第2話 真の姿

「白Tにデニムなのは見逃してください、ゲームのユーザー登録ン時、メアドとかじゃなくてSNS連携でもオッケーだったから、FBのアカ使ったんです。そしたらゲームのアバター解くとFBのアイコンにしてた、去年キャンプに行った時の写真の姿になっちゃって」


 婚約者である姫騎士・ローゼッテは……否、先程までローゼッテだった青年は、赤い顔をしてあたふたと説明した。けれど、彼の話に出てくる単語を、私は半分も理解出来なかった。

 彼はしばらく身振り手振りを加えつつ、今の自分の姿が麗しの姫騎士とはほど遠いことへの弁明を続けていたが、諦めたのか、大きな息をついて項垂れた。


「……てか、言い訳したって仕方ないよな。すみません、正体がこんな、ごくごくフツーの大学生の男で……」


 いたたまれないといった顔で、しんみりと詫びる彼。

 私は、なんと返答していいか、答えを見つけられずにいた。


 歳は、恐らく私よりふたつみっつ上……二十歳前後といったところか。

 背丈も私より高く、すらりと映える長身だ。

 顔立ちも決して悪くない、むしろきちんと身だしなみを整えれば、結構な美丈夫ではないだろうか。鼻筋も通っているし、目も眉も形よく凛々しい。

 何より、声が。

 低く心地よく響く中に、柔らかな甘さがあって、耳から胸にすっと沁み入る。


 彼は自身が卑下するほど見栄えのしない容姿ではなく、自分ではその魅力を低く見積もりすぎではないかと感じられた。


「そなたがローゼッテ……なのか?」


 静かにそう問うと、彼は複雑な顔でひとつ頷いた。


「……騙しててすみません。これが、本当の俺です。だから、陛下の妃には――嫁にはなれません」


 夜風が私達二人の間を音もなく過ぎる。いつの間にこんなに冷えていたのだろう。月はとうに高い。


「俺は、陛下を利用していたんです。魔王を倒すのに、国王の後ろ盾があった方が何かと便利だから。結婚の約束したって、どうせ魔王さえ倒しちゃえば、そのまま元の世界に帰れるから、って。……でも、帰れなかった。魔王を倒してゲームクリアすれば全部終わるって、東京に帰れるって、そう思ってたのに……俺はまだ、ここにいる」

 衝撃的ではないと言えば嘘になる。美少女から青年へと姿を変えた婚約者。既に口調も取り繕う様子を見せず、もはや自暴自棄といったところか。


 けれど私は、彼を憎む気にはなれなかった。


「……おもてを上げよ、ローゼッテ」


 そう告げると、ローゼッテだった男は項垂れていた顔をゆっくりと上げた。大きく揺れる、子犬みたいに潤んだ瞳。確かに、ローゼッテの面影が感じられなくもない。


「そう気に病むな、私とて立場上求婚した部分が大きい。考えても見よ、国を挙げて討伐隊を組んでも倒せなかった魔王軍を打ち倒した姫君がいて、脅威に感じない訳がない。そなたとの婚姻は、そなたの強大な力をこの国に縛り付けておくためのものだ」


 私の言葉に、彼は目を見開いた。

 まさか、求婚してから今日まで、気付かなかったというのだろうか。それでは余りにお人好しが過ぎる。


「ローゼッテよ。そなたの欺瞞は罪には問うまい。その代わり、私の問いに3つ、答えよ」

「っ、はい!」


 慌てて声が上ずる彼に、私は静かに、ひとつめの質問をした。


「ローゼッテよ、そなたの真の名はなんと申す?」


 引き締まった顔で、彼が私を見つめ返す。


「ローゼッテが仮の姿であると言うなら、そなたには本当の名があるのだろう?」

 

 そう尋ねると、彼は口早に答えた。


「沢峰です。沢峰穂高さわみね ほだか……です」

「それは、どちらが姓なのだろうか? 私は、何と呼べばいい?」

「沢峰が苗字です、だから……穂高、と呼んでもらえれば」

「ホダカ。ホダカか……良い響きだ」


 微笑んでそう告げると、ホダカは呆気にとられて息を呑んだ。まさかホダカは、素性を探られて拷問を受けるとでも思ったのだろうか? それとも、幽閉されるとでも?


