あなたといると幸せだった。10年経って。
夏戸ユキ
てがみ 20歳の私へ。
どうして夢に出てきてしまったんだろう。
私は頭を抱えてしまっていた。枕の下に忍ばせているスマホを引っ張りだして、時間を確認する。朝の5時だ。
ああ。子どもが2人、隣で寝ているというのに。
今、私は2児の母だと言うのに。
20歳の頃に、好きになったあの人。
昔、好きになった、そして片思いで終わってしまった、あの人に、私はまだ恋をしている・・・・・?。
・・・・・きっかけは先週だった。
偶然、同級生のSNSを見てしまったのだ。
匿名で質問できるコーナーを、同級生が開設していて。そのコーナーに、こう書いていたのだった。
「過去に大恋愛しましたか?。今も忘れられない恋はありますか?。」
同級生の回答は、あるといえばありますよ。という回答だった。今の自分ではその人の何が良かったのか、理解できません。とも書いてある。
そこで、私も考えてしまった。真っ先に、その彼の事が浮かんだ。
私は。
あの彼の何が良かったんだろう。
そして、そこで思考が止まってしまい、数日後の今日。
私は、当時彼に言われた言葉の傷と。
彼と会わない選択をした、自分の感情を。
封印したまま、ここまで来て。今になって、戻ってきてしまった気持ちを抱きしめていた。
「どうしたの?。」
だれかの声がする。
私の心の声だろうか。
「私・・・・。」
私は小声で言った。
隣で子供たちが眠っている。子供たちのいるところで、彼の事を話すのは気が引けた。でも、話すなら、今しかない。そう思った。
「私、あの時に戻りたい・・・。」
そうして、私はまた眠りに落ちた。
ふわり・・・ふわり・・・と意識が舞い戻る。
あれ・・・?。
着地地点がどこか、すぐに分かってしまった。
白のフレンチネイル。
段が入った、ボブ。ガラケー。肌寒い、一人暮らしを始めたばかりの私のお部屋。顔は今より肉がついて丸顔なのが当時の私のコンプレックスだった。
綺麗な二重だと、ほめてくれてから好きになった私の目。えくぼができるんだな。と彼が言ってくれたから、私は前より笑うようになった。今よりアイメイクは薄い。
20歳の私の身体だった。
おいおい・・・何やっているんだ。私は。
自分に呆れていた。
20歳の頃の私なんて、旦那とも出会っていないし、娘もお腹にいない!!。いやいやちょっと待ってくれ!今私34歳だし!!。当時の彼より年上じゃん!。
というより、私今旦那居るし!それはまずいって!!。まずいってば!!!。
もがく事はできないけれど。私は、金魚のように口をパクパクさせる事しか出来なかった。
そして、目の前に彼がいた。
あ。そうだった。
いつも、彼が仕事終わるのを待って、そこで待ち合わせとかして、食事をしていた・・・。ご飯はいつも居酒屋で。そして、その後カラオケで。
そこでいつも・・・・。ああ。懐かしいな。楽しかったなぁ。
いつも手をつなぐのは、どちらともなくだった。
ぎりぎりで20歳の私の身体に入らなかった私は、まるで幽体離脱している魂のようになっているらしい。
監視カメラみたいに。天井のような高さの所から。
20歳の私と、彼のキスシーンを眺めていた。手をつなぐのは私から。キスは彼からだった。
ああ・・・。結構ディープなキスをしていたなぁ・・・。
ここに、子供や旦那がいたら、間違いなく彼の目を覆ってしまうレベルで、「当時の私達」はいちゃいちゃしていた。
真っ暗な部屋の中で。テレビの灯りを頼りに、お互いの舌の動きを確かめあっていた。彼の手が、私の胸に伸びる。もう片方の手を密着させていく。私の身体がビクンと反応する。
オレンジの照明で、二人の髪がキラキラ揺れていた。
いつも、食事が終わったらカラオケに行っていた。そして、キスをして抱きしめあっていた。
そうだった。
私も若かった。セックスしたいという気持ちもあった。
だけど。いつも、ここで。終わっていた。
私は、彼からしてくれるこのキスを「愛情表現」だと思ってたんだな。都合よく解釈して期待してたんだな。
そう。いつもこうやって、携帯を手にして。
何度も、彼からのメールを眺めていた。
いつも。週に一度はメールすると決めていた。
懐かしい。
そして、絶対に返事が来そうな文章を選んで、考えてメールを私から送っていた。
覗きこむ。今日はカレーを作りましたとか。うさぎを見に行きました。とか。
ああ・・・とわたしはまた、顔を覆いたくなった。
