それから。彼からのてがみ。
「小さいモモちゃん」に出てくる、「森のおばあさん。」のように。
私はいま、「町のおばちゃん」の所へ向かっている。なんだかダサいネーミングだけれど、実際オフィス街の端っこにそのビルはあり、私は迷った事があると、「町のおばちゃん」に会いに行った。
考えてみれば、おばちゃんの所へは、私が20歳のころから行っている。彼の事で、当時もよく相談に行っていた。「恋愛感情はあるが、彼は貴方と友達でいたい」と言われた。当たっていたよ彼女にはなれなかったよおばちゃん・・・・。そう言おうとするまでもなく、そのおばちゃんは「食われて(セックスして)終わったやろ?。」と何も言っていないのに見透かしたのだった。(よくある話だからなのか・・?)
下の子を預ける一時保育と、幼稚園のホームクラスがあいていたので幸運だった。何の抵抗も無く、幼稚園児と赤子を預け、久しぶりに乗った電車は眩しく見えた。白い車窓も、車窓から見える空も。コロナの影響で電車の中の人たちはほとんどマスクなのが、とても不思議な感じだった。
スケッチしたいと突拍子もない事を思った。電車に座って、そこから見た電車の景色たちや、人を描きたい。絵なんて描けないけど(かけないんかいっ!)
それくらい家や幼稚園やスーパ―以外の景色が眩しかった。
育児とコロナで、遠出と一人の時間に飢えていた。
「昔の相手を、まだ忘れられない。」
そんな事、ここでしか言えなかった。
「私・・・・ふとした事で、昔好きだった人を思い出して。感情がその時に戻ってしまって、胸がざわざわしてしまうんです。結婚してるし、子どももいるし、こんな事聞くなんて、ダメかも知れないけれど。会いたいとかじゃないんですけど。彼の中で私の思い出とか・・・。どんな感じだったのかなって。」
話していて、顔を覆いたくなるくらい、罪悪感がいっぱいになった言葉を選びすぎてぐちゃぐちゃだった。でも、おばちゃんは。何もないように話を聞いてくれた。
そして、こう話した。
「彼は・・・。あなたの事を忘れてはいない。」
忘れて「は」それは、どの程度のそれなんだろう。一度付き合ったどうでもいい元カレとか程度なら私だって覚えている。その程度?。
「あなたの事、筋の通ったいい女の子だと思っていた。仕事もコツコツこなすような、まじめな女の子だと思って居た。恋愛感情もあった。」
恋愛感情・・・あったんだ。昔も何度か見てもらってたけど、あるって言われてたな。
「でも、それは遠い昔のいい思い出。彼の中では遠い昔の思い出。君も俺にも家庭があって、妻と子どもがいる。あなたの事は忘れてないけれど、でも、今更あなたと連絡を取り合ってつながる意志はない。」
彼が結婚したのは、知っていた。私も結婚したばかりの頃、「友達かも?。」にその人のsnsが載っていたからだった。
私だって、つながる意志はない。でも、彼もそれでほっとした。
関係をハッキリしてくれないのに、セックスするなんて今思っても不誠実だ。これ以上不誠実な事をされて、その人を嫌いになりたくは無かった。だけど。ひとつ心配な事もあった。
「胸がざわざわして・・・。このまま、旦那への気持ちも、子ども達への気持ちも、影響してきてしまいそうで。前みたいに戻れるでしょうか。どうしたらいいでしょうか。」
一時収まっては、また彼の事を考えてしまう。
最近、毎日、苦しかった。誰かに話しを聞いてほしくて。子どもを預けて、電車に飛び乗ってまで、ここに来た。彼の気持ちを知りたかった。
「あなたと、彼・・・どのように終わっていくのか。それは。」
おばちゃんはカードを引く。
「うん。大丈夫よ。今はつらくても、ちゃんと普通にしてても、あなたの気持ち、戻るよ。」
ほっ・・とした。
「彼から。恋愛感情は確かにあった。
あの頃俺は若かった。生意気盛りの時代だった。
君を振り回した。勝手だった。・・・だけど、年を重ねて落ち着いて。ふと君を思い出した。
すごく後悔した。ものすごくお前の事を傷つけて、ごめんな。ありがとう。
彼の中でずっと忘れられない女性がいる。それは貴方。
だけど、俺は家庭へ帰っていく。それぞれの人生へ。貴方は貴方へちゃんと気持
ちも心も家庭に帰る。彼も彼で家庭へ帰る。それぞれの人生へ行きますね。」
・・・・・・たった、15分しか経ってないのに、半日も経ったようなひと時を過ごした気分で、私は帰りの電車に揺られていた。
胸がドキドキしていた。
そして、泣きたい・・と思った。
ばかみたいだけど、嬉しかった。
私に触れてくれた手も。抱き寄せて、おでこや頬にキスしてくれた事や。チョコレートを渡して物凄く喜んでくれた事も。私が誘ったのに、彼がよく話してくれたのも。私が他の男の人に誘われてると話したら、しょっちゅうその事を聞いてきたのも。
それは今思い出しても私の中で、とても暖かい。
過去の事だけど、「遊びだった」よりは救われた気がした。
そして、ごめんなと思ってくれていた事。忘れられない人だったのが嬉しかった。
彼からの「てがみ」を私は握りしめて。最寄駅に着くまで、いつまでも車窓の外を眺めていた。
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