「では、次の問いだ。そなたは『魔王を倒せば全部終わると思った』と申していたな。『元の世界に戻れる』と。それは、どういうことだ?」

「はい、それは……なんて説明したらいいかな」


 ホダカはしばらく考えてから、私にも伝わるように、言葉を選びながら語り始めた。


「俺は、この世界とは別の世界に住んでいる、平々凡々な大学生でした。それがある日、事故に遭って。死んだと思った次の瞬間、眩しい光に包まれて。気付いたらここ、クエンタ王国にいました」


 それは、いつ頃の事だろう。気になりはしたが、話を遮ることはせず、ひとまず彼の話すに任せた。


「どうやったら元の世界に戻れるか、いろいろ試したし調べようともしたけど……何も手掛かりはなくて。そこで思い出したんです。映画とか小説……じゃなくて、えーと、演劇や書物では、こういう時、敵を倒せばゲームクリア……じゃなくて、その、目的達成したということで、元の世界に帰れてたな、と」

「ふむ、つまりそなたは、使命を遂げたら帰還できるものと考えていた。それが魔王討伐だった、と」

「……そういうことです」


 成程、少しずつ話が見えてきた。要するに。


「そなたの望みは、故郷に帰ること――なのだな?」


 一瞬肩を強張らせると、ホダカはぎゅっと唇を引き結び、ゆっくり、大きく頷いた。

 成程成程、それならば。


「相分かった。ならば我が国が一丸となり、そなたが『元の世界』へ帰るための手助けをしよう。情報を集め、旅を支え、敵があらば討つ。いかがか?」


 私の提案にホダカはあんぐりと口を開けて私を見た。なめらかな額に小さな汗の粒が浮かぶ。


「は!? いや、そんな事してもらうなんて、だって俺は、陛下を騙して」

「如何様な目的であろうと、そなたが魔王を倒し、この国を救ったのは紛れもない事実。ホダカよ、我が国の恩人であるそなたを支えずして何が王か。何より――私が、そなたの力になりたい。それは許してくれるか?」

 ホダカの目が大きく見開かれた。光が揺れて、潤んだ瞳からぽろりと涙がひとつ零れる。


 ああ、彼は、どれだけの孤独を味わってきたのだろう。


 『別の世界』というのがどのようなものか、私には想像もつかない。

 けれど故郷へ帰るため、彼は一人、命懸けで戦ってきたのだ。

 仲間が出来ても、友がいても、ここは自分の世界ではない。

 『この世界』で、一人きり。


 そうだ、こんな女性だった。私の知る「姫騎士・ローゼッテ」は。


 招集された冒険者達の中にあって、彼女には常に違和感があった。

 「浮いている」――と噂されているのを耳にしたことがある。

 宮廷で知り合いが増えても、旅の仲間が集っても、いつもどこか――ここではないどこかに心を置いているような、不安定さを纏っていた。

 明るく朗らかで、時折ややもすると不遜で、大臣達からは無礼者として監視の目を向けられていたが、私はそんな彼女と会談するのが楽しみだった。他の冒険者達の様に前線の様子や侵攻状況、魔物についての分析なども勿論報告されたが、それより彼女は、どこの街の料理が美味しかったとか、どこの岬からの景色が絶景だったとか、まるで友人のように旅の思い出を話してくれた。長引く戦の日々で神経をすり減らしていた私にとって、美しい景色や温かい人々の話、そして楽し気に語る彼女のきらきらとした瞳は、「まだこの国を諦めたくない」「この地に生きる人々を守りたい」と思わせるに充分だった。

 いつしか、ローゼッテの帰還を待ちわびる私がいて。

 その明るい笑顔を、ただ見たくて。

 時折見せる寂しげな表情に、彼女が砕けてしまう気がして、その肩を支えたくて。


 ああ、そうだ。

 国のために、平和のために、彼女に求婚したけれど。

 沢山の冒険者の中で、そうしたいと思ったのはローゼッテただ一人。

 私が、彼女を妃に迎えたかったのだ。


「さて、ホダカよ。残る最後の質問であるが」

「っ、はい!」


 ホダカの表情には先程よりも明るさが戻っていた。ぎこちなく微笑む彼に、私もにっこり、笑顔で告げた。


「私としては、やはりローゼッテを妻にしたい。それについて、ホダカはどう思われるか?」

「…………は?」


 涼しい夜風が、ホダカの短い黒髪を揺らす。

 時が止まったかのように、ホダカはその場に固まった。

 しばらくそのまま待ってみたが、ぽかんと開かれた彼の口から、その晩はとうとう返事を聞くことは叶わなかった。

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国王なので魔王を倒した姫騎士を妃にしたいが「あたくしは異世界転生して5000兆円持ってるチート冒険者だけどアバター解除したらただの男子大学生ですわぞ」等と意味不明な発言をしているし語尾もおかしい おいしいホットドック @hotdog_icecream

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