2.7 少し、お時間をいただけますか?

 ボールとバーニィ、二人の見通しは甘かったのか、それとも妥当だったのか。

 いずれにしても、キャロルが杖のコアを破壊するほどの才の持ち主とまで想定できていなかったことに変わりはない。息子バーニィの作に遅れること二日、自分が作った杖も壊れるだろうというポールの予想は、残念ながら見事に的中した。

 今、二本の杖が並ぶ作業台を囲むのは、難しい顔をした杖職人の親子と、申し訳なさそうな顔で肩を落とす杖の使い手だ。


「思った以上に、派手にやったもんだな……」

「ごめんなさい……」

「いや、嬢ちゃんは何も悪くねぇよ。謝んなきゃいけねぇのは期待に答えらんなかった俺たちだ」


 ポールの詫びの言葉に頷いて同意を示したバーニィは、さっそく白手袋をはめた手で杖の残骸を取り上げ、時に天眼鏡ルーペを覗いて細かく観察する。

 損傷の様子は、二本ともほぼ同じ。どちらもコアがキャロルの膨大な魔力に耐えきれずに弾け飛び、内部から杖を破壊したとみて間違いはないだろう。聖布が堅く巻きつけてあったおかげで、キャロルは手を怪我する程度ですんだ。


「どうにかなりそうですか?」

「設計どうのこうのより、コアの質か相性の問題ってのは、間違いないと思う」

「相性ならまだいいが、質の話になっちまうと厄介だな」


 設計、材料の選定、製作、仕上げに至る一連の工程に問題がないとすると、とにかく良質のコアを探し求める以外に打つ手がなくなるのだが、そればかりは職人の腕でどうこうできる話ではない。二人が選んだコアの素材は現状手に入りうる最上の品質であり、それらを超えるものとなると、そもそも市場に流れてくる機会が限られる。


「これ以上のブツを仕入れるアテも、ないわけじゃねぇんだが」

「お金はどうにか用立てます」

「金だけで解決するかってぇと、結構微妙な話なんだよ」


 コアは導師の相棒――杖の肝となる最重要部材。術者の魔力を受け止め、増幅し、変換する機能を担う。

 使われるのは一角獣ユニコーン古代龍エンシャントドラゴンといった魔法生物の希少部位。そのなかでも、上質なものとなれば単純に数が少ない。入手が困難となれば、自然と高価な代物となる。

 だが、金の問題だけならば、親方も奥歯に物が挟まったような言い方にはならない。


「最近はどうも、魔法生物の取れ高が思わしくないみてぇでな。価格が釣り上げられちまって、いい材料を入手しにくくなってる」


 根本的に流通量が少ないうえに、そもそもの生産量が減っている。

 そんな状況で質の高い材料を手に入れようとすると、金や時間だけでなく、巡り合わせの運まで必要になってしまうのだ。不確定要素が増えてしまうと、工房が示す提案も消極的にならざるを得ない。


「その間は、ウチの在庫にある一番いい材料を使って、何本か代用品スペアを作っておくしかねぇ。魔法も威力を絞ってもらうことになる。いいコアが手に入るまで、それでしばらく我慢してくれねぇか?」

「なんとかやってみますけど……どれくらいかかるか、見込みも立たないんですか?」

「それがわかりゃとっくに教えてるよ」


 そうですよね、とキャロルが漏らす落胆のため息は、期待に答えられていない現実の現れ。鋭い刃となって、バーニィの心に重くしかかる。


「なるべく早く、私が本気で使える杖をください。杖がないことにはどうにもできない」

「努力はするが、確約はできねぇぞ、キャロル? 君の魔力に耐えられる核なんて、そんな簡単に見つかるとも思えねぇ」

「無理は承知だよ、バーニィ。でも、今の私にはあなた達しか頼れる人がいないの」

「……嬢ちゃん、なにか、退っ引きならねぇ事情でもあんのかい?」


 切羽詰まったキャロルを前にして、ポールは少し表情を緩める。幼い頃、バーニィとともに工房を遊び場にしていた時分から知っている相手だ。ポールからすれば、彼女は半分娘みたいなもの。困りごとを隠しているかどうかは、振る舞いを見ればなんとなく想像がつく。

 しばらく俯いて逡巡しゅんじゅんしていた様子のキャロルだったが、やがて意を決したように拳を握り、顔を上げる。


「……少し、お時間をいただけますか?」

「構わねぇよ。話くらい聞いてやるさ」

「ありがとうございます。バーニィも、一緒にいて」


 すがるように潤んだ瞳を向けられてしまっては、バーニィも断ることなんてできやしない。好いたひとのものなら、なおさらだ。

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