次女はとにかく勉強が嫌いである。
まず机に向かう事が嫌。
やっと机に向かったと思ったら、目の前のプリントを見、眉間にしわを寄せて溜息をつくのだ。
そして、ぶつぶついいながら、鉛筆を動かす。
その表情といったら、歌舞伎のごとき目を吊り上げ、かっと目を見開き、この世の恨みを全て背負い、藁人形にくぎを打っているかの如く鉛筆をプリントに打ち付けている、世にも恐ろしい形相である。
「ちゃんと、実行するならいいじゃない。本当の勉強嫌いはそんなもんじゃないぞ」
と夫は言うが、ぶつぶつ文句を言われながら宿題をさせるのはなかなか根気がいる。
長女も勉強は好きなほうではないが、説明すると理解はしてくれるし、穏やかにやってくれる。
私は長女の宿題を見ていたので、今日は次女の宿題を放置していた。
横目で観察していると、次女は、漢字の宿題からとりかかる事にしたらしい。
プリントのますを埋めていく。
よく見ると、一画しか書いていない。
「耳」なら最初の一角「一」しか書いていないし、「百」なら「一」しか書いていない。
どういうつもり?と放置していくと次は、次に二画目だけ書いてマスを埋めている。
それが終わると、次は三画目に取り掛かかる。四画目も同様だ。
次女は私の視線に気づいたのか「まず一画から書くの。こうしたら楽なんだよ!」
と得意そうに言ってくる。
トータルで書く画数は一緒なのだから、楽な訳ないと思うが、私は何も言わなかった。
「そっか~、まあ、やってみなさい。」
否定する気はなかった。
まあいい。
宿題は、学校で習った学習を家で、復唱させるためだけのものではない。
複数与えられた課題を、自分で計画や段取りを立てて、いかに、上手くこなしていくか。そういった要領を覚えていくためのものなのだ。
これは社会人になったら絶対に必要なスキルだと思う。
次女がやっている事は、そういった第一歩なのだと思う。
なんでもやってみると良いよ。
画数や書き順はそんなに気にしない。
あれ? ダメだろうか? (笑)