1.2 みんなには内緒だよ
「……キャロル、帰ってきて早々こんなこと言うのもなんだが、俺のこれまでの苦労はどうなんのさ?」
空から急降下してきた幼馴染との再会というのは、絵面だけ見れば
「ああ、それはごめんなさいね……大丈夫、力を貸すわ」
お姉さんにまかせなさい、とばかりに胸を張って宣言すると、キャロルは小さな気合の声とともにオスカーの背に飛び乗り、幼馴染に向かって手招きする。
「ほら、何ぼやっとしてるの? こっちにいらっしゃいな」
彼女に言われるがまま、オスカーに近寄るバーニィだったが、あと数歩のところでどうしても歩みが鈍る。いくら
「大丈夫、この子は優しい
「そうは言ってもなぁ……」
馬や牛を
「オスカー、この人は大丈夫。危ない人じゃないよ」
「いい名前だな。俺はバーニィ。よろしく頼む」
竜が人の言葉をどこまで解すか、十分な知識を持ち合わせてなどいない。彼にできることなどせいぜい、穏やかに挨拶を交わすくらいのものだ。
オスカーは金色の眼をぎょろりと動かし、バーニィの頭のてっぺんから爪先まで
「一つ手を貸しちゃくれねぇか?」
少しの間、互いの
――
ちらりと覗いた牙を訝しんだ直後、バーニィを突如、浮遊感が襲う。
自分が今どういう体勢なのか理解する時間はおろか、戸惑う暇すら与えぬ早業だった。天地が文字通りひっくり返ったなと思ったときには、背中を何か硬いものにしたたかに打ち付けており、しばらく呼吸を失ってしまう。
静止した世界で、彼の目に映るのはどこまでも青い空と、風にそよぐキャロルの後ろ髪。
「オスカー! バーニィをそんなに乱暴に扱っちゃだめ!」
晴れた虚空に響くのは、キャロルが相棒をたしなめる声。
それを聞いてようやく、筋肉質な上に鱗で鎧われたオスカーの背に放り投げられた、と思い当たった。手荒な歓迎ここに極まれり、である。
「こりゃ仲良くできそうだ」
「ごめんなさい、この子、ちょっと今日は虫の居所が悪いみたい」
――今回はキャロルの顔を立ててやるよ、感謝しな。
そんな言葉の代わりに、オスカーは鼻を鳴らす。どこぞの馬の骨から姫を
「……べつにあんたが悪いわけじゃない」
バーニィとオスカー、二人の間に横たわる問題は、キャロルがわざわざ板挟みになって思い悩むことではない。これから互いの理解をしっかり深めていけばいい話なのだが、言葉の通じない相手にどう接していくかは、ちょっと考えていかなければなるまい。
「それはそうとキャロル、力を貸してくれるって何のことだ?」
「そうだったね。じゃあ、しっかりつかまって」
「え、ちょっと、キャロル?」
手をつかまれたバーニィはなされるがまま、前に座るキャロルの腰に腕を回す。その細さとしなやかさ、髪からほのかに揺れる香りについドギマギしてしまうが、
「飛ぶよ!」
相棒に呼びかける淑女の声とともに、そんな不埒な考えは空の彼方に吹っ飛んでしまう。
二人を乗せ、主人の意を忠実に汲んだオスカーは大きく翼を動かし、あっという間にその身を工房の二階相当の高さまで打ち上げる。
いくら
一方、キャロルは慣れたもので余裕の表情。上手く手綱を取りながら、どこか楽しそうに声高らかに相棒をけしかける。
「やっちゃって、オスカー!」
彼にとって、翼ははためかすものではなく振り抜くものらしい。力強い羽ばたきはバーニィが体感したことのない大気の流れを生み、奇妙な光景を作り出す。
猛然と地面を舐める風が押し流すのは積もった雪だけだ。工房の窓硝子が震えることも、庭に植えられた木々が揺れることもない。
怖気さえ覚える違和感にあふれた光景を、バーニィはただただ、言葉もなく眺めている。
「これくらいでいいかしら?」
暴風が治まった後、自信満々の笑みとともに、キャロルは肩越しに振り返る。
その向こうに見えるのは、周りの小道、庭、屋根に至るまで雪が取り払われ、すっかり元の姿を取り戻した工房の建屋だ。
雪だけを吹き飛ばしてみせたのは間違いなく、魔法の力。だが、キャロルは魔法を使うための
「なあ、キャロル」
さっき魔法を使ったのは、もしかして――。
カサついた唇に押し当てられた、キャロルの人差し指。その柔らかさと伝わる温もりはバーニィの頭を沸き立たせ、疑問と思考をとめどなく揮発させる。
「魔法の力を持つのは私だけじゃないかもね……とだけ言っておくわ。みんなには内緒だよ?」
大多数の人々がキャロルを「優等生」「いい子」と認識しているが、バーニィに言わせればそれは彼女の一面に過ぎない。子供の頃は人並みに
「口止め料……ってわけじゃないけど、お家まで送ってあげるから、それでおあいこね」
「送る?」
「行くよ、オスカー!」
バーニィの心に、彼女との懐かしい思い出が徐々によみがえりつつあったが、それに浸っている
キャロルの命令に忠実に従ったオスカーが見せる、全力の加速。風景がこれまで体験したことのない歪み方をするや否や、後方へ流れてゆく。
「飛ばすよ、バーニィ! もっとしっかりつかまって!」
これほど嬉しい申し出もないが、自宅にたどり着くまでの数分の間、未知の加速度と振動が終始体と脳を揺さぶってくる。それに耐えるのが精一杯で、可愛いあの娘との
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