今の・・というより、旦那と付き合い出した24歳の私でもこんなメールなんて打たない。平和すぎだし面白くない。こんなメールの何が面白いと思って送ってたんだろう。彼、面白くない女だっただろうな私なんて・・・。
シンプルに、あそぼー。とメールする時もあった。
いつもすぐに返事が来たんだった。
「じゃあ。今日。」
そう。いつも、すぐに会ってくれるのが嬉しかった。
「今日は無理です。」
その日は服が可愛くなかったのだ。
「じゃあ、明日。」
「本当?。言ったで?。」「言ったで!。」
そして、会いに行く。
私から抱きしめた事もある。そしてキス・・・。恥ずかしいとずっと思っていた。軽く見られると。だけど。
そうだ。
私はただ。私を見てほしくて。彼に。
一度振られたけど。それでも、あなたが好きですよって。言いたかったんだ。身体を使って。手のひらで、ほっぺたで。そして、彼に少しでも私を感じて欲しかったんだ。
関係をハッキリしてくれない彼に。
少しでもいいから。私の存在をすべりこませたかったんだ。
すでに紙がたくさん重なっている、彼の心の隙間に、むりやり、コピー用紙を、滑り込ませるように、私も潜り込みたかった。
セックスに応じたのも。
少しでもいいから。私を求めて欲しかったんだ。私を見てほしかったんだ。その一瞬でいいから、彼の「彼女」になりたかった・・・・。
涙があふれていた。こんなに切ない気持ちでした、たった一度のセックスは。
一生忘れないだろう。
あっというまに終わった。
彼がシャワーを浴びている間に、服を着ていた。
そうだった。そのあと、「帰りたくない」そう言ったのに。
「俺が出ないといけないからダメ」
そう言われたんだった。
あそう・・・。彼の負担にならないように、悲しい顔をしないつもりだったのに。
彼は。「また、金曜日か土曜日来たらいいやん」そう言ってくれていた。
なんで行かなかったんだろう。
そして。
そのあと1週間、彼から連絡は無かったんだった。
「いつか実家に帰るの?だから私とはずっと友達なの?。」
私から、そうメールをしてみた。
「違うよ。まだずっとこっちにいるつもりやしな~。」
「じゃあ、忙しいから?遊びたいから?。」
メールって便利だな。
一時間経ってから帰ってきたメッセージは。今も覚えている。
「両方。こんな勝手な俺だから、君が嫌になったら、会ったり遊んだりしないからいつでも言ってな。」
涙が出ている。
20歳のわたしが泣いている。
そう。愛情表現じゃなかったのだ。キスも、セックスも。名前を呼んでくれたのも。「不安になったん?。」ってセックスのあとに聞いてくれたのも。大丈夫だよという意味では無かったのだ。
私はとても、嬉しかったのに。相手は。ただ。しただけだった。すり寄ってきた猫がいたから撫でてみた。それだけだ。
大丈夫。私は、20歳のわたしの、震える肩を抱きしめた。20歳のわたしはそれに気づかない。そりゃそうだ。20歳の私は、これからまだ色んなことが沢山ある事を知らない。
33歳の私は、27歳で結婚して子供をふたり産み、今あなたを後ろから抱きしめている。
大丈夫。あなたはこれから頑張って、試験を受けて転職する。
そして、旦那さんと出会い、プロポーズされる。結婚したら、どこにも連れていってあげられないからと、たくさん旅行に連れて行ってくれるよ。毎月残業が続いた時にはご褒美をくれて大切にしてくれるよ。海に行くよ。花火も行く。
あなたが望む以上のことを沢山してくれる。
それでも、今日の事。時々思い出すけれど、大丈夫だよ。
たくさん愛されるよ。
今のあなたは、とても、悔しいだろうけど、何も出来なかった事は仕方ない。
これから、どんどん知っていくから。知識となって財産になるから。
だから、今の貴方に出来る事を、今、精一杯したらいいよ。
大丈夫。
あなたの為に、私はきっと幸せな未来を造って見せる。
33歳のわたしから、20歳の私へ。
「戻る。」
私が言った瞬間、電気が消えたように部屋がまた暗くなった。
私、33歳の世界に、寝室に戻っていた。
子供達も寝ている。
今のはなに?!。そして誰の声だった?。
旦那はいびきを書いて寝ているし・・・。
きっと気のせいだ。
私は布団に潜り込み、朝寝をした。今度は、彼の夢を見なかった。
今日は子どもを連れて、海に行こう。と夢に落ちる直前に、思った。
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