夏樹
女が寝静まったのを見計らって、オレ……ボクは動画を
喉奥に、何かがこみ上げてきた。急いでトイレに駆け込んだボクは、便器の中に嘔吐した。口の中に胃酸の不快な味が広がり、喉が焼けるようにひりつく。
女を抱いた後は、いつもこうなる。ボクはどうやら、女というヤツがてんで苦手であるらしい。苦手というより、ここまで来るとアレルギーのようなものだ。
ボクは好き好んで女を抱いたりしない。だから、ボクが女を抱く時、そこには別の目的がある。
今しがた抱いた女は、英の彼女だ。
最初に英の彼女を奪い取ったのは小六のこと。あの女と恋人ごっこを始めた英は、園児以来の友であったボクをあっさりと捨て去った。いや、捨て去った、というのは過剰な表現かも知れない。とにかく、英はボクにあまり構ってくれなくなった。そのことがどんなに心寂しかったか、彼は今でも分かってはくれていないだろう。
その時、ボクの心に、悪魔が
――離間せよ。
自分で言うのも憚られるようなことだが、ボクには天与ともいえる容貌があった。それだけではない。歯の浮くような台詞を女の子の前で言ってしまえるような心胆の強さと、それを自然なものに見せる演技力も備わっていた。
英の初めての彼女は、徐々にこちらになびいていった。三か月経つ頃には、もう彼女の心はすっかりボクのものとなっていた。上手く行き過ぎて怖いと思ってしまうほどだった。
英。キミは初めてのキスをあの女の子と交わしたそうだけど、それは違う。本当のファーストキスの相手はボクだったじゃないか。
園児の頃のボクは、女の子と見間違われることがしょっちゅうあった。
そのボクに向かって英は「ぼくとけっこんしてほしい」なんて言っていたし、おふざけで唇を重ねたこともあった。
だから、違うんだ。初めての相手は、あの女の子じゃないんだ。
ボクのこの行いによって、ボクと英の関係は殆ど破壊されてしまったといっていい。それから口をきいた覚えは殆どないのだから。でも、思えば英が女の子と恋人ごっこを始めた頃からもうボクらの距離は大分遠ざかっていたのだし、彼女をボクが奪う前から、すでに関係は半壊状態だったともいえるだろう。
それからも、英は性懲りもなく新しい恋を求めた。バスケ部所属で高身長の英は、何やかんやいって女子からの需要はそれなりに高かった。そうでなければ、ボクが奪い取るまでもなく、英の新しい恋は上手くいかなかっただろうから。
三人目の彼女とは、ボクも体を重ねた。彼女が英の初めての相手であった。そのことを思うと、何とも呪わしい。その苛立ちからかボクは彼女を粗雑に扱ったが、それでも彼女は子犬のようにボクに尻尾を振って、捨てられないように必死で縋りついてきた。それがたまらなく鬱陶しくて、最終的にボクはこっぴどい振り方をして別れた。あの女の泣き顔を見た時のボクは、まるで新年の朝のような清々しさを覚えたものだ。
女を抱く、という行為は、ボクにとって苦痛であることがこの時分かった。はっきりとした所は分からないが、どうも自分は女体というものに拒否反応を示すらしいということを、三人目の彼女に教わった。
それは四人目の彼女が相手でも同じことであった。だから、今さっきこうして、便器の中に胃の物をぶちまけたのだ。
この新しい彼女は性欲が強かった。同年代の男子と比べても負けず劣らずだ。英もまぁよくこの女のことを満足させていたものだ。いや、密かに不満であったのかも知れないが、それは知る由もない。容易く自分に尻尾を振ったことから、もしやすればやはり英ではこの女を満足させられなかったのかも知れないが……もうどうでもいいことだ。
それよりも考えるべきはこれからのことだ。もう用済みとなったこの女を如何にして捨て去ってしまおうか……
なぜ、女が苦手であるはずのボクが、苦しみながらこんなことをしているのかって?
それは……英の心が欲しかったからだ。
英。キミは今、怒っているかな? それとも、悔し涙を流している? どちらでも結構。キミがボクに怒りや妬み、蔑みの感情を向けること。それがボクの、たったひとつの望みなんだよ。キミがかつてボクと結んだ友情は偽りであったかも知れないけれど、キミが今感じているであろうその激情こそが、本物の、生の心の声なのだから。
英。きっと、ボクという邪魔者がいなければ、キミはもっと幸せ者であったろう。そのことを憐れに思わないわけではない。たまたま、ボクという男が傍にいたばっかりに……キミは本当に、可哀想な男だ。
でも、だからといって、これを止めるつもりは毛頭ない。これからも、何度でも、何度でも、ボクは奪い続ける。だから、英。どうか屈することなく、何度でも立ち上がって、新しい恋を始めてほしいんだ。
友は彼女を寝取る 武州人也 @hagachi-hm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます