4. 男同士の約束

4.1 魔王、討つべし

 魔王、討つべし――


 教会と騎士団の連名で出された、魔王復活のしらせとその討伐のお触れ。それがボンネビル工房にもたらされたのは、朱や黄色に染まった木の葉がすっかり落ちきったある日の昼下がりだった。外回りの仕事を済ませ、息を切らして作業場に駆け込んだルゥが持ち込んだビラに踊るのは、


「北の聖堂に封印されていた魔王が何者かの手によって復活した」

「かつて国を存亡の危機に追い込んだ存在と同じと教会は判断する」

「長らく眠りについていた魔王が全盛期の力を取り戻す前に、教会から選抜された導師と騎士団が出征しこれを討伐する」

「我々には最高の導師たるキャロライン・ユノディエール、アレクサンダー・ザガート・ヴァンキッシュがいる」

「勝利は約束されたようなものだ」


 などなど、人々を適度に不安がらせつつ、開戦への雰囲気に向けた下地を作る威勢のよい文句ばかりだ。

 それを囲む職人たちの反応は、大きくわけてふたつ。何が起こるのか見当がつかず不安で顔が土気色になる者か、討伐という言葉に闘争心を刺激されて燃える者だ。彼らをそれぞれの持ち場に戻らせた親方・職人頭・跡取りの三人は、額をつきあわせるようにして考えを巡らす。

 議論の口火を切ったのはマサだった。


「どうも引っかかりやすなぁ」

「教会がここまで大きく出るのは、確かに珍しいな」

「親方も、やはりそう思われやすか。必ず勝つとは、ずいぶん思い切った言い回しをしたもんです」


 ビラを囲んだ一同は、教会が声明を出した意図と、その裏にあるものを読み解くべく頭を働かせる。


「親方と若は、仕事の依頼が増えそうだから早めに材料を確保しておけ、と指示を出しておられやしたね?」

「キャロルお嬢さんから、魔王の封印とやらが解かれたって話を非公式に聞いてたんだよ」

「ドンパチやるかもわからねぇ、って話が前からあったってんですかい?」

「そう怖ぇ顔すんなよ、マサ。お嬢さんから直々に口止めされてたんだ。正式にお触れも出てねぇのに下手なこと言えねぇだろうが」

「事情はわかりやしたが……いずれにせよ、これからますます忙しくなるってことですな」


 そんな季節はとうに過ぎ去ったというのに、マサは作業着サムエの腕をまくって気合を入れ、文章に改めて目を通す。


「教会のお触れにもいろいろありやしたが、ここまで露骨に喧嘩をしかけるってぇのは、自分がボンネビル工房ここに来てから初めてですな」

「そうかも知れねぇな」

「ずいぶんうまい手を使うもんです。教会にはキャロルお嬢さんがいる。あの司祭長補佐チンピラも、人間としては下の下以下ですが魔法の実力は確かです。十分に求心力カリスマを持ってるといっていい」

「おまけに、教会ヤツらが相手取ろうとしてんのは、隣国の連中でもなけりゃ悪い帝国でもねぇ。魔王ってわけのわからねぇ存在だからな、いくらでもでっかい悪に仕立て上げ放題だ」

「……戦意を煽って、寄付を募ろうってことか?」


 バーニィの言葉に、マサは静かにうなずく。本人にその気はまったくないのだが、事情を知らぬものが見たら押し込み強盗でもする気かと危惧させる、そんな危うい顔をしている。


「若のご意見が一番妥当な線でしょうな。民意をうまいこと聖戦遂行へと向けさせる。極東ふるさとでもよく使われていた手です」

「なにはともあれ、俺たちのやるべきことは一つだけだ。わかってんな?」


 彼らは腕の立つ職人の集団に過ぎず、教会や騎士団が決めたことをくつがえす力などない。わざわざ戦に反対し、村八分の扱いを受けた挙げ句に仕事を取り上げられ、日々の暮らしにきゅうするなんて愚を犯す理由もない。全力を持って教会と騎士団を支援し、その見返りを頂戴ちょうだいする。特需に乗っかる以外の選択肢なんて、最初からないも同然だ。


