胸に、彼女の名が刻まれた(物理的)

阿修羅

第1話

 普通とはなんだ。


 ふと、俺は思った。


 普通とはそこそこの成績を取る。関係良くも、悪くもない友達を作り、特に誰も好かれず嫌われずにいて、そういうどこにもいる人間のことだった。


 俺もその普通の一員に含まれると、疑わずに信じていた。――あの女が現れるまでに。




 ▽




「おい、“体に刻み”今日は転校生が来るらしいぞ。情報によると超がつく美少女らしいだぞ」


「? ギャルゲーみたいな設定はさておき。俺の名前は空田刻そらだきざむだ。変な助詞を入れて呼ぶな」


 俺の苗字は空田そらだで、名前はきざむ

 小学校のとき漢字を思えばかの友達が「からだ」に呼び間違えった後、様々な称号が生まれ出された。特に“体に刻み”というニックネームだった。

 高校生になって誰も知らない高校へ入っていたというのにそんなあだ名を呼ぶ人は絶えない。もはや修正不可能の境地へ至った。

 しかし、これも一つの普通であって平和の証と、認めていた。

 そんな俺の態度に、友達の佐藤はつれないな~って顔をしていた。


「つれないな~刻ちゃん。体に、刻まれちゃうぞ~~」


 うっざっ!! もう殴ってもいいのか。いいよね。誰も文句言わないよね。 あ、先生が言うわい。やっぱやめようか。だから少しでだけ注意しておこう。


「これ以上言うと殴るぞ」


「殴る前にいえっ!!」


 あ、いけない、私ったらいつの間に手を出していたからし?

 肩が殴られた佐藤は殴られたところを抑えて、痛いよと訴える。佐藤とこうやってしばらく他愛ない話をHRまで続いた。

 もし、この時、これが最後の平和と知たのなら、果たして俺は今のように笑っていられるのだろう。




 クラスのみんながきゃきゃうるさい時間が終わり、いよいよ一日の始まり、HRが始まった。

 ハイヒールを履いていた先生が靴の音を鳴らして教壇の上に立つ。長い黒髪は後ろに綺麗に纏め、身も綺麗に整理したスーツを着ている。少しずり上げた目は凛とした雰囲気が漂ってくる。

 彼女は白木ひかり(しらきひかり)、普段は姿通り厳しい先生だが、なぜか一部の生徒に好かれている。

 厳しい先生に転校生、そして佐藤の様な友達がいた。もし学校の名前はなんちゃら学園のなら、もうここはギャルゲーで言っていいよな。

 あ、我が学校名は風森鳳生学園かぜもりほうせいがくえんだ。


「噂を聞いた人もいると思ったが、今日、この二年C組に一人の転校生が来る」


 先生が入れと言っていると、外で待機していた生徒が扉を開いて教室の中に入る。

 160センチ髪が腰に届く少女がゆっくりと先生の隣に歩んでいく。

 長い髪はそよ風と共に空に舞い、朝の綺麗な空気に、百合のような知らない花の匂いが混ざり始め、教室を充満していく。

 薄い匂いだけれど、確かにみんなに伝わっている。男子は顔を赤く染め、女子も彼女の姿を見惚れている。


「こんにちは、私は今日でみんなのクレスメートになる深愛キリリ(しんあいきりり)です。よろしくお願いします」


 黒板に名前を書いて、綺麗な声で礼儀正しく挨拶をする。

 どうしよもなく綺麗で、高嶺の花見たくて高貴な姿はまるで天使のように見えている。


「では、君の席は空田の後ろ、窓席の最後尾だ。仲良くやれなお前ら。んじゃ今日のHRはここだ」


 自分勝手に言い終えた先生は教室から出ようとしている時、彼女は何かを思い出すかのように立ち止まった。


「あ、そうだ。今日私の古典授業は小テストあることを忘れんなよ」


 そして、先生はまた言いたいことだけ言って教室から出た。

 残された生徒は悲鳴をあげ、本を出して慌てて勉強し始めた。

 みんなの意識の中にはもはや美少女転校生のことを忘れ、勉強に没頭していた。

 そりゃそうだ。白木先生のテストで赤点を取ったものは、終わらない宿題が出される。それならまだしも、重要なのはテストの問題は難しく過ぎて、いつも赤点を取る人大勢に存在する。

 しかし、そんな地獄絵図のような空間に、深愛キリリは教壇から降りて、ゆっくりと先生に指定された席へ歩いていく。

 それだけで、教室の空気は変っていた。彼女が通った場所は静かになり、やっがて教室のみんなに伝わった。

 そして、彼女は席につく前に、俺の席の隣に立ち止まって、前かがみして俺の顔を覗き込む。


「久しぶりですね。刻くん」


 ……


「一年の修業式以来ですね」


 言うな、


「あ、正確に言うと63日14時間と53秒ですね」


 思い出させるな、


「どうして、私から逃げられたの? 私の愛は伝われなかったのかしら?」


 全てを飲み込むような眼で見るな、


「もう一度、刻み込みましょうかね。うふふ」


 ……あの日の事、思い出してしまうから、




 〇




 小学生の時、俺は普通のように、脇役のように、クラスの中心人物の友達として隣にいた。他のみんなと同じ、俺は中心人物の周りで笑って話を聞く、遊びの時も当たり前のように付いていく、公園で遊ぶの時も、校外授業の時も、帰る時も、俺はみんなと一緒に脇役のように彼女の隣に付いている。

