3.4 粋がってんじゃねぇよ

「職人風情、っていったな、あんた?」

「それがどうした?」


 バーニィとアレクサンダーが向かい合うと、二人の体格差が余計に際立つ。工房では力仕事をこなす機会も多いから、バーニィの体も相応の鍛えられかたはしている。ただし、彼の筋肉とそこに通う神経の根底にあるのは、モノを作る人間の思考と思想であり、戦いを生業とする者のそれではない。一方、アレクサンダーの肉体は、戦うために磨き抜かれたもの。上背、腕の太さ、足の筋肉の付き方にいたるまで何もかもが違う。張り合うにはあまりにも分が悪い相手だ。

 体格以上に違うのは、むしろ気性の方かもしれない。敵対する者あらば力で排除することも厭わない導師と、和を重んじる心とその裏返しである甘さを飼っている若い職人では、荒事で勝負にならないのは明白である。

 腕っぷしではどうあがいてもかなわない。そうわかっていても、バーニィは反論せずにいられなかった。


「俺個人をバカにするのは勝手だ。キャロルの魔力を受け止めるだけの杖を作れちゃいねぇ、その批判だって受けてやる。だがな、職人を十把じっぱ一絡ひとからげにして侮辱するのは見過ごせねぇよ。あんたの杖を作ってるのもまた別の職人だってこと、知らねぇとは言わせねぇぞ?」

「何が言いたい?」

「せめてそいつに敬意を払おう、って気もねぇのか、あんた?」


 何を言ってるんだこいつは、と雄弁に語るアレクサンダーの目。それを目の当たりにバーニィの心から、ふっと熱が抜けてゆく。信条も、境遇も、あり方も、何もかもがずれている。二人は互いに規格の違うネジ山のようなもので、絶対に噛み合うことがない。

 きっと何を言ったって通じない、とバーニィは頭の片隅で理解していた。でも、他人は所詮他人だとすんなり受け入れ、物申さずに引き下がれるほど老成してはいなかった。


「俺とあんたの認識が違うってのはよくわかった。金を払ってんだから、職人は尻尾振って客の言うこときくのが当たり前、金を受け取った側は蔑まれようがバカにされようが文句を言う権利さえねぇって手合か、あんた」

「客は神様だ、と教わらなかったか? もっとも、ポンコツ職人には教えても理解できんだろうが」

「そんな神様なんざこっちから願い下げだ」


 ずいぶん立派なご高説だ、と嘆息するバーニィを見下だしながら、導師は鼻で笑う。


「職人風情は余計なこと考えずに手だけ動かして、客に言われた通りのものを作ってりゃいいんだよ。それくらいわかれ、ボンクラ」

「キャロルに言われんならともかく、てめぇにボンクラ呼ばわりされたところで、もう何一つ響かねぇよ」


 自分が誇りを持っている仕事をここまで軽んじられては、どんな堪忍かんにんぶくろでも耐用限界を迎えるというもの。理不尽極まりないアレクサンダーの暴言を酔っ払いの戯言ざれごととして見逃す気など、もはやない。言葉には嫌悪と皮肉と軽蔑が強くまじり、ささくれがトゲに、やがて短刀に変わる。


「さんざっぱら職人をバカにしておきながら、杖に頼って粋がってんじゃねぇよ、臆病者チキン


 その刃は、アレクサンダーの逆鱗に触れるどころか、見事に突き刺さったらしい。振るわれた拳は相手に身じろぎすら許さず、これほどにもなくきれいな一撃として顎に叩き込まれた。

 一拍遅れて、目玉から火花が飛び出そうな痛みに見舞われたバーニィだったが、今度ばかりは根性を見せた。たたらこそ踏むものの、数歩下がった程度でどうにか踏みとどまったのだ。


「よく耐えた、若!」

「今度はこっちの番だ! やっちまえ!」


 ボンネビル工房も血の気の多い職人が揃っている。司祭長補佐の強烈な一撃に耐えた我らが若旦那をたたえた職人たちは、こんどはこっちの番だとばかりに声を挙げた。

 だが、当の本人は、次の一歩を踏み出せない。

 それどころか、そのまま後ろにひっくり返ってしまう始末。慌てた職人たちが駆け寄って支えてやらなければ、後頭部をしたたかに打ち付けて、今度こそ取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。


「若! しっかり!」

「ちくしょう、こうなりゃもう知ったこっちゃねぇ! 行くぞおめぇら!」


 弔い合戦だ、とばかりに職人たちが立ち向かうのを止めようとしたバーニィだったが、手足はすでに鉛のように重く、諌めの言葉すら発せない。どんなに必死にもがいても、世界は刻一刻と、勝手に闇の向こうへ遠ざかっていく。


「何があったんです――って、バーニィ!?」


 聞き馴染みのある声と共に視界の隅に飛び込んできた誰かをみて、バーニィは口の中で悪態をつく。

 よりによって、こんなときにやってきたのは年上の幼馴染だ。喧嘩で負けて、ボロボロになって転がっている姿なんて、好いたひとには一番みせたくない。


「バーニィ、しっかりして、バーニィ!」


 全力で駆け寄り、バーニィの半身を抱き抱えたキャロルが、アレクサンダーの方を見てなにか叫んでいる。その両目いっぱいに溜まった涙が、バーニィの心を苛むのだ。

 本当は男らしく起き上がって、彼女の涙を拭ってやりたいのだが、情けないことにバーニィの心も身体も、もう言うことを聞きそうになかった。


 別に死ぬような傷じゃないと思うから、そんな顔するな――


 伝えたいことも伝えられないまま、バーニィはキャロルの腕の中で意識を手放した。

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