第32話 結婚
「ごめんなさいね」
ロザリア様が申し訳なさそうに私に謝って来る。
別に彼女は何も悪くはないので、謝られても正直困ってしまう。
「ロザリア様のせいじゃありませんよ。だから謝らないでください。寧ろ私は感謝の気持ちで一杯なんですから」
今日は私と王子の結婚式だ。
用意された純白のドレスはとても素敵な物で、身に着けて鏡の前に立つと別人のように感じてしまう。
「でも……」
彼女が気に病んでいるのは結婚式の事だ。
既に正妃であるロザリア様と王子との式は終わっている。
それは国を挙げての、それはそれは素晴らしい物だった。
――だが正妃とは違い、私は第二夫人だ。
その為、式は簡易的な物で済ます事になっている。
まあそれでも、王宮の聖堂を使って上げる式は私にとって十分すぎる程なのだが、自分との格差をロザリア様は凄く気にされ、最後まで周囲と交渉してくれていた。
「私は王子と結婚できるだけで幸せなんです」
もしロザリア様の口添えが無かったら、第二夫人の席ですら怪しかった。
その道を用意してくれた彼女には、本当に感謝の気持ちしかない。
「だから、ありがとうございます」
もう一度、笑顔ではっきりと自分の感謝の気持ちを伝える。
「うん、分かった。折角の晴れの日なんだし、謝ってばかりじゃケチが付いちゃうものね」
「はい、笑顔でお願いします」
扉がノックされ、どうぞと返すと「準備が出来ました、どうぞこちらへ」と聖堂入り口まで案内される。
黒服のスタッフ達が両開きの大きな扉を開くと、聖堂内から音楽が溢れだす。
そこに割れんばかりの大きな拍手が加わり、聖堂奥の祭壇手前から王子が笑顔で此方を見ていた。
「さ、行きましょう」
夢のような光景にぼーっとしていると、ロザリア様が私の手を取った。
私には身内がいない。
その為、彼女が私の付添人を務めてくれる。
「はい」
拍手の中、私は一歩、また一歩とバージンロードの先で待ってくれている王子に近づいていく。
ロザリア様の手が離れ、今度はその手を王子が握る。
「綺麗だよ。ターニア」
そう言って笑う優しい笑顔は、初めて会った時から変わらず素敵で。
何処までも私の心を掴んで離さない。
本当に罪作りな人だ。
「ぁ……ありがとうございます」
遂に……そう考えると、少し声が上擦ってしまう。
緊張で胸が張り裂けそうだ。
王子はそのまま私の手を引いて、短かな階段を昇る。
それまで割れんばかりに響いていた拍手が収まり、壇上の神父様からクプタ王子が誓いの言葉を問われた。
「汝クプタ・タラハはターニア・アレイスターを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も――」
王子はその問いかけに、迷いなくハッキリと「誓います」と答えてくれた。
その言葉に神父様が笑顔で頷き、今度は私が誓いを問われる。
「汝ターニア・アレイスターはクプタ・タラハを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も――」
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それは婚約が正式に決まる前の事だった。
「ターニア。僕は一国の王子だ。そしていずれ父の跡を継ぎ、この国の王になる」
クプタ王子は真っすぐに私の眼を見て伝える。
「僕は国王として、もし必要に迫られたなら間違いなく君を斬り捨てる。前にも言ったが、僕はそういう男だ。それでも僕について来てくれるかい?」
その目は真剣そのものだ。
彼はきっと、必要なら自分の命さえ国の為に迷う事無く投げ出してしまうだろう。
国のトップは優しさだけでは務まらない。
時には非情さも必要になる事だってあるだろう。
勿論、その事は私も理解している。
クプタ王子が改めてハッキリとそれを宣言するのは、きっと私に対する優しさからだ。
結婚してしまったらもう引き返えせない。
王族の婚姻という物は重い物で、簡単には破棄できないから。
だからその前に、国の為なら妻すら斬り捨てるかもしれな男でもいいのかと、私に考え直すチャンスを与えてくれてたのだ。
「斬り捨てられるのは嫌です、だから――だから私は、王子がそんな事をする必要がないくらい、この国を豊かで強い国に変えて行きます」
タラハは小国だ。
経済的にはかなり改善されて来てはいるが、未だ貧しく小さな国である事に変わりない。
だからこそ、非情な選択に迫られる万一の事が起きうる。
ならばそんな事が起こらないくらい、このタラハと言う国を豊かな国に変えてしまえばいいのだ。
その為の努力を惜しむつもりはない。
ロザリア様だって協力してくれるはずだ。
「ターニア……そうだね、君の言う通りだ。この国を強く立派な国へと変えれば、そんな事をする必要は無くなる。僕はそんな当たり前の事に気づく事が出来なかった。やっぱり君は凄い人だ……」
王子は一端言葉を区切り、瞳を閉じて少し考えこむ。
そして閉じていた瞳を開き、私を強く見つめる。
それは決意の籠った強い瞳だった。
「僕は今ここに誓うよ。この国と君を守るために全力を尽くす事を。だからターニア、僕の妻になってくれ」
・
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「誓いますか」
「はい」
神父様の言葉に私は迷わず答えた。
私は王子の横で、彼を、そしてこの国を支え続ける。
「では誓いのキスを」
クプタ王子と向かい合い、目が合う。
優しく微笑む笑顔。
その大好きな笑顔を私は守り抜いて見せる。
悲しい顔は決してさせない。
「ターニア」
クプタ王子が私のベールを優しくたくし挙げた。
彼の左手が頬に触れ、真っすぐな瞳で私を見つめる。
私はそっと瞼を閉じた。
私の唇に彼の唇が重なる。
彼の息遣いを感じ、胸に温かい物がこみ上げて来た。
これが幸福という物なのだろう。
感極まって、私の瞳から涙が零れ落ちた。
幸福の涙。
それを私が零す時が来るなんて、聖女時代には夢にも思わなかった事だ。
「クプタ。私、凄く幸せよ」
「僕もだ。ターニア」
そう言うと、王子は再び私に口付けする。
私は彼の背に手をまわし、それに強く応えた。
愛してる
大好きよ、クプタ。
後にタラハは優しき賢王と、それを支える二人の妻によって空前の発展を遂げる事となる。
賢王は幸福の中、天寿を全うされたと言われており。
その第二夫人も、まるで後を追うかの様にその翌日に息を引き取ったと言われている。
~FIN~
折角国を救ったのに、その褒美が不細工で性格の悪い王子との結婚なんてあんまりです。だから聖女を止めて国をでるので探さないでください まんじ @11922960
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