狐闘士クズノハ

両声類漆

第1話

「赤の選手前へ!」

「……押忍!」

 たっ、と青年が前に出た。

 長身痩躯、だがしかし確かに筋肉質なそのしなやかな身体は、純白の道着に包まれていた。

「白の選手前へ!」

「押忍!」

 対するは正しく筋肉の塊、空手家と言うに相応しいガッチリとした格闘家体型であった。

「正面に礼!」

 両者、正面へ頭を下げる。

「主審に礼!」

 主審の方向を向き、十字礼を行う。

「互いに礼!」

 互いを向き合い、そして一礼。

「構えて……」

 二人は構えた。

 長身痩躯な青年は腰を僅かに落とし、如何にもキックメインに見える構えである。

 いっぽうがっしりとした青年は、腰を深く落とした。

開始はじめェッ!!」

 主審の叫び声に合わせ、二人は走るかのように距離を詰めた。

「ジャァッ!!」

 先に動いたのはがっしりとした青年だ。

 その拳は速く、そして重たかった。骨の一本や二本くらい折れるであろうその拳を、長身痩躯の青年は軽く避けた。

 その直後、長身痩躯の青年は回し蹴りを浴びせた。

「カッハ」

 その細い身体には似つかわぬ威力を表す破裂音、いや銃声にも似た音が道場の空気を揺らした。

 綺麗に肝臓に入ったその回し蹴りは、しかしその強靭な精神力により耐えられた。

 長身痩躯の青年は、少し距離を取った。その時、がっしりとした青年が距離を詰め、長身痩躯の青年の腹部目掛けてその拳を打ち込んだ。

「ガッ……!」

 彼は長身痩躯故、折れ曲がりやすく見えるのが欠点である。見事にダメージを受けた。

 しかしすぐに体勢を建て直し、互いの拳の応酬である。インファイトが何十秒も続く中、長身痩躯の青年は隙を見逃さなかった。

 高速の運足で距離を詰め、確かに下がった右のガード、そのガードのあった顔面目掛けて回し蹴り!

 それは完全に頭部へと入り、を引き起こしたッ!

「押ォオオオ忍!!!!」

 長身痩躯の青年は十字を切り礼をすると、主審の合図を受け下がった。

 彼の名は、宗谷そうや凛太郎りんたろう

 極真空手二段、躰道たいどう初段、カポエイラのプロフェッソーであり、八卦掌を嗜むという、兎に角格闘技が大好きな青年である。


「うっすお疲れぇ」

 道場の帰り道、宗谷の隣で魔剤を飲んでいる黒い髪の青年。彼の名は加茂かもヒビキ、宗谷の親友だ。

「魔剤いるか?」

「いらねえよ、てかよく寝れるな、魔剤ばっかり飲みまくって……」

「ンにゃ、今日で10徹だよ?」

「10徹!?」

「ン、そだよ。10徹。ちと作りたい物があるからね……まあそれで手間取ってる訳だが」

 二人は宵闇に消えていった。


 それを、付け狙うものがいた。

『ジャヅグビヅベンボゾロ、ソウヤ リンタロウ……バ。』

『ガガ。ジャヅゾボソグンザ。』

『ショグバギ。グサギシロボボボビギビスバヂバギ!』

 どうやら、謎の言語で会話をしているらしい。

 そして、その付け狙う者は、一瞬で闇に紛れた。


「お疲れさーん」

「おーう、お疲れ」

 宗谷は、一人宵闇を彷徨っていた。

 その夜は満月であった。

「うぅーん、いい夜だ。夜風が気持ちいい……」

 そう言って、なにやら背後に気配がしたらしく、宗谷はさっと振り向いた。

「グギギ……」

 そこには、化け物がいた。

 大きい。

 190……いや、2mはあろうか。

 その体躯は正しく人外であり、人として恐ろしい何かを憶えてしまうだろう。

 肩からは棘が生え、猿に似た顔からは口からはキバが覗いている。トラのごとき鋭い爪は人一人簡単に殺せるだろう。その眼光はギラギラとおぞましく光り、よだれをボトボトと垂らしながら此方を見ている。尻からは蛇が生えており、地獄のような唸りを持つ。


