5.3 俺だけです

 物言わぬオスカーと、にすがりついたままのキャロル。を導師たちに預けたバーニィとルゥが工房に戻ってきてから、一昼夜が過ぎた。

 ボンネビル工房の客間は、妙な緊張感で満たされている。司祭長が事前連絡なしに来たのもそうだが、彼が持ちかけてきた提案が、空気を余計に重くしていたのだ。


「第二次攻撃、ですか……」

「騎士団と教会で協議して、つい先ほど決まったのだ。ユノディエール導師を中心に、魔法に長けたものを再度選抜する。態勢が整い次第出発だ」


 そいつはいかがなもんですかね、とすかさず口を挟んだのはマサだ。


「魔王に対して、真っ当に攻撃を通せたのはお嬢さんだけだった、と聞きやしたが?」

「……残念ながら、そのとおりだ。それゆえ、ユノディエール導師には攻撃のみに集中してもらう。それ以外の者たちは……」


 言葉をにごした司祭長だったが、その顔にありありと浮かぶ迷いを見れば、何を考えているかはおおかたわかるというものだ。

 他の導師は、いわば盾役。キャロルが魔王を射程圏内に捉えるまで持てばよい、捨て駒同然の扱いということだろう。その中には、ボンネビル工房を贔屓にしている者もいるはずだ。彼らのことを思うと、バーニィも一言口を挟まずにはいられない。


「自分たちは工房の人間ですから、教会のやり方に口は出せません。それが最善のやり方かどうかは、よくお考えください」

「……バーニィ君、正直なところ、今しかチャンスはないのだ」


 司祭長の顔に浮かぶ焦燥の色は、これまで見たなかで最も濃い。現状考えうる最善手は、必ずしも彼の意に沿うわけではないのだろう。


「無用な追撃をしてこなかったところを見ると、向こうも相当の深手を負ったと考えてよいはずだ。観測班が張り付いているが、北の聖堂跡から動いている様子もないらしい。おそらく回復に集中しているんだろう。この機をみすみす逃す手はない」

「手傷を負ってる魔王なら、他の導師でも相手取れるってことはないんですかい?」

「上級の者たちを束にしたところで、ユノディエール導師の足元にも及ばない。ヴァンキッシュ君がいてくれればあるいは、とは思うが……」


 有望な導師は、魔王の前に散った。

 司祭長の短い沈黙の意味を察した職人二人は、より一層神妙な面持ちで次の言葉を待つ。


「いずれにしても、彼女以外に適任者はいない」

「キャロルは、今……どうしてるんです?」

「治療を受けたから、体はもうなんともないはずだ。どちらかといえば精神こころのほうが……あの相棒の飛竜ワイバーンのことが、相当ショックだったんだろう。今は宿舎にもっておるよ」

「そんな傷心の娘を、また戦場に引っ張り出すんですかい?」

「出てもらうしかないのだよ……」


 歯切れの悪い司祭長の言葉を聞けば、ここにくる前に何があったかはだいたい想像がつく。交渉はすでに失敗しているのだろう。


「ユノディエール導師の説得は別に進めるとして、他の準備を済ませておきたい。彼女がやる気になってくれたところで、先立つものがなければ話にならんからね。

 もう知ってるかもしれんが、彼女が持っていた杖は全て折れてしまった。ボンネビル工房には、すぐに代わりを作ってもらいたい。親方はどちらに?」

「いませんよ。キャロルの杖の材料を仕入れに行ったまま、戻れずにいます」

「何だと?」


 望みが絶たれたとばかりに眼を見開れたからといって、いないものはいないと正直に答える以外、バーニィたちに選択肢はない。

 魔王復活、正確にはそのしらせが入る前後から、魔法生物絡みの材料が手に入りにくくなっている。良質なものとなればなおさらだ。そういう状況下では、工房の顔――親方が出張って話をつけるのが手っ取り早いという事情もあり、討伐隊の出発に合わせて、ポールも小さなカバンひとつ背負って旅立ったのだ。

