1.5 いらっしゃい
大いなる志を胸に旅立った少女が、卓抜した才を認められ、導師として最高の称号を手に帰ってきた――。キャロル帰郷の報は、ほぼ一日で街中に伝わった。
教会内部で何らかのやり取りもあったのだろうが、そんな台所事情は外聞の人間にすれば
そんなものだから、聖堂で実施された新人導師のお披露目は大いに盛り上がった。民衆はどこに隠していたか理解に困るくらいの熱量で
最初こそ予想以上の歓迎ぶりに戸惑っていたキャロルだったが、今はきっちりと気持ちを切り替え、浮足立った様子もなく、導師として日々の仕事と訓練に
一方、バーニィ自身も日々の仕事に追われている。
彼と父、あるいは祖父との決定的な違いは、本職の杖作りにとらわれず、必要と思えばどんな作業でもやることだろう。手が空いていれば
そんなバーニィの楽しみが、安息日の前の酒場通いだ。一週間の仕事の終わりに馴染みの酒場に行き、仲間と杯を傾けては、ときに真剣に議論し、ときにバカ話で盛り上がって楽しむのである。
彼に限らず、憩いの場として酒場を選ぶ者は多い。朝晩問わずに飲んだくれている不届き者もいれば、日を決めて通う者、辛いことと憂き世を忘れたいと杯を仰ぐ者もいる。理由も動機も習慣も様々だが、酒場が人々の交流の中心に位置し、機能していることだけは紛れもない事実だ。
「おう、来たね、若旦那!」
バーニィが静かに行きつけの酒場のドアを開けると、奥のカウンターで一人の男が手を振っている。
手元のグラスが小さく見えるほどの巨躯に似合わぬ子供っぽい仕草は、紛れもなく酒のせい。見かけと行動の
「もうでき上がってんのかよ、ラルフ。今日はずいぶん早いんだな?」
「午後の訓練が早く終わってね。定時上がり万歳!」
何がおかしいのか大口を開けて笑いながら、大男――ラルフはバーニィの背中をバシバシと叩く。
後ろで縛った
「ラルフ、うるさい」
「ごめん、ヴィヴィ!」
「私の話、聞いてる……?」
カウンターの向こうでラルフの声量に顔をしかめるのは、この店の看板娘兼バーテンのヴィヴィだ。スラリとした長い足で黒のタイトなパンツを履きこなし、シャツの上から黒のベストを身につけたその姿は、黒の
「いらっしゃい、バーニィ。いつものでいい?」
「よろしく」
ヴィヴィは細い指で器用にマドラーを踊らせ、グラスに満たされた氷と
「
「ありがとう」
南国からはるばるやってきた行商人のもたらした、わずかに青さが残る早摘みの
「いいなぁ。僕にもサービスしてくれよぉ、ヴィヴィ」
「あんたが好きな
「それじゃ飲んだ気しないんだよねぇ」
客の頼みをクールにすげなく断るヴィヴィに、情けない顔をするラルフ。二人を横目にみながら、バーニィはそっと杯を傾ける。学舎に通っていた頃から付き合いの続く大切な友人たちと時間を共有するというのは、彼にとって何物にも代えがたい楽しみなのだ。
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