「……ジョグジャブリヅベダゾ……。グサギシロボレ……!」

「……ようやく見つけたぞ、裏切り者め……?おい、何言ってんだお前……」

 宗谷は構えた。躰道のようなしなやかな、しかし空手のように力強い。

 柔と剛……。それらを兼ね備えた、美しい構えであった。

 宗谷は、その言語が変換される、という事に一抹の不安を抱えながらも、果敢に飛びかかった。

「シァアアッ!」

「グギギ……」

 ジャブは当たった、その直後宗谷は消えた。

 ぎょっとする化け物の腹に、鋭い蹴りが突き刺さる。

 躰道特有の蹴りである。

 化け物は一瞬止まり、その直後下段を蹴ろうとした。その時であった。

 また、宗谷が消えた。

 躰道、これを喩えるならば正しく『格闘技界のぬえ』である。

 運足うんそく八卦掌はっけしょう、蹴り技はカポエイラ、突き技は極真空手。

 それら全てを併せ持ったのが躰道であり、それら全てを併せ持ったのが宗谷凛太郎である。

 カポエイラのフットワークとキック、極真空手の突き技。八卦掌の運足、それに天性の才能と弛まぬ努力……。

 宗谷凛太郎は、確かに人間としては強かった。

 だが。

「グォアアアアアア!!!!」

 化け物と戦うには、あまりにも非力すぎた。


 無惨。

 そうとしか言い様のないがアスファルトに打ち捨てられ、晒されている。

 眼窩からは眼球が飛び出、肉体には無数の切傷が付けられていた。

 右腕の関節は外れ、息も絶え絶えとなっている。

 しかしそれでもなお、宗谷は笑みを絶やさなかった。

「は、はは……つえぇな、こいつ」

 よろよろと立ち上がり、無い目で尚も相手をギロリと睨みつける。

「けどよォ……オレだってな、一応いろんな格闘技やってんだよ……!」

 ボクッ、と音を鳴らしながら、なんと宗谷は外れた関節をはめなおしたのだ。

「チョーシに、乗るな……」

 空気が揺れた。

 その瞬間である。

 宗谷の体に異変が起きた。

 宗谷の眼窩から眼球が生成され、全身の傷が一気に塞がる。

 そこまでなら良かったのだが、急速に身体がむず痒くなってきてしまった。何があったのかと体を掻きむしりながら、彼は少しずつ姿を変えていく。

 身体には黒い皮膜が幾層にも積み重なり、胸部と肩には光がアーマーを為した。

 顔には仮面のようなものが張り付き、そのうちにその仮面は展開、狐面のように変化した!

 拳にはグローブのようなものがひっつく。

「お、おおお……おおおおお……!!」

 そのフルアーマーが宗谷の体を覆い終わるまでに掛かった速度は僅か0.1秒。0.1秒で、彼の体は最適化されたのだ。

「すっ……げぇ……!」

 宗谷は、いや、狐の戦士は手を握り、そして開いた。

「体が羽毛みたいに軽い……。これなら……!」

 キン、と額のクリスタルを青く光らせた。

「……れる。闘れるぞ!」

 そう言って、怪物に向けて指をさした。

「平和を乱す輩は、この俺が許さねえ!!」

 そして、その狐の戦士は、ゆらりと構えた。


「ダッシャァ!」

 廻し蹴りが決まる。先程よりも深く決まったのだ。

「デェアァアア!!」

 さらに高速の運足で決まるは無数の蹴りと突き技。

 怪物が仰け反った。

 その瞬間を見逃さず、狐の戦士は横蹴りを放った。

「コロス……!」

「やれるもんならやってみな!」

 狐の戦士は、挑発に乗った怪物目掛け、重く鋭い拳を、勢いよく振るった!

 何十メートルも吹き飛ばされる怪物。

 さらに、そこを追い詰めるのが狐の戦士である。

 狐の戦士は、高速の運足で一瞬で距離を詰め、低い体勢から蹴りを放った!

 さらに何十メートルも吹き飛ばされる怪物。

「ギゥオア!!」

 殴り掛かる怪物。狐の戦士は、それを狙っていた。

 殴り終えたその腹は、僅かに脱力する時間がある。

 その時間をねらうのだ。

 踵が深くまで腹に突き刺さる。

「ダッシャァ!!」

 狐の戦士は、その勢いのままカポエイラのように蹴りを浴びせ続けた。

 怪物がよろめいた。

 今だと狐の戦士は察した。そして右脚に力を貯め、距離を詰めるため駆け抜けた。

 大きく宙に浮き、空中で大回転。狐の戦士は、その勢いのままカカト落としを決めた。

 怪物は痙攣を起こし、爆発四散した。


「……なんだったんだ?この姿」

 どうでもいいけど。そう言い残し、宗谷は帰路についた。

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狐闘士クズノハ 両声類漆 @Ryouseiruiurushi

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