帰るわけにはいかない……。
『すごい必死だね。う~ん、でもなぁ……。ちなみにどんな話? 電話じゃ話せないようなことなの?』
『うん。どうしても、会って伝えたいことがあるんだ。はぁはぁはぁ』
『そっか。わかったよ。じゃあおいで。待ってるから』
『……‼︎ ありがとう。今向かってるから、もうすぐ着くから──』
そう言った直後だった。
受話器越しに心音ママの声がした。
『(心音~早くお風呂入っちゃいなさいよー。明日朝早いんだからー)』
『(うーん。わかったぁー)』
時刻を確認すると11時を回ろうとしていた。
『ごめん心音。そうだよな。こんな夜遅くに……』
また今度にするよの言葉が出てこない。
心音の明日を思うなら引き返すべきだ。
それでも今日じゃなきゃ、もう二度と……。
『いいよぉ~。話があるんだよね? 早くおいで待ってるから』
『いや、でも……」
『コタ、ダッシュ!』
『……うん。すぐ行く!』
結局。僕ってやつはこうなんだ。
ずっとこうやって甘えてきた。それは当然のことで当たり前だった。
でもこんなの、当たり前なんかじゃない。
こんな調子じゃ、告白したらOKと言うかもしれない。……いや、言うよ。心音はそうなんだ。
なんだかんだ僕のわがままを聞いてくれる。
だから普通に告白をしたんじゃダメなんだ。
振られるための告白をするんだ──。
☆☆
ピンポーン……は押さない。
到着したことをメッセージで送信。
玄関から現れた心音は私服だった。
トレンドとか流行りとかはわからないけど、なんかすごい今時って感じがした。いっぽうの僕はあいも変わらずバスパンだった。
でもいい。もういいんだ。
そんなことを思っていると、
「わぁっ、冷たっ!」
「喉乾いてるかなーっと思って」
「さ、さんきゅー!」
渡されたのは500mlペットのスポドリだった。
今まで当たり前過ぎて気にも止めなかったんだ。
こういう一つ一つの事にたくさん気付かされる。
「んーと、どうする? うち上がる? パパもママも寝ちゃってるから静かにしてもらうことにはなるけど」
「では、そこの公園なんて……いかがでしょうか?」
言ってすぐに気付いた。
覚悟は決めて来たはずなのに……。
これは心音にツッコまれるなと、思ったんだけど優しくも柔らかく、微笑んだ。
「いいよ。わかった。じゃあいこっか」
「お、おう!」
あれ……?
なにも言ってこないや。どうしたんだろ……。
☆
公園までの道のり。僕は並んで歩くことができなかった。そんな様子に気付いてか心音が歩くペースを落とすと、僕もそれに合わせてゆっくり歩いた。
そうして軽く振り返ると、僕の顔を見るなりなにも言わずにスタスタ歩いた。
今だからわかる。
本当、当たり前過ぎて見えていなかった。
こうやって最後は僕の気持ちを察して汲んでくれる。
それは極々自然に。きっと僕じゃなかったら気付いてるはずなんだ。
中学時代の僕は気付けなかった──。
だから連絡を取らなくなったあの日も、日常に流れて自然と疎遠になった──。
☆
公園に着くとベンチに座った。
電灯は一つだけ。住宅街の中にある小さな公園。
あまり悠長なことをしていると、日付が変わってしまう。
こんな夜遅くに会ってくれた心音にも、玄関で僕の帰りを待っていてくれてる海乃にも申し訳が立たない。
だからすぐに──。
生唾をゴクリと飲み込み、意を決した。
「今からひとつだけ、お願いをするから必ず断ってくれ」
「お願いってなに?」
「それはこれから言うから。とにかく、断ってくれればいいから。心音は優しいから。同情されたら嫌なんだ。だから、絶対に断ってくれ。今日は断られるつもりで来たから」
「そういう話なんだ。コタは変なところに着地しちゃったんだね」
そう言うと苦しそうに笑った。
きっともう、心音は気付いてる。
僕がなにを言わんとしているのかを。
そんな顔をされたら、言えなくなる。
でも、それじゃダメなんだ。絶対に、ダメなんだ。
「だって、このままじゃダメだろ」
「……そうだね。よくないねこのままは」
その言葉を聞いて確信した。
やっぱり。心音は全部わかっている。
「じゃ、じゃあ、準備はよろしいかな?」
「……はい」
そう言うとベンチから立ち上がり、僕の正面にしゃがんだ。
そして両手を握った。
「いつでもいいよ。言って」
なんだろこの体勢。
まるでおぼつかない足取りであんよをする赤ちゃんの両手を握るような、そんな雰囲気。
でも、不思議と落ち着く。
やっぱり心音はすごいや。……よしっ!
