1.7 それにくらべて、こっちはどうだ

「なるほどねぇ……」

「その気持ちは、わからないでもないかな」


 ひとしきりバーニィの話を聞いたラルフとヴィヴィは、そろって腑に落ちたような顔で頷いていた。

 離れて過ごしていた五年間の間に、導師として最上級の資格を得た幼馴染キャロルと、杖職人として肝心なところの仕事を任せてもらえない自分との間に生じた、見えない溝。それを感じて焦っているのが手にとるようにわかる。

 職人らしく短く刈り込まれた髪に、お世辞にも親しみやすいとはいえないいかめしい目つきに似合わず、バーニィは案外細い神経をしている。その細やかさが彼の仕事ぶりを支えてもいるのだが、ことキャロルの件に関しては完全に裏目に出てしまっている。


 ――難しい男だなぁ!


 あるいは、


 ――ちょっと面倒くさい!


 とつい思ってしまっても、そんな素振りを見せるような二人ではない。上手いことバーニィを乗せておだてて本音を聞き出しにかかる。


「純情可憐な幼馴染は最高資格持ちの導師様」

「魔法の腕は超一流、おまけに竜騎士隊すら舌を巻く飛竜使いライダー

「男なら誰でも振り向かずにはいられない、可愛さと愛くるしさを標準装備」

「同じ女なのにここまで差がつくと、もはや嫉妬すらしないかな……」


 夫婦かよ、と言いたくなるくらいに息ピッタリのやり取りを、バーニィは完全に据わった目でじろりと睨みつける。


「特級の導師様が、どんだけのもんかホントにわかってんのか? 特にラルフ!」

「そもそも、魔法を使うってだけで十分すごいと思ってるけど……」

「甘ぇ! 熟しすぎた果実のような甘さだ! いいかよく聞け!」


 酔っ払っているせいか、バーニィの口もいつもよりなめらかで、妙にスラスラ言葉が出てくる。御高説の拝聴と決め込んだ友人二人だったが、


「なんだよ、急に声小さくしやがって!」

「いいね、秘密のお話? そういうのは嫌いじゃない」


 声の調子トーンを急に落とされてしまい、思わず拍子抜けする。

 神妙な面持ちのラルフと、どこか楽しそうな声色のヴィヴィ。顔を寄せてきた仲間二人を一瞥いちべつしたバーニィは、酔って真っ赤な顔のまま、重い口調で語り始めた。


「修行してた頃に、訓練用の杖を大破させたことがあるって、立ち話で聞いたんだよ」

「そりゃ、穏やかな話じゃないね」

「ごめん、それ、どれくらいすごいのかな?」


 神妙な面持ちで眉を寄せた竜騎士と、疑問を率直に口にした女バーテンのために、工房の跡取りは酒精に浸りきった言語中枢に活を入れて説明する。


「俺もぶっ壊れた杖の現物を見たわけじゃねぇからなんとも言えねぇけどさ、話に聞いた限りだと、担当の職人が修理ができねぇ、新しく作り直したほうが早いってさじを投げたらしいんだよ」

「でもそれって、修行時代の話よね? 当時使ってた杖が粗悪品だった、ってことはない?」

「導師の訓練で使う杖にも規格ってもんがあんだよ。結構ちゃんとした杖だから、普通に使って壊すなんざ土台無理な話だ」


 ここで「あいつのことだから酔っ払って振り回してぶっ壊したに違いない」と誰も言い出さないあたりが、キャロルの穏やかな人柄を表している。


「でもなぁ、バーニィ、キャロル先輩は特級資格持ちだよ?」

「そうだよ。すごい魔法を使うから杖が傷む、ってことはないの?」


 ボンネビル工房に限ったことではないが、彼らが請け負うのは導師の杖や騎士団の武器防具の新規製作だけではない。訓練などで生じた破損の修理メンテナンスや定期的な分解整備オーバーホールが収入の大半を占める時期はもちろんある。バーニィも定期的に導師たちから意見を聞き、杖の調整と修理をしているのだ。


「強力な魔法を使える導師の杖ほど、こまめに整備しなきゃなんねぇ、それは確かだ。でも、使い手が普段からちゃんと杖を手入れして、何か異常があったら専門家に見せれば一生使える。親父もじいちゃんもそうしてきたんだ、間違いねぇよ」

「キャロル先輩に限って、そういうのを怠るとも考えにくいしね」

「材料に重大な欠陥があったとか、杖を作る工程で問題がでたとか……そういう可能性はないのかい?」

「そのへんもひっくるめて規格が決まってんだよ。基準を満たさねぇものが現場に持ち込まれることはねぇ。それに教会直々の完成検査もあるんだ。明らかに欠陥がある杖は、そもそも導師のところにゃ届かない」

