7.2 ちょっと難しいお話みたいね

 新人の導師を迎えたボンネビル工房の応接室には、妙な緊張感が漂っていた。

 テーブルの一辺に陣取るのは本日の顧客、ところどころ跳ねた燃えるような赤毛が印象的な少女だ。

 吊り上げられた口の端と、ほとばしりでる情熱を隠す素振りすらない真紅の瞳は、自己の技量への揺るぎない信頼の証。おろしたての導師服ローブ感があることを除けば、百戦錬磨のベテランを彷彿とさせる堂々とした振る舞いである。新人ながら上級資格を持つ導師である彼女は、馴染みの司祭長の推薦を受け、この度バーニィ・ボンネビルの元を訪れたのだ。

 一方、職人は眉根を寄せたまま、赤毛の新人の対面で推薦状を睨みつけている。


「一つ、質問してもよろしいでしょうか?」

「あんだよ?」


 質問を許可された新人の視線の先にいるのは、困り顔の職人をどこか楽しそうに眺めるルゥに、ぬいぐるみオスカーを抱きしめ、綺麗な両眼に興奮を押しこめたジャンパースカートの少女だ。


「こちらのお二人は、どちら様でしょうか………?」

「でっかいほうは工房ウチの職人で、ちっちゃいのは……」

「ちっちゃいのは?」

「……俺の娘だ」


 少女は緊張した面持ちのまま、折り目正しくペコリとお辞儀をしてみせる。


「はじめまして、シェリー・ボンネビルです。よろしくおねがいします」

「かわいい! 親方にあんまり似てませんね!」

「やかましいわ。あと、俺は親方代理だっつってんだろ」


 娘を褒められて悪い気はしないバーニィは、ちょっと照れくさそうに頬をかく。だが、今の彼は父親である以前に、職人だ。締めるところはきちんと締めなければならない。


「シェリー、見ててもいいけど、邪魔はしないでくれよ」

「はい!」


 大好きな父親の仕事に立ち会える、その許しを得られた喜びで、少女の顔にぱっと大輪の華が咲く。

 本人の意向により、半分引退半分現役状態の親方・ポールに代わって杖作りの先頭に立つバーニィも、さすがに娘には勝てないらしい。渋面と呼ぶには穏やかすぎるが、笑顔とは間違っても言い切れない、極めて中途半端な表情をしている。


「……で、杖の話なんだが」

「受けていただけますか、親方……代理!」

「杖を作るのは構わねぇが、あんたの提案は却下だ」


 職人の出した結論は条件付き賛成。それを聞いた赤毛の新人は、腰を浮かせかけた姿勢のまま固まる。


「ど、どういうことですか?」

「どうしたもこうしたもねぇよ。『と同じ杖』が欲しいだぁ? 無茶言うな」

「あたし、彼女に憧れて導師になったんです。なんとかなりませんか?」


 この生意気な新人をどう説得したものかと、バーニィはなけなしの知恵を絞る。

 杖は導師の相棒、並々ならぬこだわりを持つ気持ちはわかる。憧れの導師と同じ、あるいは近い仕様の杖をくれという依頼にも度々答えてきた実績だってある。

 だが、目の前の新人導師の依頼は、事実上実現不可能だ。超えなければならない壁は二つある上に、どちらも絶望的なまでに高い。

 一つは、この赤毛少女の才能の問題だ。彼女は上級導師としてはたしかに若く、教会の期待も大きいのはわかった。だが、は最初から特級資格を与えられただけでなく、杖を壊さないように自分の力を抑えてさえいたのだ。並の杖をあっさりと破壊する魔力がないのなら、コアを二つ積む意味などない。推薦状を見た限り、この新人はそこまでの才を有しているわけではないようだ。

 もう一つの問題は、杖が優しい飛竜オスカーなくして成立し得なかったことだ。一体の魔法生物から上質な二つのコアが手に入らない限り、もはや再現すら不可能なのだが、ボンネビル工房はあの夜以降、そんな奇跡に巡り会えていない。

 導師自身と、杖の材料の問題。これらをどうやって赤毛の少女にいい含めたもんかと考えを巡らせるバーニィだが、その思考が深みに向かうほど応接室の空気がどんどん重くなり、それを察したシェリーの顔も曇ってゆく。

 そんな緊迫感に満ちた部屋に、小さくノックの音が響いた。


「お茶をお持ちしましたよ……あら、ちょっと難しいお話みたいね?」


 ルゥが扉を開けると、そこにいたのは穏やかな笑顔を浮かべた女性。

 背中にかかる柔らかい金髪を青のリボンでまとめ、程々にフリルで彩られたエプロンを引っ掛けた姿は家庭の守り人そのもの。少々目立つお腹がさらにその印象を強くする。


「おかあさん!」

「あらシェリー、お父さんのお仕事見てたの?」

「ちゃんと、おゆるしはもらっています!」

「そう、いい子ね」

「若女将、そっちはあたいが引き受けますよ」


 お願いね、とルゥにお盆を引き渡したは、娘の頭を優しく撫でてやる。


「いつもありがとう、キャロル」

「どういたしまして」


 バーニィとキャロルは眼を見合わせて笑う。心を通い合わせた二人だからこそ、言葉が少なくとも理解しあえるというものだ。

 その一部始終を見ていた新人だったが、いつしかその目は驚きで徐々に丸くなり、やがて歌を忘れたカナリヤか酸欠の金魚のように口をパクパクさせ始めた。

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