「……す、すす」
そこまで言いかけて、口が止まってしまった。
勢いよく首を振り深呼吸。
すると握られた手をぎゅっとされた。……ありがとう。本当に。
「……好きっ、だぁっ!」
……あぁ、やっと。言えた。
心の枷が外れるような高揚感。
終わった。僕の青春──。
余韻に浸ること二秒。心音から思いも寄らぬ言葉が飛び出してきた。
「なんだそれ。ダメ。やり直して」
「……え?」
やり直しとかあるのかこれ。
とは思うも少しムクッとした表情の心音に圧倒されてしまい、言われるがままやり直した。
「す、好きだ。つきっ、付き合ってください!」
「違う。そうじゃなくて。もっとちゃんとしたやつ」
「な、なんでだよ! ふざけんな!」
心がはち切れそうだ。
あれ。でもこれって、なんだか和んでる……な。
……あっそうか。僕の人生初めての告白を、悲しいものにしまいと気を使ってくれてるんだ。
たとえフラれたとしても、後々笑い話として語れるような。そんなエピソードになりうるような、初告白。
ははっ。本当にお前は、いいやつだよ。
「好きだーー! 心音の事が、大っ好きだーー!」
「……もう一回言って?」
「す、好き」
「もう一回!」
「好き」
ひょっとして今、弄られてる?
「ありがと。でも、違うんだよなぁ~」
「……な! なんなんだよ。こっちは真面目にやってるってのに! いい加減にしろよ! もう帰るからな!」
そう言うとまた、握られた手にギュッと力が入った。
「ねえ、わたしのどこが好きなの?」
さっきまでと打って変わって真顔だった。
別に付き合うわけじゃないんだ。それなら、言われて心音が喜びそうなことを言おう。
「……顔、かな」
「うっわ。コタ最低ー! 他は他は?」
良かった。笑ってる。やっぱこれが正解か。……それなら!
「……む、胸が大きいとこ。とか!」
「げぇー。なんだそれ」
「中学の頃と比べたら立派に成長したなと!」
「えーと、コタ。それはわたし以外には言っちゃダメだよ。で、他には?」
うんうん笑ってる笑ってる。
「やっぱ、良い匂いがするところかな!」
「あのさコタ、もう少し真面目に言ってくれないかな。他には? もうないの?」
「もうない!」
他にもいっぱいある。
でもそれを言葉にするのはきっと違う。
だって僕たちは付き合わない。これきりになるのだから──。
「本当にないの?」
あるよ。たくさんあり過ぎて……困るくらいに……。
「いつも優しくて、絶対に裏切らないとこ。とか……」
あれ。僕はなにを言って……。
「コタはある日突然、連絡も返さなくなるのにねっ!」
「そ、それは心音ならなんでもわかってくれるから」
「なるほど。そういうことだったのか。で、他には?」
まだ、続くのか。
こんなの殆ど拷問だ。振られることは決まってるのに。……でも、なんとなくわかった。そうだよな。全部吐き出して前へ進めってことなんだよな。
ありがとう心音。
最後の最後まで、本当にありがとう!
