2.2 意外と細かい性格してらしたのね

 キャロルのために杖を作る。

 使い手の才の優劣は、杖の構造、製作工程に何ら影響を与えない。木材を削り出して杖の本体を作り、その芯にコア――導師の魔力を変換し、増幅する魔法生物由来の素材――を仕込んだのち、教会謹製の聖布せいふ――聖水によって清められ、闇と魔をはらう祈りが捧げられた、帯状の絹布――を巻き付ければ完成である。

 だが、実際に行われる作業は、ポールとバーニィではずいぶん異なる。

 ポールの武器は、何よりも経験だ。若い頃から多くの杖を作ってきた積み重ねの結果、初対面の導師の特性をひと目で見抜き、コアの選択から杖本体の材質・形状・重量配分までを感性で決められる高みに至った。それこそが国一番の杖職人と呼ばれる所以ゆえんでもある。工房を訪れたキャロルが


「え、それだけでいいんですか?」


 と戸惑うくらいに、ポールとの打ち合わせは短かった。「導師に適合した杖を職人が見出し、提供する」のが彼のやり方である。

 一方、年若いバーニィは、当然そこまでの域に達していようはずもない。

 そんな彼が父に追いつくために取った手段が、依頼人クライアントとの徹底的な話し合いと、それに基づいた杖の設計・製作だった。杖の肝心要となるコアの材料だけでなく、杖の形状や素材に至るまで聞き取りヒアリングを通じて決定する。併せて、導師自身の身体――身長、腕の長さ、果ては手の大きさや指の長さまで――の計測と、それに基づいて作成した図面に複数回に渡る修正を加える。初めて材料と工具を手に取るのはそれが全て済んでからだ。「導師と職人が二人三脚で杖を作り上げる」のが彼のやり方であり、その過程でもたらされる情報は、顧客ごとに割り当てられた帳簿にまとめられている。

 その仕事ぶりに幼馴染の意外な一面を見たのか、キャロルが


「こういっては失礼かもしれませんけど……バーニィ、意外と細かい性格してらしたのね」


 と、半分感慨深げに、半分あっけにとられてつぶやくくらいには、その記録は微に入り細を穿つものだ。


 術者の意見を杖作りに反映させるか、否か――。


 師匠と弟子でありながら、百八十度違う杖作りへの概念コンセプト。工房の職人たちの間で様々な憶測を呼んだそれらだが、何のことはない、それぞれがそれぞれにあったやり方で最善を尽くしている、というだけの話である。




 キャロルから正式に杖の制作依頼を受けてからおよそ三週間後。親方ポール弟子バーニィは、それぞれの一本を作り上げた。

 互いの設計や作業を見て参考にしたわけではないのだが、二本は非常によく似ている。外見は基本に忠実で、奇をてらったところがない。柄頭は半球状、杖先に至るまでわずかに先細りテーパーしており、反りやねじれはなく真っ直ぐで、術者の性格が反映されているようにすら思える。径はやや細めだが、長さはキャロルのつま先から肩に至る高さと同じくらいあり、他の導師のものと比較すると明らかに長い。聖布を巻いてしまえば、外見ではほとんど区別がつかなくなる。

 大きく異なるのは、素材と中身だ。

 ポールは本体に硬い樫を、コアには火竜サラマンダーの角をそれぞれ選んでいる。どちらも豊富な魔力を持つ導師向けとされる素材だ。一方、バーニィが選んだのは天然の桐と雷獣のヒゲである。術者の強力な魔力を受け止められるコアを選びつつ、小柄な彼女でも扱いやすいよう軽くする配慮がなされている。

 いずれにしても、杖の真価は、実際に魔法を発現させてみないとわからない。最終的な杖の仕様は、司祭長を始めとする教会のお偉方の立ち会いのもと、公試を行って決める運びとなった。

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