 遅ればせながら届いた便りによれば、材料の買付けにも難航している上、折からの悪天候で交通の要たる大橋が落ちて足止めを食らってしまい、工房に戻る目処めどが立たないらしい。


「魔王が現れてからこっち、国境の警備も軒並み厳しくなってやすし、そもそも天気もよろしくねぇ。長引かねぇといいんですが」


 ちょっと待て、と司祭長はマサの言葉を遮る。前へと伸ばされた指先は動揺を隠せずに震えており、目に見えない何かにすがりつこうとしているようにも見えた。


「杖の材料はない、おまけに親方もいない。そういうことだな」

「さっきからそう言っとるでしょうが」

「なんてこった……神は、なおも我らに試練を与えたもうか。それならば、誰が、どうやってユノディエール導師の杖を作るというのだ?」


 頭を抱えて天を仰いだ司祭長をみて、バーニィは露骨に舌打ちをする。

 司祭長が言うように、年配の導師たちが頼みにするのは親方《ポール》が作った杖であり、工房の跡取りバーニィの作ではない。

 だが、どんなに嘆いたところで、ポールがひょっこり帰ってくるわけではないのだ。親方代理として、彼が提示できる答えは一つだけだ。


「俺が作ります」

「君がかね? 君が親方と同じ品質クオリティの杖を」


 司祭長を真っ向から睨みつけて黙らせたバーニィは、傍らに積み上げた帳簿にそっと手を添える。


「確かに、ボンネビル工房うちでは親父が、特級の導師からの依頼を全て請け負ってきた。だけど、俺だってただ見てただけじゃない。自分が関わった杖の情報と、たどってきた歴史は全て帳簿こいつに控えてある。キャロルの杖だって同じことだ。構造も、過程も、最期も、次に強化するべき点はどこかも、全てここにある」


 過去の失敗の記録は、彼にとって次へ進むためのいしずえであり、迷った時に進むべき道を決めるよすがである。それがあるからこそ、司祭長相手にだって、啖呵たんかを切ることができるのだ。


「もう一度言います。親父が不在の今、キャロルの杖を作れるのは俺だけです」


 その言葉を聞いて満足そうに頷いたマサは、静かに年若い跡取りを後押しする。


「ウチの親方代理の技術は確かです。そいつは職人頭の自分も保証しやすよ」

「……わかりましたよ」


 ボンネビル工房の二人に押し切られる形で、司祭長は首を縦に振った。ひとまず、課題の二つ目――誰がキャロルの杖を作るのか――については解決したことになる。


「それにしたって、杖のコアはどうする?」

「若、なにか奥の手でもおありで? 少なくとも、工房ウチの在庫にゃお嬢さんに合う材料なんてありやせんぜ?」


 バーニィはじっと考え込む。

 杖のコア、魔法生物が持つ特殊な器官。それを確保しない限り杖の完成はない。

 思い当たる可能性は、一つだけある。だが、それは最も手段だ。本当なら頼りたくはないが、もはや背に腹は代えられない。


「……司祭長、一つ頼まれてくれませんか?」

「私にできることかね?」

「むしろ、司祭長じゃないとできません。今すぐ確保して欲しいものがあるんです。詳細はこの中に書いてありますんで、そこを訪ねてください」


 無理やり渡された走り書きをみて、司祭長は驚きに目を丸くする。なにか言いたそうな顔はしたのだが、唇に人差し指をあてたバーニィに制されてしまい、疑問は音として結実けつじつすることはなかった。


「マサさんはの手配を。それが済んだら、みんなにことの成り行きを説明してください」

「わかりやした。若はどうなさいやす?」

「ちょっとキャロルのところに。責任を果たしてきます」


 返事を待たず、緊張した面持ちでいの一番に応接室を後にしたバーニィは、そのまま防寒着ブルゾンとランプをひっつかんで表へ飛び出す。

 風は相変わらず冷たいし、雲は相変わらず街に影を落としている。幸いなことに、雪だけは小康状態だ。空の機嫌が悪くならないうちに決着をつけたいと逸る気持ちが、彼の足取りを自然と早くする。

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