「居て欲しい時にいつも側に居てくれた。会いたい時にいつだって会ってくれた! 心音の隣は心地良かった。安心できた。久々に会って気付かなかったことにたくさん気付いた」
「うん」
「中学時代の僕はそれが当たり前過ぎて何一つ気付けなかった。それを言い出したらきりがない。今日も色々気付いたんだ。ひとつやふたつじゃない。これ以上一緒に居たら、好きになり過ぎて……もう幼馴染ではいられなくなる。だから……」
もう、この場から居なくなりたい。
今すぐに。
これ以上居たら、確実に泣く。
「それでコタはわたしと付き合いたいわけだぁ!」
「だ、だから何度もそう言ってるだろ! さっさと振ってくれ!」
「あぁ、うん。ごめんねコタ。実は最初から振るつもりなんて無いんだ」
あぁ、ようやく終わった。これが、本当の青春の終わり──。
「って、え? 今なんて?」
「うん。振らないよって言ったの。だってずっと昔から今も変わらずコタのことが大好きだから。……大好きだからコタが必要としてくれる時、側に居たんだよ。コタのためならと思って、色々したくなるんだよ」
「…………な! いや、だからっ! おまえっ! そういう同情はやめてくれって最初に──」
「この、鈍感!」
「あいたっ」
鮮烈なデコピンが僕のおデコにクリティカルヒット。思わず目を閉じ視界は真っ暗。
そして目を開くと心音の顔が目前に──。
瞬間、唇に感じる温かさ。
「……これで、信じてくれるかな?」
頭が真っ白になった。
嬉しいとか喜ぶとか、ガッツポーズをするとかはきっともっと先。
今はただ、ただただ、驚きが勝った。
「あっ、う……。あっ──!」
言葉に……ならない。
「ちなみに……コタが初めてだから」
「ぼ、ぼ、ぼ僕も初めて……」
ようやく言葉が出たかと思えば噛み噛み。
「そっか。おんなじだね!」
「……そうですね!」
今度はついうっかり敬語……。
「ちょっとコタ! たじたじし過ぎ! なんだか彼氏らしくなぁーい」
か、彼氏。僕が心音の……彼氏⁈
考えもしなかった。
想像もしなかった。
妄想すらもしなかった。
付き合ったらどうしたいとか、その先のことなんてなにも……。
「なんというか、その。振られるつもりだったから……夢でも見てるみたいで。現実味を帯びないというか」
「……じゃあ、もう一回する?」
僕は静かに頷いた──。
心音とならこの先なにがあっても、絶対に大丈夫なような、そんな気がした。
だってもう、僕と心音がすれ違うことはないのだから──。
(おしまい)
☆☆☆☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆☆
~以下、おまけです。
お付き合いが始まって10分。
重ねた唇の数、三回。
ようやく現実を理解し始めたところで、心音が僕との恋愛三箇条なるものを話し始めた。
「ひとつ、毎日一回必ず好きって言うこと!
ふたつ、朝はおはよう。夜はおやすみを必ず言うこと!
みっつ、わたしが手を出したらパンツを差し出すこと!」
と、言い終わると手を出してきた。
「ってことで、はいっ!」
外で脱げるわけないだろ!
なんて思ってすぐ、なんだか嫌な予感がした。
もぞもぞ。……あれ。
もぞもぞ。……あれれ。
予感は的中。履いてなかった。
つまり僕はずっとノーパンだった。
でもだからどうした!
このやり取りはもう必要ないんだ!
「それなんだけど、もう終わったんだよ。海乃とも話し合ってさ。研究の必要はなくなったんだ!」
なぜだろう。
心音からどっと深いため息が漏れた。
「何言ってるの? 研究はまだまだ続くよ?」
「ど、どうして?」
「それは、ひみつ~!」
愛らしくも笑うその目は確信的。
心音が研究を続けると言えばもはやそれまで。
キッスを三回交わして幸せの絶頂にいたはずが、急転直下。
今、ノーパンだって言ったらどんな顔するかな。
それよりも……。
僕が履くパンツは一日一枚。
海乃に渡して心音にも渡すとしたら……二枚必要だ。
どうすんのこれ……!
いや、待てよ!
二枚重ねで履けばいいんだ!
あっ、そうか!
三枚重ねで履けば海乃と心音に渡してもノーパンにすらならない!
仲良く三人で一枚づつ!
どうして今まで気付かなかったんだ!
こんな簡単なことに……!
そうして僕は「こんなふざけたパンツ履いてきて!」と、迫られ修羅場を迎えるのだった。
それはもう少し、先のお話──。
◆◇◇◇
僕を取り巻くおパ◯ンツ事情はこれからも続いて逝く。
夏が終わって秋が訪れようとも、終わることはない。
~endless Opants Life.
おパンツは続くよ、どこもでも──。
【問題】ある朝、義理の妹が僕のおパ◯ツを握りしめていたらどうする? A、知らんぷりする。B、問い詰める。C、幼馴染に相談する。 おひるね @yuupon555
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