5.7 最高の導師のために、最高の仕事を

 ボンネビル工房に与えられた時間は、およそ十八時間。

 バーニィが親方代理として出す訓示は特段強い調子でもないし、皆を鼓舞するような名調子を振りかざすわけでもない。ルゥを除けば職人たちは自分よりも年長者で敬意を払うべき相手、必要なこと以外は言わなくとも十分と思っている。

 だが、今夜の依頼は工房史上屈指の大仕事ヤマ。彼の一挙一動にも、いつもと違う意志と緊張感が宿っている。


「最高の導師のために、最高の仕事を」


 魔王との決戦に挑む可憐な導師キャロルのために、自分たちを率いる若旦那バーニィが、国一番の杖職人と称された父を超えるという覚悟のもとに、杖を作る。

 彼の静かな決意を汲み取った職人たちは、訓示が終わればいつも通り、それぞれの仕事に取り掛かる。何を作るべきかはすでにキャロルから聞き取り済み、あとはそれぞれが割り当ての作業をこなすだけだ。

 ある職人の手元にあるのは、かつてオスカーと呼ばれていた飛竜ワイバーンの骨。即席で描かれた設計図に従った形状に削り出し、彫刻を施した後、仕上げ加工へと回す。材料と時間が限られ、失敗もやり直しも許されないが、そんな制約はいつものことで慣れているとばかりに、黙々と同じ工程を繰り返す。

 金属加工を担当する別の職人に渡されたのは、オスカー用の胸当てプレートメイルの体躯に合わせた寸法サイズで、隅に主人の家ユノディエールの家紋が小さく彫り込まれた質素なあつらえだ。もちろんそのままでは大きすぎて、キャロルが身につけられようもない。小柄な彼女に扱えるよう削り出し、意匠を整える。

 職人の誰もが緊張した表情で、可能な限り早く、しかし丁寧にそれぞれの仕事をこなす。バーニィやマサも同様で、二人で黙々とキャロルの杖を作る。

 マサの伝手で手に入れた、極東原産のソメイヨシノという広葉樹の角材。これを棒状に削り出して杖の本体を作り、柄と杖頭の二つに分割した後、柄の中心に細く深い穴を穿うがてば、コアの打ち込み作業の下準備は完了だ。

 傷つかぬようにウエスを巻いた柄を万力に固定したバーニィは、白手袋をはめ、そっとオスカーの琴線を手にする。細く硬質なそれは、光の加減によって黄色にも薄い緑色にも見える。

 下穴に琴線をあてがった彼は、しばらく目を閉じ、深呼吸をして心を落ち着かせていた。杖職人にとって、コアの打ち込みは真剣勝負そのもの。いくらいい材料を準備しても、ここでしくじって琴線を傷めては話にならないし、逆に打ち込みが不十分でも意味がない。同じ作業であっても、今回の素材オスカーは一切の代替が利かないため、一つ一つの所作と手付きが自然といつもより慎重になる。

 やがて、彼は意を決したように目を見開き、木槌を振るう。

 小気味良い音と共に、少しずつ、オスカーの琴線がソメイヨシノの柄に埋まってゆく。ゆがみが命取りになる作業だけあり、手を動かす本人にしてみれば、永遠の一歩手前とも言ってもいい長さにも感じられる。緊張するバーニィの額に、自然と緊張の汗が滲む。

 無事に琴線の打ち込み作業を終えると、間髪入れずに魔石の取り付けにかからねばならない。Cの字に削り出した杖頭に球形に整えた魔石を挟み込むのだが、当然ながら微妙な寸法差があるため、一発ではきれいにはまらない。木材の方を都度つど削っては魔石をあてがい、また削っては当たりを確認する。地道な作業を繰り返し、無駄な隙間ができないように調整しなければならない。

 そこまでの工程が終わった頃には、朝をとうに越え、昼を過ぎていた。

 ルゥが持ってきてくれたと思しき食事も、かたわらの簡易机でとっくに冷めきっている。それらを半ば流し込むように胃の腑に収めると、バーニィ達は間髪入れず、最後の仕上げにかかった。

 教会謹製の聖布を柄に固く巻きつけるのだが、その巻き方も、導師によって好みに相当な幅がある。少し緩めで、末端の処理も適当で構わないとする者もいれば、僅かな緩みもまかりならんとする術者もいる。キャロルの好みは後者なので、マサ以外の職人の力も借り、杖の径を縮めんとばかりに固く布帯を巻いてゆく。

 そうしてできたのは、魔石を柄頭にあしらった、一見よくある見た目デザインの杖。だが、その実態は内部にもう一つのコア飛竜ドラグーンの琴線を宿した、最高の導師キャロル専用の切り札。並の導師では扱いきれるかどうかも怪しい代物で、羊の皮をかぶった狼と呼ぶに相応しいものだ。


 ――できちまった。


 言い換えれば、常識から外れた構造の杖である。後ろ向きな考えがバーニィの頭によぎってもおかしくないところなのだが、不思議なことに、今の彼の思考に不吉な曇りは一片もない。

 キャロルは自分を信じて、杖を作って欲しいと頼んだ。

 その期待に応えるべく、彼は最高の仕事をした。

 そうしてできた杖を信じない理由なんて、どこにもない。


 ――キャロルなら必ず、この杖を使いこなして、オスカーの敵を討てるはず。


 杖そのものと、使い手に対する信頼。

 完成したばかりの杖をしばらくいつくしむように撫でたバーニィは、杖作りとは別のにかかるべく、隅の流しで顔を洗って気合を入れ直した。

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