第1話 『ちーと』な姫騎士

 始まりは二年前。

 我がクエンテ王国国王――父上が、遠征中に魔族に襲われ、命を落とした。

 それは魔王による、宣戦布告だったのだ。


 まだ16だった私は父の喪が明けてすぐ即位したものの、宰相らに言われるまま、支えられるままの全くの役立たずだった。

 多くの兵を差し向け、沢山の命を失った。

 対応と状況把握が遅れ、いくつもの地方都市が壊滅した。

 農地や漁場への支援が足りず、経済破綻と多数の失業者を生むこととなった。


 刻一刻と悪くなる状況下で、私は自らを呪った。

 こんな事なら、父上の敵を討って自身も死んでしまえば良かった。

 父上ではなく、私が襲われれば良かった。


 半ば自棄を起こして投げやりに承認したのがギルドから提議された『冒険者出兵制度』だ。皮肉なことに、これが思いもしない大成功を収めた。



 魔族討伐を志願する冒険者は多かった。

 彼らは兵士のように訓練をつける必要がなく、即戦力としてすぐに効果を上げた。

 倒した魔族の強さと数に応じて報酬を与えたため、強い冒険者は強い魔族を、駆け出しの冒険者はそれなりの魔族を倒す「棲み分け」が確保できた。また、報酬受け取りを「ギルド本部」と指定することで否応なく彼らを首都に呼び寄せ、そこで各地の様子や戦況など、リアルな情報を集めることにも成功した。めざましい活躍を遂げた者には王宮での謁見も許可し、直接話を聞いた。


 そんな風に出会ったのが彼女――姫騎士・ローゼッテだ。


 若草色の豊かな髪に、きりりと形のいい目、澄んだ瞳。瞬きしたら音がしそうなほど長い睫毛。

 豊満な胸を包むのは純白のレースと金色の鎧。

 この「ドレスと甲冑を組み合わせた格好」は最初こそ違和感を覚えたが、姫騎士にはよくある姿なのだと後々知った。そもそも「姫騎士」という存在自体、魔王襲撃以降に生まれたものであったが、各地の領主や豪農の子息が、己が故郷や肉親の敵を討つために騎士として冒険者の仲間になる事案は増えており、その中に女性が含まれても何ら不思議ではなかった。


 彼女は強かった。


 誰も倒せなかった邪竜を仕留め、長らく囚われていた村人達を救い、実在すら疑われていた伝説の魔術師をどう説き伏せたものか仲間に加え、世界中に数本しかないと言われている希少な≪真実の銀ミスリル≫製の長剣を携え、神に認められた者しか出会えないと言われている翼馬を乗りこなした。まさに、奇跡としか言いようがない。




「ですから、それが『チート』ってヤツでございますわ」


 しみじみと二人の出会いを振り返っていた私に、口ごもりながらもローゼッテが答えた。


「『ちーと』……というのは、『神の意図しない方法で力を手に入れる』、という意味だったな?」

「そうですわ。ゲームの運営が見落としてたバグを使って俺TUEEEしようとしてゲーム内通貨を5000兆円手に入れましたの。伝説の魔術師・オドラデクを仲間に出来たのも、天井すら設定されてないクソ渋ガチャを出るまで回した結果ですわ」


 くそしぶがちゃ。またしても聞いたことのない用語が出てきた。

 けれど、逐一用語解説を頼んでいては話が全く進まない。私はひとまず、細かい説明は後で受けるとして、ローゼッテの語る「核心」を聞くため、ここは黙ることにした。


「だから、陛下。あたくしは勇者なんかじゃないのですわ。陛下が思うような立派な人間じゃない。ただのチート野郎ですの。……妃になんて、なっていい人間じゃないんです」


 祝賀会はまだまだ終わる気配を見せず、沢山の笑い声と楽隊の奏でる音楽が宮殿から流れてくる。私達は庭園にある池のほとりの東屋に座り、水辺のひんやりした風を受けながら、各国の賓客に構うことなく、二人だけで過ごしていた。

 一国の王と、世界を救った勇者。

 しかも、婚約者同士。

 世界を救った暁には、結婚する約束をしていたのだ。そんな二人が宴を離れて密会していたところで、立場的にも状況的にも、邪魔するものなど誰もいない。

 蛍がふわりと浮かんで消える。星が瞬いて彼女の瞳を照らす。

 ああ、なのに。


「……つまり、私は、振られてしまったと。そういうことかな」

「いや、振るも何も、そういう話じゃなくて!」


 悲しく囁いた私に、ローゼッテが慌てて両手を慌ただしく振る。


「陛下は何も悪くないんです! 別に陛下がキライとかそーいうんでも無くて! ただ、あたくし……いや、『俺』は、住む世界が陛下と違うんです!」

「身分のことか? それなら、気に病む必要などなく、魔王討伐という誰も成し得なかった功績によって立身はいくらでも……」

「だからそうじゃなくて~~~~!!」


 顔を真っ赤にして髪をぐしゃぐしゃと掻きむしるローゼッテ。ふわふわと美しい新緑の髪を、そんな手荒に、勿体ない。


 彼女は大きなため息をつくと、なんと説明すべきかしばらく唸った。私はただ、じっと彼女の言葉を待った。

「……あたくしは、ここではない別の世界から来たんです。ローゼッテというのも本名じゃない。この姿だってニセモノで、それどころかホントは女の子ですらない」


 そういわれても、確かに目の前にいる彼女は美しさと愛くるしさを併せ持った大変綺麗な少女で、豊満な胸も、細くくびれた腰も、女性の体としか思えない。

 私が反応に困っていると、ローゼッテは俯いてしばらく考え込んだ後、意を決したように顔を上げた。そして真っ直ぐ私の目を見た。


「陛下。よーく見ててください。これが、あたくし……じゃなくて、『俺』の、本当の姿です」


 言うなり彼女はすっくと立ちあがり、すうっと深く息を吸った。

 宙に魔方陣を描くような仕草で、素早く人差し指を動かす。

 刹那、まばゆい光が彼女の全身からあふれ、私はあまりの眩しさに片手で顔を覆い、強く目を閉じた。



 あたりを包む光の暖かさと、星が降る時のようなきらきらとした音が止むと、私はそっと瞼を開けた。


 居ない。


 つい先程まで私の目の前にいたローゼッテがどこにも居ない。


 純白のドレスに金の甲冑、若草色の長い髪をなびかせた美しい少女の姿はなく。

 白い肌着に青いズボン、黒髪を短く切り揃えた、私よりも年上の青年が、居心地悪そうに目を逸らして立っていた。

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