置いてきた思い出は、優しく包んで。





 あれから、10年以上の月日が経っている事に気付かされる。


  当時は26歳だったのに、僕は、気づいたらもう40近くで、所帯もある「おっさん」になっていた。


 そんな僕の近況は。


 たまの平日の休みは、小さな息子を連れて、僕は色んな所へ行き、奥さんに一人の時間を与える。


 平日の高速はどこも空いていて、すんなりと隣県の海に着いた。コロナのせいで、こういう所しか行けなかった。


 岩がごつごつしている海の向うに、派手なヨットが1台、見える。


 「一緒に、海に行こう。ヨット借りよう。」


10年前。


 そんな僕の言葉にうなずいていた、僕を好きだと言ってくれた、あの子は元気だろうか。じっと大きな目を凝らして僕の話を聞いていた。

 

『ごめん』


 あの子との関係が終わって、3日たってから、考えて僕から送ったメールはエラーとなって返ってきた。あの子のアドレスは変更されていて、もう、僕は、永遠に謝る事はできなかった。



 好きだと言われた事。


一緒に居て、楽しいと言ってくれた事。


癒して欲しいと言ったら、何も聞かずに抱きしめてくれた事。


 そこに込められた、君の気持ちを。


あの時の僕は、汲み取る事ができなかった。


ただ、こうしたかったから。あの子が応えてくれたから。当時はそれだけで。



 最後に会った日。


僕と少しでも長く居たくて、手をしっかりつなぎながら、どこへ行こう。あそこへ行こう。と言って歩き回る君と一緒に居たかった。


 この時だけは、僕を好きでいてくれて。僕を受け入れてくれる、たったひとりの存在だった。


 ゲーセンのプリクラ。途中のエレベーター。人がいない公園。


部屋まで待ち切れず、途中で人がいないスペースがあれば、必ず君を抱き寄せてキスをした。



 僕の手で、じんわり濡れていく君を。君の顔を、じっと見ていた。


 しばらくして。


 君は、僕たちの関係をはっきりさせる事を望んだ。


でも僕は、それを拒否した。


深く、あの子を傷つけた。



 数年前、結婚した事を偶然SNSで見て知った。



 

 君に、僕は、確かに恋をしていた。


 君が、好きだった。


 


  どうか、誰かの隣で。


あの子があの子の好きな人に、愛されていますように。



 息子の声がする。


ふと足元を見ると、小さな女の子が息子の所に「こんにちは」と、話かけていた。



 その小さな女の子の面影が。あの子に似ている、と思った。彼女のことを考えていたからだろうか。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 私はなぜか、朝の7時から近所の海にいるのだった。


 子どもと約束した事は守らなければいけないとはいえ、子どもを二人つれての海は、とてもハードだ。


夜早く寝てもらうために、午前中は、涼しい時間に外に連れ出し、子どもをたくさん遊ばせるのが日課になっていた。


平日の海は、まばらに人がいて、見晴らしが良かった。


海猫が、飛んでいる。いい感じ。


たっぷり遊んで、眠くてぐずる砂まみれの二女を抱っこし、背中をやさしくたたきながら、振り返ると、娘が、知らない小さなの男の子に「こんにちは」と話しかけていた。


 「こんにちは。」私も、その小さな男の子と、一緒に居た父親をちらっと見て挨拶をし(しらないパパさんと話すの恥ずかしい・・)、「いくよー」と声をかけて、自転車に向かった。


 約束の時間が迫っていたので、急がないといけなかった。


 だから。


 男の子を連れていた「その人」が、私の顔を驚くように、見ていた事に、私は全く気が付かなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 あれから、「町のおばちゃん」に彼の事を見てもらい、「てがみ」を貰った時。


ずっと涙が止まらなかったし、「てがみ」を読み返しては、夜こっそり泣く日々がしばらく続いた。あのおばちゃんの「てがみ」が本当だったら。


私も彼を好きだったし、彼も私に恋愛感情があったとしたら。


 どうして、私たちは結ばれなかったのか。そんな事もあるのが恋愛だと分かっていても。


 どうしようもなく、やり場もなかった。


14年前は、数分しか泣かなかったのに。


涙が、今更出てきて。14年分泣いてるみたいだった。


 目を腫らしてしばらく生きていたけど。


 しばらくして、ある日突然、「彼が、幸せになっていますように」そう願うようになった。彼の為に、何かしたかった。と思った。


私が彼に出来る事は、そう願う事だ。


 大好きだった。幸せだった。


その人を、男性としても、もちろん好きだったけれど。人間としても好きだった。


ひとつの事で、面白く表現して、人を楽しませたり。


私が甘えて嫌な事を言っても、他人に対しても「なんじゃそりゃ。」とか「わかった~」とさっぱり笑って返してくれていた。


「この人みたいに、一緒に居て気持ちいい人になりたい」


そう、憧れていた。


 旦那も大好きだけれど。


 それとは別に、その人の事を、私はきっと、また、何年かに一度は思い出すだろう。


 ぬくもりも思い出すだろう。


たった半年、会っていただけの関係なのに、変だった。


 ・・・そんな感情が何て名前なのか、私は知らない。


 だけど。


 あなたとの恋の物語を。私は決して、忘れない。


 そう思う。




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あなたといると幸せだった。10年経って。 夏戸ユキ @natsuyukitarou

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