 しかし、こうも一緒にいる時間が多くても、俺たちが話すことは殆どなかった。なぜなら彼女はクラスの中心人物、学校一の美女。周りは常に5~10人がいて、脇役一人の俺が話す機会は殆どなかった。二人になることも一度もない。俺は本当の、ただの脇役のように、無意識でやっていた。


 ――だけど、それこそが、俺が犯した過ちの始まりだった。




 ある日俺はいつものように遊びに誘われ、彼女の家へ行った。


 ――しかし、


「ううぅぅんんうううぅぅぅっっ!!」


 俺は縛られた。

 あの日、彼女を誘ったのは俺一人しかなかった。何も気づいてない俺はまんまと彼女の罠には嵌められ、ベッドの上に固定された。

 必死に紐を解けようともがいている俺の姿を見て、キリリは笑って俺の腹の上に座る。

 彼女の眼には、すべての光を吸い込むように黒かった。


「これは刻くんが悪いですのよ。ずっと、私に愛のサインを送ったから」


 そんなことしていない。

 口は閉ざされていて声はうまく出ない。だから必死に首を振った。

 言葉が伝えると願っていた。


「あれ? もしかして私、勘違いしちゃいました」


 よかった、伝えたみたいだ。

 キリリの答えが正解のように必死に頭を縦に振る。


「あら、そうでしたか。私の周りはいつも人が集まっていて、そこでどんな時ても、刻くんがいたからてっきりそうでしたわ」


 や、やばい。脇役過ぎて、取り巻きAに昇華されましたっ!!

 でも、よかった。彼女はまだ正常の判断ができそうみたいだ。これで誤解を解けて、体も解放される。

 と、思ったのだが、彼女はやめることはなかった。


「でも、残念です。私は既にその気になりましたから、やめることはありませんよ」


 ギギギ、と。彼女はポッケトから取り出したカッターナイフの刃を押し出す。


「お母さんはね、自分のモノにちゃんと名前を書きなさいって、よく言われました」


 ま、まさか、そのカッターナイフで……


「ふふ、深愛をキリキリ、きざむのよ。です」


 今は名前で冗談言う場合じゃないだろっ!!

 このままでは名前が書かれる。カッターナイフでっ!!

 しかし、キリリは俺の恐怖を介さずに俺の服を、胸までめぐりあげ、指で優しくなで始めた。


「大丈夫ですよ。痛いのは最初だけですから」


 彼女はゆっくりとカッターナイフを……




 †




 駄目だ、これ以上のことは思い出したくない。

 思い返すと胸が痛くなる。転校までして振り払うつもりの過去が思い出す。

 キリリは俺の荒い息を気付かずに、或は気付いていて、あえて無視を選んでいた。

 彼女はまるで何かの妙案でも思いついたのように笑みを浮ぶ。


「あっ、そうでしたわ。刻くんを許すチャンスを与えましょう」


 キリリは目を閉じて、人差し指を立てて続けて言う、


「今回のテストで一位になれたら、あなたの彼女になってあげますわ」


 なってあげるんじゃないわよ。こっちが逃げたいのよ。

 そう突っ込み代のだが、さすがにそこのまでの勇気はなかった。もし、立ち向かう勇気があるのなら黙って転校することもなかった。

 あの日のことは深いトラウマだった。

 しかし、彼女はここで終わりではない。キリリは俺に背を向けてみんなに顔をむく。


「皆さんも、私たちの事を気になさらず、全力でテストしてください、ね」


 彼女の言葉は言外、高点数を取るなって言っているみたいだ。

 ここでは見えていないが、きっと彼女は笑ったけど、実際に笑っていない顔をしている。




 〇




 実際にキリリはハイライトのない目で、クラスの全員を見ている。

 その顔を見たクラスメートは思わずに体を震えていた。本能で分かっていた、こんな人は一番逆らえてはいけない人種だと。

 逆らうと後にどんな報復されるのか分からない。極端的で、積極的で、そしてこういう人を形容する言葉もある。――ヤンデレ、と。




 〇




 古典授業で、テスト用紙が配られた後、クラスメートのみんなは静かだった。彼らは同じく同じ動きをしている。筆を机に置いていて誰も取ろうとしなかった。彼らは0点を取るつもりだ。俺をキリリの恋人させようとしている。例え、その代償は担任の白木に厳しく絞られたとしても。俺を犠牲にしようだ。


(クッソウ、なんでこんな時に限って、みんながこうも団結をしているんだっ)


 俺は涙を浮かべて恨めしそうな顔でクラスメートのみんなを見ている。この中にはキリリの言葉を無視して真面目にテストする人がいると、期待している。例え、確率が低くても希望を捨てるにはまだ早い。




 しかし、五分、十分が経っても筆をとる人はなかった。


(くぅ、キリリはどうだ)


 クラスのみんなが団結しすぎて話にはならないと悟った俺は、最後の希望であるキリリに覗き込む。

 彼女は前の学校には常に成績トップの人だ。今回のテストもちゃんとすると思っていた。


 ――しかし、後ろに覗き込むと、キリリはクラスのみんなと同じのようにペンを取ることはなかった。


(……)


 絶望をした俺は、死んだ目でテスト用紙を破り、口に入れて飲み込んだ。

 これで絶対に一位になれないと確信した時、後ろのキリリが俺だけが聞こるような小声で笑った。


「ふふ、刻くんって、恥ずかしがり屋さんですね」




 ――彼女は自分のテスト用紙の名前欄に「空田 刻」を書いていた……



 これは、『最も曲折』『最も団結』『最もロマンチック』『最もミステリ』そして、『最もホラー』の学園ラブコメン物語の始まりだった。

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胸に、彼女の名が刻まれた(物理的) 阿修羅 @ishinosumomo

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