2.5 それが職人ってもんだ

 教会からの来訪者は、先ほど話題に登ったばかりのアレクサンダー・ザガート・ヴァンキッシュ司祭長補佐その人だった。彼がボンネビル工房に来たのは公試の結果を伝えるため。ひとしきり話を聞いたポールは神妙な顔で腕組みをしたまま黙り込み、その隣ではバーニィが顔を強張こわばらせて、書物の手を止めている。


 バーニィが作った杖は、キャロルの魔法に耐えきれずにした。


 初めて遭遇する事態を前にして、作った当人はもちろん、大ベテランの杖職人である父もすぐには言葉が出てこない。

 アレクサンダーの弁によれば、キャロルは二割程度から段階的に力を開放し、最終的には全力で魔法を発現させる予定だったという。力の込め具合もあくまでも本人キャロルの申告であり、定量的な計測ができているわけではないが、外から見た者たちの感覚としては一般的な上級導師の全力を遥かに上回るとのことだ。


「導師が杖を使い始めて六百年、黎明れいめい期ならいざしらず、現在では杖が魔法に耐えきれないなど、あるはずもない」

「だが、現実はそうじゃねぇんだろ、司祭長補佐さんよぉ?」


 この街に工房を構え、代々杖を作り続けてきたボンネビル一族だが、杖を壊すほどの才を持った導師に出会ったのは初めてだ。


「キャ……ユノディエール導師の様子は?」

「杖が壊れたときに傷は負ったが、軽症だ。教会には優秀な治癒魔法の使い手もいる、傷も残らないだろう」


 そうか、と職人たちは胸をなでおろす。術者が無事なのは不幸中の幸いだ。


「話の続きだ。貴様が作った杖は、キャロライン導師が五割の力で魔法を行使しようとしたところで破壊に至った」


 アレクサンダーが淡々とした口調で突きつけるのは、バーニィではキャロルの実力の半分も発揮させてやれないという、残酷な現実。

 これまで築いてきた手法メソッドの敗北に肩を落としてうなだれるバーニィだったが、ポールが励ますように背中をぽんと叩いてくれたおかげで、どうにか前を向く。


「なぁ、司祭長補佐さんよ、もう一本の試験はどうなる?」

「キャロライン導師の怪我が治るまでは延期だ。治癒魔法の助けがあるとはいっても、丸一日は安静にしておくべきだろう。試験の再開はどんなに早くても明後日あさってだ」

「バーニィのつくったやつで五割、か。お嬢さんと杖のコアの相性、最悪だったのかもしれねぇな」

「どういうことだ?」


 どうもピンときていない様子のアレクサンダーに、ポールは自分の経験を語る。


「杖作りの間の定説でな。杖のコアと導師にも、多かれ少なかれ相性ってもんがあるって言われてる。そこそこの実力しかねぇ並の導師だったら特に問題はねぇんだが、特級持ちの、それもごく一部の連中に限って、その相性の問題が浮かび上がることがあるんだ。魔法を暴走させちまった例も、少ねぇだけでないわけじゃねぇ」

「キャロライン導師の場合も、それに該当すると?」

「杖を壊したやつはまではいねぇし、さっき言ったとおりそもそもまれなケースだからな。調べなきゃ結論は出ねぇよ。とりあえずぶっ壊れた杖、破片も含めて回収させてくれや」


 ――たかが職人風情が偉そうに。


 キャロルの杖が壊れたという事実は、どういう因果か知らないが、司祭長補佐の信頼をドン底まで損ねているらしい。アレクサンダーは頷きもせず、ポールの乱暴な頼みへの反発を体中からビシビシ放つばかりだ。


「今までの話を聞く限り、そちらは杖とキャロライン導師の相性の問題、と考えておられるようだが」

コアだっての。話聞いてたか?」

「どちらでもいい。いずれにせよ、杖に重大な欠陥があったということではないか?」

「品質の管理に問題はねぇよ。素材も基準を満たしてるし、完成後の検査もちゃんと通ってる」

「検査に問題があったのではないか? 仮にベテランがやったとしても、見落とすことだってあるだろう?」

「てめぇが前にいた教区じゃどうだったか知らねぇが、ここじゃ杖の最終検査は教会の担当者が複数人でやるんだよ。一人だったらともかく、今回は三人体制だから見落とす可能性は低いし、俺達の所掌でもねぇ」


 ふむ、とつぶやいたアレクサンダーだが、やはりしんから納得してはいないようだ。どんな説明を尽くそうとも、工房に落ち度があるに違いないと最初から決めてかかっているようにも見える。もし彼が、理屈も説得も通らない、自説にしがみつく性質の人間だとすると、非常に面倒なことになりそうだ。


「話を変えよう。杖の破損の対策は?」

「公試の結果を聞いたばっかで対策も何もあるかよ。まずは現物を見てからだ」

「ことと次第によっては、早急にボンネビル工房の杖の使用を禁止しなければならない」

「おうおう、ずいぶん鼻息の荒ぇこって」

「……勝手なこと言うんじゃねぇよ」


 横暴にもほどがある宣告に、バーニィもさすがに語気を荒げる。

 ボンネビル工房にとって、杖の製作と調整で得られる収入は生命線そのもの。それが絶たれた先にある未来が明るいはずがないことくらい、想像に難くない。


「他の導師が使ってる杖にも問題が出てるならまだしも、事故の原因もまだわかってねぇのに……!」

「落ち着けや、バーニィ。まだお偉いさんがそうするって決めたわけじゃねぇ。そもそもそんな大事なことなら、人を間に挟まずに司祭長が直接話をしに来るはずだ」

「だけど親父、工房うちから杖作りを奪われちまったら……」

「こっちは依頼を受けて仕事をする身だ。向こうが使いたくねぇっていうなら引き下がるしかねぇんだよ。だが、一人でもウチに頼みたいってやつがいるならとことんまで付き合ってやる。それが職人ってもんだ」


 親方にそういわれてしまっては、バーニィも矛を引っ込め、上げかけた腰を下ろすしかなかった。

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