6.3 私の優しい飛竜
空の異変が収束し、再び夜の帳が戻ってきてから、およそ一時間後。
バーニィは空を駆けていた。
もちろん、一介の職人である彼が翼を授かったわけではない。騎士団の詰所に控えていたラルフの元へ押しかけ、彼の相棒の
「ラルフ、もっと飛ばせ!」
「無茶言わないでおくれよ、
「そこをなんとか!」
「できるならとっくにやってるよ! それに、あんまり速く飛んだら先輩を見落とすかも知れないだろ!」
「俺がキャロルを見落とすわけねぇだろ!」
言ってくれるね、と毒づいたラルフだが、どんなにバーニィが息巻いても無理なものは無理である。迅速な捜索のためにも、後ろのお客様には一旦大人しくしてもらいたい。温厚でのんびり屋のパナメーラも、どことなく迷惑そうな顔だ。
「気持ちはわかるけど、ちっとは落ち着きなよ、バーニィ。焦ったってキャロル先輩が見つかるわけじゃないだろ?」
「……わかったよ」
ド正論を真っ向からぶつけられたバーニィは、文句を飲み込んですごすごと引き下がり、ちょっとバツの悪そうな顔をしながら地上をなめるように見回す。そもそも無理を言って載せてもらっている人間だから、贅沢を言える立場ではないというのが道理というものだ。
「それにしてもとんでもない光だったな」
「全くだ。あれは魔法、だよね? どっちのだろう?」
「キャロルだと思う」
以前、バーニィはキャロルが杖を壊す一部始終を目の当たりにしている。杖の裂け目から漏れ出たあの光と、先ほど世界を照らした光は、確か同じ色だ。
あの魔法が戦いの終焉の合図ならば、もうしばらく飛ぶとその出どころにたどり着くはず。尋ね人もそこにいるのだろうが、そうでないと捜索範囲が広がってしまい、彼等だけでは探すことすら叶わなくなる。
徐々に空が白みつつある中、あたりを見回していたバーニィだったが、何かに気づいてラルフの背中をひっぱたいた。
「ラルフ、あそこを見ろよ!」
「痛ぇ! なんだよ!」
「あれだよ! 赤い光、見えるだろ!」
パナメーラの手綱を引き、一旦
「……何も見えないよ?」
「キャロルが出ていく前に、赤い魔石のついた首飾りを渡したんだ! その光に間違いない!」
「そう言われましてもねぇ……」
いかにラルフが目を凝らそうと、そんなものは影も形も見えない。後ろで騒いでいる職人が並み外れた視力の持ち主と知ってはいるが、さすがに気のせいじゃないか、と疑わざるをえない。
それでも、バーニィは強固に、光の存在を主張する。
「俺を信じてよく見ろ!」
「見てるっての……ん?」
男二人が
間違いなく、紅い何かが輝いている。
「な、言ったとおりだろ?」
「……この、バカ視力野郎!」
称賛の混じった罵声とともに、ラルフが相棒を全力で加速させる。バカは余計だというバーニィの反論は完全に宙へ取り残された。
翼が力強くはためく度に、光はぐんぐん近づく。その度にバーニィが「いいぞ!」だの「もっとだ!」と騒ぐものだから、さすがのラルフもいよいよげんなりしてきていた。
「キャロルだ、間違いない!」
「なんでわかるんだよ……お前の眼、本当どうなってんだ?」
「……ちょっと待てラルフ、様子がおかしい。気ぃ失ってんのかな?」
ぞくり、とラルフの背が震える。
それは決して寒さのせいではない。先ほどまで背後でやかましくしていた野郎が急に
「急げ!」
「努力はする! 頼むよ、パナメーラ!」
いくらキャロルが心配でも、
だが、体裁なんて気にしている暇などない。恋人の名を叫びながら立ち上がると、力任せに雪をかき分け、ときに顔から転びながら、ただひたすら愚直に前に進む。
「しっかりしろ! 返事してくれ、キャロル!」
雪の重さに体力を奪われ、息を切らしながらようやくキャロルのもとに辿り着いたバーニィは、未だ眼を覚まさぬ恋人に声をかけ続ける。
「無理に揺らすなよ、バーニィ! どこを怪我してるかわからない」
「だけど!」
「……心配するな、ちょっと見せろ」
バーニィが踏み固めた
彼が見た限り、細かい傷を負ってはいるけれど、命に関わるような出血はない。手首には確かな脈動もある。素人の判断ではあるが、呼吸にもおかしな様子はない。
「たぶん、命に別条はない」
「連れて帰れるか?」
「そこは医者の診断を仰ぎたい。僕が一旦戻って連れてくる。バーニィは待ってる間に火を焚いておくれよ。盛大に煙を上げておいてくれれば、それを目印にするから。必要な道具はこの中に入ってる。適当に使うといい」
男二人がこれからの措置を話している間に、眠り姫は小さく身じろぎし、可愛らしい声と共にまぶたを開いた。心配そうな顔の二人をよそに、キャロルはゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。
「……キャロル?」
「先輩、大丈夫かい?」
何が起こったのかよくわからないといった面持ちで、キャロルは雪の積もった辺りの森を眺め、空を見上げる。その様子は、気絶や失神から意識を取り戻したというよりも深い眠りから覚めたというのがふさわしい。
「私、空から落ちたはずなのに……?」
「そいつは穏やかじゃねぇな」
「魔王と空で戦って、魔力も切れたところまでは覚えてるんだけど……」
「どこか痛むところは?」
「ない……」
「雪が衝撃を和らげた……か?」
キャロルが無事だったのは喜ばしいが、理由にまでは思い至らず、三人とも首を傾げ考え込んだその瞬間。
短い沈黙を破ったのは、小さく、何かが軋んで割れる音。出どころはキャロルの胸元だ。
「魔石が……!」
彼女の首飾りにあしらわれ、先程まで紅く輝いていた宝玉――魔石はいまや色を失い、縦横にヒビが入っていた。
それは言わずもがな、元はオスカーだったもの。
「オスカーが、守ってくれた……?」
キャロルの問いかけに、男たちは同意も否定も返さない。ただ、事実を淡々と話すだけだ。
「……俺たち、首飾りの光を目印に、ここまで来たんだ」
「バーニィが真っ先に気づいてね。それを辿ったらぶっ倒れてる先輩に行き着いたってわけだよ」
バーニィ達がみた、あの光。
今となっては確かめようもないが、あれは陽光の反射などではなく、キャロルを救うためにオスカーが灯した
「……オスカー。ありがとう、私の優しい
光を失った首飾りを両手で優しく握りしめたキャロルは、頬を伝う涙とともに、誰にも聞こえない声でつぶやいた。死してなお
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