2. 杖職人の苦悩

2.1 心して聞いていただきたい

 杖作りを担う工房は多かれど、特級資格を持つ導師を相手にできるところはどうしても数が限られる。国全体を見渡したとしても確実に請け負えるのは十ヶ所程度、少し敷居を下げたとしても十五、六ヶ所だろう。この街に限ればボンネビル工房が筆頭で、もう一ヶ所がそれに続くかどうか、といったところだ。

 キャロルの杖の件では競合相手ライバルが早々に手を引いてしまい、調整だの異議申し立てだのを経ることなく、ボンネビル工房の落札があっけなく決まった。杖職人としてその名の高いポールの存在もあるので、前評判どおりとも言える。

 だが、工房内でキャロルの杖を作るのかについては、まだ少々悶着もんちゃくがあった。




「てめぇも大概しつこいなぁ」


 キャロルの杖作りを請け負うと決まって以降、バーニィは毎日のように作業場で父・ポールの説得を続けていた。だが、返事はいつもと変わらない。「俺にキャロルの杖を作らせてくれ」と愚直に問うては、「修行が足りねぇ」「てめぇにゃまだ早い」と返されるばかりだ。

 明確な理由も提示されないまま否定されて苛立つバーニィと、頑なに申し出を突っぱねるポールのやり取りは、今日も堂々巡りに入りつつあった。


「何度も言ってんだろうが。キャロルお嬢さんの杖は、俺が面倒をみる。てめぇはそれを手伝え。特級持ちの導師相手の時は、いつもそうしてんだろうが」

「今回は俺にやらせてくれよ」

「くどい! 俺がやるって言ってんだろうが! 親方のいうことが聞けねぇのか!」


 父に襟首を捕まれて怒鳴りつけられても、バーニィは態度を変えない。ここで引き下がっては、導師になったキャロルの杖を作るという自分の最大の目標は、永遠に遠ざかってしまう。


「親父が最初に特級持ちの導師の杖作ったの、いつだよ?」

「……今のてめぇよりちょっと上くらいの歳だ」

「だったら、俺にもそういう仕事を任せてもらってもいいんじゃねぇのか?」

「歳の問題じゃねぇんだよ!」

「じゃあ経験かよ? 上級の導師向けの杖ならもう何本も作ってる。俺のやり方でも、親父みたいに立派に杖を作れるはずだ」

「わかったような口きいてんじゃねぇよ! この仕事始めて何年も経ってんのに、いまだに絵ぇ描かねぇと作業にかかれねぇってんじゃ、てめぇは死ぬまで五流だ!」

「みんながみんな、親父と同じことできるわけじゃねぇんだよ!」


 図面すら引かずに感覚で仕事を進めてゆく天才肌のポールに対し、バーニィは数字の裏付けを大事にし、設計・製作・納品後の対応まで記録を残しながら進める理論派。口さがない連中に頭でっかちと陰口を叩かれることもあるが、結果を出せばみんな黙るはず、とバーニィは信じている。


「親方、よろしいですか?」


 親と子、師匠と弟子の言い合いにそっと口を挟んだのは、極東の作業着サムエに身を包んだスキンヘッドの職人頭だ。襟元や袖口からは傷跡がちらりと顔を覗かせ、どんな修羅場をくぐり抜けてきたのか想像し得ないほどの鋭い目つきをしているが、声色は至って静かである。


「おう、マサ! てめぇもバーニィにガツンと言ってやってくれよ!」

「自分はただ、一つ、提案をしたいだけです」

「何だよ? 言ってみろや」

「この際ですから、杖を二本作ってはどうです?」


 職人頭――マサの真意がわからないのか、ポールはつっけんどんに先を話すよう促す。


「親方の作と、若の作。両方納めて、キャロルお嬢さんに好きな方を使っていただくんですよ。国一番の杖職人の業物と、売出し中の若い職人の逸品から選べるとなりゃ、教会も嫌とは言わんでしょう」

「……おめぇ、相変わらず、そういうのに頭が回るなぁ」


 自分の腕と感覚に絶対の自信を持つポールは、気に入らない理屈はどんなに正しかろうとも受け付けない。逆に言えば、自分の感性が是と認めれば、どんな提案でも即座に採用する。


「いいだろう、その話乗った。バーニィもそれで構わねぇな?」

「おう」

「決まりだ。マサ、若い衆を二つにわけな。片方は俺に、残りはバーニィにつけろ」

「それはできやせんね」


 何だと、と気色ばむ親方を前にしても、マサは特に動じることもなく首を振る。


「工房を二つに割って競い合わすのは、自分の本意ではありやせん。お二人にはそれぞれ、全力を尽くして杖を作っていただく。不毛な言い争いで時間を費やすことなくね。そう思って、差し出がましいようですが口を出した次第で」