「増産に向けて体勢を強化しなきゃなりやせんね。近隣の工房に改めて話をつけて、協力を依頼してきやす」

「俺も一緒に行きます。回るところ、いっぱいあるでしょうし。いいよな、親父?」

「よろしく頼むぜ、二人とも」


 工房に持ち込まるであろう大量の依頼をさばくには、周囲の小規模な工房の協力が必要不可欠。今のうちに段取りを整えておくにこしたことはない。ボンネビル工房主力たる職人頭と若き跡継ぎは、さっそく自らの役割を果たすべく表へと駆け出していくのだった。




 この国は教会の信徒が多い。言い換えれば、教会の一挙一動が国の礎――民衆を動かす大きな力となりうるのと同義だ。

 お触れが出された翌日、街にはさっそく戦費調達の広告ビラが張り出された。黙っていれば美形で魔法の腕も立つアレクサンダーが仁王立ちする隣で、白い導師服ローブを身にまとい、優しく微笑みながらこちらに向けて手をのばすキャロルが描かれたものだ。それは人々の心をきつけ、魔王との決戦に向けた盛り上がりムード醸成じょうせいするのに大きな役割を果たした。「一戦必勝」「国の興亡この一戦にあり」「立てよ国民」などと、威勢のいい文句が街中に飛び交い始めたのもこの日からである。

 時を同じくして、ボンネビル工房にも武器や防具の新規発注、修理と調整の依頼がこれまで以上のペースで舞い込んでくるようになった。ある者は気合とともに赤熱した鉄塊に勝負を挑み、ある者は急な仕様変更を出した騎士と口喧嘩にも似た議論を繰り広げ、またある者は他の工房にを依頼するべく走り出す。

 例年よりも早い初雪が本格的な冬の訪れを告げる一方で、工房の中は職人たちの情熱と、昼夜を問わず煌々こうこうと輝く炉の熱気に満ちている。夏の陽光と肩を並べる熱さの中で、職人たちは高らかに声を上げ、つちを振るって鉄を打ち、切り粉と油にまみれながら仕事を片付けてゆくのだ。厳しい作業環境と納期を乗り越えるためとはいえ、はたから見ると、半分自棄やけになっているようにも見えなくはない。

 忙しいのは、杖作りに専念する職人――バーニィとポール――も例外ではない。キャロルが杖を壊す頻度が増している上、他の導師の杖の調整も抱えているため、連日工房に泊まり込んでの作業が続いている。そんな日々を送っていたものだから、キャロルと顔を合わせる機会など、バーニィにはほとんど与えられなかった。杖の引き渡しと調整で彼女が工房を訪れるときくらいは話ができるけど、それもせいぜい十分足らずだ。

 以前にもまして言葉を交わせなくなったとはいえ、キャロルが日々の仕事に忙殺され、消耗しているのだけは伝わってくる。魔法の訓練や魔王の動向の調査に教会の宣伝活動プロパガンダと、オスカーと共に一緒にあちこち駆け回る毎日を送っていると噂に聞いていたし、多くの民衆を前にして魔王討伐の必要性を説き、困難な状況下における結束を呼びかける姿を目にしたこともある。教会が期待を寄せる当代最高の導師として笑顔を振りまいている彼女だが、どんなに上手く取り繕おうとも、有象無象の圧力プレッシャーに押しつぶされないよう必死に踏ん張り、皆の理想の導師様であろうとし続けているのが見え隠れしていた。彼女が工房に来るたびに精一杯の気遣いの声をかけてみても「大丈夫、心配しないで」「私は導師なんだから」の一点張り。灰色のかげりと悲壮感をむりやり押し隠して、差し伸べた手を優しく振りほどくのだ。

 キャロルの苦しさを分かち合うこともできない焦りを抱えたまま、季節は一転し、本格的な冬がやってくる。

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