「だとしたら、なぜ、キャロル先輩は杖を壊したんだ?」

「知らねぇよ、モノを見たわけじゃねぇんだから」


 バーニィの返事は、言葉だけ抜き出せばあまりにも乱暴だ。だが、それは彼が若くして修業の道に入り、今や杖作りの専門家エキスパートと称して差し支えない立場だからこそ、だ。彼にすれば、現物を見ず、前例すら思い当たらない状態で原因を断定するほうが無理というものだ。

 未知数の力を持つ新人導師は、いかほどの性能の杖を要求するのか。彼が作った杖が彼女の技量に答えられるか否かは、蓋を開けてみるまでわからない。自分がそれに相応しい職人か、自信という天秤は大きく揺れ動いていた。

 そんな戸惑いを振り払おうと、少し強いグラスの中身を飲み干したバーニィだったが、もう分水嶺ぶんすいれいを越えていたらしい。すでにここではないすこし遠い何かを見るような目をし、重いため息をついていた。


「それにくらべて、こっちはどうだ」


 ――この兆候はまずい。


 友人二人がそう思ったときには、もう遅い。バーニィはがっくり肩を落として俯いている。


「キャロルはそんだけすごい導師になって、ウチの工房に杖を頼みたいとまで言ってくれたのに、俺の方はこんな調子だぜ……」


 ラルフは目を覆って天を仰ぎ、ヴィヴィは困ったように苦笑いを浮かべる。  バーニィは大人しい酒飲みだが、今日のように変なスイッチが入ってしまうことがたまにある。こうなるともう、いじけモード一直線。なだめるのが大変だ。


「昨日もそれで親父と揉めたんだよ……。特級の導師相手の杖を作らせてくれって何度言っても、てめぇにゃまだ早ぇの一点張りでさ」


 全く手がかかるやつだね、とラルフはバーニィに向きあう。

 外野の意見をまとめると、ボンネビル工房の跡継ぎの評価は、おしなべて良好。国一番の杖職人と称される祖父と父に鍛えられているだけあって、杖職人としての評価も高い。工房で腕を振るう他の職人たちの背中をみて育っており、板金加工から武器防具の調整に至るまで、工房で扱うものは一通り手がけられるというのも彼の長所である。

 一方で、若さゆえにその腕前を不安視する層がいるのも事実だ。ベテランと称される者ほど、その傾向は強い。同じ道を歩む先達と比較されてしまうのはしかたがないとはいえ、杖職人としての覚悟も自覚も経験もなにもかも足りないというのは、もはや言いがかりの域である。

 普段はその悪評を気にしない素振りをしているバーニィだが、深酒をするとつい、本音を漏らしてしまうこともある。面倒といえば面倒だが、ラルフとヴィヴィも長い付き合い、こんな時どうすればいいかは、よく知っている。


「お前が調整してくれた武器は、騎士団の間でも評判がいいんだ。新入りからベテランまで、きちんと性能を引き出せるようにやってくれてるじゃないか」

「ラルフに賛成。ウチの店に来る若い導師様たちも、バーニィの作る杖は使いやすいって言ってた」

「それは俺の作るもんに突出した性能がないってことじゃねぇのか?」

「何言ってるんだバーニィ。何でもこなせるヤツは強いぜ?」

「そうだよ。あんたはあんたのできることをやんなさい」

「もっと胸を張れ、我が道を行け若人わこうどよ! ってね」

「あんたたちと同じ年だっつの……」


 ラルフのバカ力で背中をぶっ叩かれたバーニィは咳き込むが、ひとしきり落ち着いた後は、さっきよりマシな顔に戻っている。今夜はどうやら、励ましが効いたらしい。


「ようし、今夜は飲むぞ! ヴィヴィ、もう一杯たのむ!」

「毎週何かにかこつけて飲んでるじゃない……。バーニィはどうする?」


 弟を見るような温かい眼差しを向けたバーテンダーに、バーニィは空にしたグラスを差し出す。


「よろしく頼む」

「ん、了解。ちょっと弱いのにしとくよ」


 先程まで据わっていたはずのバーニィの目つきは、いつしかトロンとしたものに変わっている。もうそろそろ彼も看板かな、と察知したヴィヴィは、キャビネットからとっておきの炭酸泉水ソーダを引っ張り出し、彼のための締めの一杯にとりかかるのだった。

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