 図星を突かれ、反論の余地をなくした二人をじろりと睨むと、マサはニヤリと口角を上げる。見た相手を安心させる気など微塵も感じられない、刃を裏に秘めた表情だ。


「いつもどおり、職人一同、きっちりお努め果たさしてもらいやす」

「おう、よろしく頼む。つっても、俺がケツの青い若造に負けるわけねぇだろうな。年季の違いってもんを見せてやるよ。せいぜい悪あがきしてみせろや、バーニィ」


 静かだが有無を言わさぬ迫力に内心ヒヤヒヤするバーニィに対し、ポールは余裕の表情だ。がっはっは、と豪快な笑い声を上げながら作業場を後にする。  父の背中が扉の向こうに見えなくなったところで、息子は小さくため息をついた。


「ありがとうございました、マサさん」

「礼を言われるほどのこっちゃありやせん。親方と若は、自分からすれば師匠と弟弟子ですし、工房を離れりゃ親子です。仕事のことで衝突すんのも仕方ありやせんが、二人が言い争うのを見てるだけってぇのも、さすがに気がとがめやす。大仕事の前に余計な問題を抱えるのも良くないでしょう」


 それよか大丈夫なんですか、と続けて切り出されたのは、これから先の話だ。


「相手は国一番の杖職人ですぜ? どう戦うおつもりです?」

「……競い合わせる気ないって言ってませんでした?」

「そうは言いやしたけど、キャロルお嬢さんに選んでもらうにゃ、親父さんの杖を超えるモンを作るってぇのが大前提です。それは若が一番承知でしょう?」


 経歴キャリアではどうあがいてもかなわない父に追いつくために、バーニィは感覚に頼らない杖の作り方、職人としてのあり方を模索し続けてきた。そんな彼を幼少の頃から見守っていた兄弟子がマサだ。


「……俺は俺なりに、杖作りと真剣に向き合ってきたつもりです。やることはこれまでと変わらねぇ。俺のやり方で、キャロルのために杖を作るだけです」

「それがわかってりゃ、自分から言うことは特にありやせん。存分におやんなさい」

「とはいいますけど、マサさんの言う通り、相手は強敵なんですよねぇ」


 ふむ、と考え込んでいた職人頭は辺りをうかがうと、声を落として話し始めた。ただならぬ気配に、バーニィの背中が一層こわばる。


「……ちょっと心して聞いていただきたい」

「なんですか?」

「あくまでも私見ですが……お嬢さんの杖の件、工房の今後にも関わる話になると考えていやす」


 神妙な顔の兄弟子がもたらす話の規模スケールの大きさに、バーニィは戸惑いを隠せない。


「この工房は特級資格持ちの導師御用達ですが、実際に作業にあたってきたのは親方一人です。その次に杖作りの腕が立つのが若ですが、残念ながら上級資格持ちのモンまでしか作ったご経験はない」

「そのとおりです」

「では、もし、親方に万が一のことがあったらどうなりやす?」


 不謹慎とのそしりを受けかねない質問ではあるが、最悪の自体というのは常に頭の片隅においておかねばならない。父も、マサも、そしてバーニィ自身も、いつかは現場から身を引く日が来るのだ。二年前、バーニィの祖父がそうしたように。


「特級持ちの面倒を、誰も見れなくなる?」

「そのとおりです。親方が第一線から下がったあと、杖作りの現場を仕切るのは若ですが、そのときに特級資格をもつ導師と関わった事実がなけりゃ、工房の評判はガタ落ちになりやす。いくら腕が立つ職人を揃えても、人々が工房を選ぶ基準は、やはり過去の実績です」


 話はボンネビル工房の将来に及び始めている。その跡取りたるバーニィが背負うものは、想像以上に大きい。

 弟弟子の顔に浮かぶ一抹の不安を察知したか、マサは励ますように語りかけた。


「急に工房の未来の話をされても困るでしょうが、若、あなたなら大丈夫です。技術自体は、ご老公や親方に引けは取りやせん」


 マサはボンネビル工房の実質ナンバー・ツー。ありがたいことに、彼はバーニィのことを高く買ってくれていた。


「若の場合、経験も実績もこれから積み挙げてゆくもんです。ですが、若いからといって優先的に機会チャンスを与えてくれるほど、世間は甘くありやせん。現役最高といわれる導師のための杖、それを第一歩にして、親父さんやご老公を超える職人を目指しておくんなさい」

「……はい」


 背中を後押ししてくれる兄弟子に一礼したバーニィは、ふと胸に浮かんだ疑問をぶつけてみた。


「マサさん、工房ここの将来のことまで、考えてらっしゃったんですね」

「……極東からこの国まで、いろいろあって点々と流れ歩いて来やした。この街に来て、職人としての腕前を親父さんに買っていただいた。それどころか、自分のような余所者を、職人頭にまでしてくだすった。ボンネビル工房ここはもう、自分の実家みたいなもんです。その将来を案ずるのは当然のことでしょう」


 遠い日々のことを思い出しているのか、どこか懐かしそうにひとしきり語り終えると、マサは自分の作業に戻ってゆく。

 その背を見送ったバーニィは、しばらく自室に籠もることに決めた。キャロルの杖を作るために、手元にある情報をまとめ、足りているものと不足しているものを明確にし、段取りをようにしなければいけない。たとえ父にどやされようとも関係ない。彼の杖の作り方では、作業場で手を動かす前に、どうしても下準備が必要なのである。

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