2.6 落とし前をつけやがれ

「そういうわけで、司祭長補佐殿よ。こっちからの要望は二つだ。

 今後、ウチに杖の製作と調整を任せるか否かは、教会おたくの導師連中の意見次第だ。キャロルお嬢さんも含めてな。まかせたくないなら手を引くし、必要なら他の工房の斡旋もする。そのへん確認して、司祭長から直接返事を聞かせるように計らってくれや。

 その二。さっきも言ったが、ぶっ壊れた杖の破片は工房から人を出して回収する。原因究明するにしても対策を練るにしても、それを見てからじゃねぇと話にならねぇ。以上」


 穏やかながら、それ以上の主張を許す気配のないポールに反発するように、アレクサンダーは立ち上がって部屋を出てゆく。反論だけはどうにか抑え込んでいるが、その怒りは震える拳、額にはくっきりと浮かぶ青筋、そして乱暴に開けられた扉という形で浮かび上がった。


「いくら才能があるっつっても、あんなゴロツキまがいを上の立場に据えるようじゃな。教会もずいぶん変わったもんだ」


 まったくしょうがねぇなとばかりに大仰なため息をついたポールは、じっとうつむいて考え込むバーニィを見て、やや乱暴な言葉で教え諭す。


「特級資格をもった導師は、言っちまえば教会の看板だ。そいつに納める杖は、工房を代表する製品なんだよ。失敗は許されねぇ、ぶっ壊れるなんてのは論外だ」


 現実はどうか。

 バーニィがキャロルに渡した杖は砕け散った上に、彼女を傷つけた。さらに悪いことに、工房製の杖の使用を禁ずる動きさえある。意図していなかったこととはいえ、彼は失策を犯し、工房の看板にキズをつけた。


 ――俺が今までやってきたことって、何だったんだ?


 バーニィの両肩に、自責の念がずしりとのしかかる。

 杖職人になるための修行も、受けた仕事も全力でこなしてきたつもりだし、依頼人の要望にも最大限応えてきた。受けた仕事の数と共に、自信も積み重ねてきたつもりだ。

 だが、それらは時として一瞬で崩れてしまう。特に年若いバーニィは、父たちのような経験を持たないから、なおさらだ。


「少なくとも、今は落ちこんでる暇はねぇぞ、バーニィ。お嬢さんから断りの連絡が来てねぇ以上、まだこの仕事は続いてんだ。半人前は半人前らしいやりかたで、不始末の落とし前をつけやがれ」

「……わかってるよ」


 自分にできることはなにかなんて、一つしか知らない。壊れた杖を観察し、記録し、考察し、次の手を考える。いつもやっていることを愚直に繰り返す以外に、次の成功に繋がる道は開けない。

 まずは杖の残骸を回収し、現場にいた人間から事故発生時の話を聞かなければいけない。今日の失敗も取り込んで自分の血肉としなければ、父を追い越すなんて夢のまた夢だ。


「親父、俺、ちっと出てくるわ」

「おう、ちゃっちゃとすませて、晩飯までには帰ってこいや」


 応接間を後にするバーニィの背を見て、ポールは感慨深げに微笑む。厳しい師としてではなく、息子の成長を純粋に喜ぶ気持ちがそこには滲み出ていた。

 だが、それも長くは続かない。


 ――俺が作った杖も、たぶん、似たようなモンだろうな。


 互いが杖をつくる様子を見ていたわけではないけれど、工房の在庫の変化は把握しているから、バーニィがどういう意図を持って杖を作っていたかの想像はつく。

 二人が選んだ素材の質に大した差はない。疑問を挟む余地があるとすれば製作精度になるだろうが、あいつバーニィに限ってつまらないヘマはしないはずと父は踏んでいた。息子の手元には常に図面があり、どんなに慣れた作業でも手順を飛ばしたりしない。要所要所での採寸や傷のチェックだって怠っていないはずだ。親子がそれぞれ作った杖の完成度は、概ね同等といっていい。

 裏を返せば、キャロルに渡したもう一本、ポール作の杖も同じ結末を迎える見込みが高いということだ。教会から契約を切られるか、次の杖の製作をせっつかれるかはわからないが、どちらに転んでもいいように打つべき手は全て打っておく必要がある。

 まずは工房にいる人間を集めて作戦会議だ。バーニィが作った杖のことも全て包み隠さず話さねばならない。それは当人がいないうちにすませてやるべきだろう。

 経験という自分の財産の海に手を突っ込んで引っ掻き回し、いかなる対策をとるべきかか考えながら、名職人は静かに、皆が集う作業場への扉を開いた。

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