5.5 答えを聞かせてくれ
工房に戻るやいなや、バーニィは作業場で道具を改めて点検する。ピカピカに磨き上げられた刃物に、使い慣れた金槌、祖父から受け継いだ
準備を終えたバーニィはどかっと椅子に腰を落ち着け、しばらくの間、天井をふり仰いでぼんやり考え続けていた。
彼の頭から、暗闇で膝を抱えるキャロルの姿が離れない。
相棒を
「若、ご苦労さまです」
はっと振り向いたバーニィの視線の先にいるのは、兄弟子にして職人頭のマサ。彼の背後には、ボンネビル工房を支える職人たち一同も勢揃いしていた。
「お嬢さんの様子、いかがでした?」
「状況が状況ですからね、だいぶ弱っちまってました」
「やはりそうでしたか」
工房の職人たちも、納得したように頷く。
「オスカーとお嬢さん、いいコンビだったもんなぁ」
「相棒がおっ死んじまったってなりゃ、いくら気丈な娘っ子でも涙にくれるってぇもんよ」
「しっかし、オスカーの亡骸をバラして使うなんて、うちの若旦那も思い切ったこと考えたもんだぜ」
「言ってやんなよ、苦渋の決断だったろうさ。いくら気心知れたお嬢さんが相手とはいえ、『テメェの相棒を杖にする』なんて、よほどの覚悟決めなきゃ言えねぇぞ?」
「若も大人になりましたねぇ」
ある者は感心したように、またあるものはちょっとしたからかいを混じえて、職人たちが口々に好き勝手言いあう。同じ釜の飯を食い、家族同然の結束の強さを誇る工房の職人たちにしてみれば、バーニィは弟分、手のかかる末っ子みたいなものだ。
「そのへんにしてやんな、オメェら。
若、まずは杖の話をお願いできやせんか? 大筋は自分の方から説明してますが、ちぃっとばかし憶測もはいっておりやす。やはりここは、当人の口からちゃんとお聞きしておきたいもんで」
口々に言いたいことをいう職人たちを落ち着かせたマサは、バーニィに説明を要求する。自分たちと親方代理のなかで、やるべきことに乖離があってはいけない。認識に差異があるならそのすり合わせが必要だ。
「……杖の材料のこと、気づいてたんですか?」
「普通だったら
「……淡い期待でしかないんですけどね」
マサの推測に首肯したバーニィは、二冊の帳簿を開く。
一冊はキャロルの杖について記したもの、もう一冊はオスカー用の装備を仕立てる際にしたためたものだ。ともにそれなりの厚さではあるが、後者のほうがやや薄い。
「オスカーの機動力と火力を考えれば、魔法を使っていることは明らかです。ということは、あいつからは何かしら、杖の
魔法を使う以上、オスカーが魔法生物に分類できることは疑いようがない。だが、バーニィを含めた誰もが彼をキャロルの相棒とみなしており、杖の材料としてとらえたことはなかったのだ。事実、バーニィの記録にも「
「仮に
「……あいつは、キャロルと一番長く接してきた魔法生物です。その間に築かれた絆でもなんでもいい、目に見えないものに賭けるしかねぇと思ってます」
「若らしくもねぇ、この土壇場で憶測に基づいて杖を作るとは……いつもの理論と根拠は一体どこへやっちまったんです?」
図星を突かれてバーニィの表情が曇る。
どんな言い
「可能性がどんなに細かろうが、今の俺達にはそれにすがるしかできねぇ。マサさん、力を貸してください」
拳を握りしめ、深々と頭を下げた弟弟子をみて、マサはいつもより穏やかな口調で答える。
「……顔を上げておくんなせぇ。自分も、若を困らせる気で聞いたわけじゃありやせん。その
「
「今、親方代理としてこの工房を仕切ってるのは若だ。お天道さんを西から登らせろなんて無茶言わねぇ限り、ついていきやすぜ」
「……よろしくお願いします」
職人たちの力強い返事、頼もしい兄貴分たちの支えを受け、跡取りの体、眼、そして心に力が宿る。
バーニィとマサ、互いがふっと眼を見合わせて笑みを浮かべたのは、ほんの一瞬のこと。職人としての顔に戻った二人は、早速これからの話にかかる。キャロルがどんな決断を下すにしても、工房側の準備にぬかりがあってはいけない。
「オスカーはどこに?」
「ついさっき、工房の裏に運び込みやした。この寒さですからね、半分氷漬けみたいなもんです」
「解体師は?」
「前の仕事が押してるって言ってやしたが、もうぼちぼち来るはずですよ。後は、お嬢さんがどう判断するかですな」
「そればっかりは、本人の意志次第だから、今の俺にはなんとも」
答えようがない、とバーニィが続けようとしたところで、来客を告げるベルの音が響く。
応対に出た職人に連れられて作業場にやってきたのは、正装である純白の
「お邪魔します、バーニィ」
「大変なところ
キャロルがバーニィに向けるのは、挑みかかるような眼差し。ぎゅっと引き結ばれた口元の後ろにあるのは同意か、それとも否定か。
「あなたの提案は残酷です。私の大切なオスカーを杖の材料に使うなんて、非道にもほどがある」
「お嬢さん!」
反論しかかったマサだったが、バーニィに静かに制されて矛を収める。
「……すまねぇが、これが俺にできる精一杯の提案だ。改めて聞くぜ。オスカーを使って杖を作る、
静かに視線を交わす様子は、さながら剣豪同士の手合わせだ。恋人同士の逢瀬にありがちな甘い空気なんて微塵も感じられない。
「愛する人の提案だからこそ、なおさら許せない」
硬い表情のまま、両目に涙をいっぱいにためたキャロルは、ずいっと一歩、バーニィへと歩み寄る。
「頬を出しなさい、バーニィ」
「え?」
「いいから!」
酷な決断で好きな女を泣かせた報いだな、と腹を括ったバーニィだったが、キャロルは優しい手付きで、彼の頬にそっと触れるだけだ。
「……ちゃんと謝らないといけないわね。ごめんなさい、バーニィ」
「え、キャロル?」
「あなたが帰った後、ずっと考えてた。
閉じこもって泣いていても、何も変わらない。オスカーももう私の側にはいない。ちゃんと現実を見て、前を向かなきゃいけない」
涙を拭ったキャロルは、ふたたびバーニィを見据える。すべてを受け入れ、時計の針を進める覚悟を決めた顔だ。
「オスカーを、あなたに預けます」
その代わりに、とキャロルは二つの条件を提示する。
「魔王を倒すために、作って欲しいものがいくつかあります。そちらの製作も請けてください。ボンネビル工房の皆さんの腕を見込んでのお願いです」
「任せとけ。もう一つは?」
「私に、最高の杖を作って」
バーニィに向ける強い眼差しはそのままに、キャロルは口元に本来の笑みを浮かべる。彼女が傷を負い、
「世界一の職人と
そんな恋人から差し出されたのは、挑発と紙一重のお願いだ。
バーニィは穏やかな性格ではあるけれど、それは他の職人連中と比べて、という話だ。投げつけられた手袋を拾い上げないほど、大人しい男ではない。
「言われるまでもねぇ。
何の混じりっけもない、職人としての矜持を顔いっぱいに浮かべたバーニィは、堂々たる態度で彼女の挑戦状を受け取った。
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