5.2 そういう冗談は好きじゃないよ
バーニィたちが駆け込んだのは、騎士団本部官舎から少し離れた演習場。折から降り続いた雪に覆われているその一角が、今は血だまりで紅く染まっていた。
その中心で横たわるのは、体におびただしい傷を負った
鉄をも
いくら生命力にあふれている
「オスカー! しっかりして! オスカー!」
その主人・キャロルは、オスカーの太い首に取りすがって涙を流している。
相棒ほどではないというだけで、彼女も重傷だ。
どんなときでも朗らかで、導師として明るく振る舞っていた、皆のよく知るキャロルはそこにはいない。腕の中で失われつつある命に動揺し、大切な存在を失ってしまうことへの恐れと怯えに急き立てられながらも、何もできず無力感に打ちひしがれる、どこにでもいる女性だ。
「キャロル!」
「バーニィ、オスカーが、オスカーが」
「傷薬は?」
「ここに帰る途中で、全部、使い切っちゃった……私、回復術式使えないし、どうしよう、どうしようバーニィ」
「もうすぐ人が来るから」
バーニィのとっさの目配せ、その意図を読みとったルゥは、何も言わず頷くと即座に取って返し、手近な導師を捕まえるべく走り出す。
「私の魔法も通ってたし、なんとか踏ん張れてたんだけど、途中で杖が三本とも砕けちゃって……もうだめかと思ったんだけど、オスカーが、私を、かばって」
バーニィは人知れず唇をかむ。
杖が最後まで機能していたなら、魔王を討伐できたかもしれない。騎士団や導師の皆も、無駄な血を流さずにすみ、紙切れのようにその生命を散らすこともなかっただろう。
だが、現実はその逆だ。
多くの人が余儀なく黄泉への旅路につく羽目になり、目の前で想い人の大事な
「ねえ、しっかりしてよオスカー、いつもみたいに答えてよ」
涙声でいくら呼びかけても、オスカーは鳴き声はおろか、身振り手振りすら返さない。それどころか、金色の瞳は忠義を尽くすべき女主人を見ておらず、細い肩の向こうに向けられている。
――俺、か?
バーニィとオスカー、二人はそれほど折り合いがいいわけではない。人間の方から歩み寄ろうと試みても、
そんな彼が、自分から率先して目を合わせようとしている、そんな気がした。瞳からも、まだ光が失われていない。
――キャロルは連れて帰ってきたからさ、あとのことは、よろしく頼むよ。
それはバーニィの思いこみ、あるいは独りよがりな願望かもしれない。
だが、オスカーは確かに、何かを託してくれたように思えたのだ。
――任せとけ。
命を賭して約束を果たした男の頼みを断れるほど、バーニィは薄情ではない。
キャロルの背後に立ち、強く頷いた彼の顔を見て、
「……オスカー?」
ずっとその首にすがりついていたキャロルが、真っ先に彼の異変に気づいた。
「やだよ、嘘でしょオスカー……私、そういう冗談は好きじゃないよ」
鼓動も熱も失いつつある飛竜を前に取り乱し、声の限りに呼びかけても、答えは返ってこなかった。ゆっくりと閉じられた瞼は二度と開かず、腕も力を失って地へと垂れ下がったままだ。
「なんでおいてくのよ、一人にしないでよ……一人じゃがんばれないよ……」
オスカーの命の灯が消えてもなお、そばについていたバーニィだったが、彼女に掛ける言葉を見つけることはついぞできなかった。小さく震える細い肩に伸ばしかけた手も、所在なく空を掴むばかり。ルゥが他の導師を連れてくるまで、子供のように泣きじゃくる想い人を、ただ中途半端な距離で見守っているだけだった。
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